呪われた人が命を落とすメカニズムとは? 科学で紐解く「呪いの世界」

呪われた人が命を落とすメカニズムとは? 科学で紐解く「呪いの世界」

 生きていく中で、呪いや祟り、異形の怪物など、古今東西の不思議な逸話や昔話などに触れたことがあるだろう。たとえば、1900年代初頭に騒がれた「ファラオの呪い」。エジプト王家の墓の発掘作業に携わった考古学者が、次々と不審な死を遂げたというものだ。とくに、ツタンカーメン王墓の発掘の中心となったハワード・カーターの後援者・カーナヴォン卿の死はセンセーショナルに世界へ伝えられた。

 しかし、実は彼の死因は現代ではある程度解明されている。それはカミソリの傷口から菌血症にかかり、そこから肺炎を引き起こしたこと。中川朝子氏の著書『呪いを、科学する』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)では、このように「呪い」として伝えられてきたさまざまな事象を”主に医学を中心とした科学知識”に基づいて解明している。

 「呪い」や「呪術」というと、南米やアフリカ大陸などでは今でも行われているイメージだ。その通り、同書で取り上げているハイチのブードゥー教には、「呪殺」という概念があるという。読んで字の通り呪いで相手を殺すわけだが、これも科学的なアプローチで見ると解明可能だ。

「アメリカの生理学者であるウォルター・キャノンは、ブードゥー死の原因がストレスであるという仮説を提唱しました。(中略)呪いを受けたことを呪われた本人が知ったとき、当人には莫大なストレスが降りかかることが予想されます。そしてその緊張状態の持続が、心臓や血圧に負担をかけ、当人の生命を脅かす……というわけです」(同書より)

 実際に強い恐怖や不安を感じると、たこつぼ心筋症や致死性不整脈を引き起こす「カテコラミン」という物質の分泌が促されることも分かっている。不思議な力ではなく、ストレスという「呪い」によって人を殺すことは可能なのだ。

 呪術のように能動的に人を呪うわけではなく、都市伝説的に語られる呪いもある。映画『シンドラーのリスト』のテーマソングとしても有名な『暗い日曜日』という歌を知っているだろうか。この歌は、1933年の発表以来「聞いた人は自殺する」という都市伝説が語られている。

 作曲者自身も焼身自殺をしており、実際に自殺行動に走った人が多くいたため、一時は放送禁止になったこともあるそうだ。この呪いを解明するには、まずは当時の社会情勢を紐解く必要がある。1930年代は第一次世界大戦の真っ只中。戦争で不安定になったメンタルが、暗い曲調の『暗い日曜日』を聞いて崩れてしまうのは想像に難くない。

 そして、自殺が連鎖する理由は「ウェルテル効果」によるものだ。

「ウェルテル効果とは、マスメディアの自殺報道に影響されて自殺が増える現象のことで、(中略)『ニューヨーク・タイムズ』に掲載された自殺記事と全米の自殺者数を分析した結果、自殺報道後に自殺者が増える傾向を示したそうです」(同書より)

 曲を聞いたことで呪いにかかって死んだわけではなく、不安定なメンタルのところに暗い曲を聞いたから自死を選んでしまった。そしてその自殺が報道されたことで、ウェルテル効果によって連鎖的に自殺者が増えたのが真相というわけだ。ちなみに現在ではWHOの「自殺報道ガイドライン」で、マスメディアが報道の際に自殺の手段や場所を明示しないことが推奨されている。

 では、日本各地で古くから語り継がれる異形の呪い、「鬼」についてはどうだろう。赤や青の肌に、大きな巨体。鬼と言って思い浮かぶこれらの特徴は、法医学で説明できるそうである。人が死んだあと、人体は「早期死体現象」と「晩期死体現象」の2つの過程を経て腐敗していく。

 晩期死体現象では腐敗から発生したガスで体が膨らみ、巨大化する際に文字通り「鬼」の様相を呈するというのだ。さらに、赤鬼・青鬼についても説明がつくという。

「なんと、腐敗の始まった死体は、段階によってその色を変化させていくのです。まず、死体は青色に変化(青鬼化)します。これは腐敗ガスが色素を変性させるためです。続いて、死体はヘモグロビンの崩壊により染色されます。ヘモグロビン染色が進行すると、青色だった皮膚の色は赤色へと変化するのです(赤鬼化)」(同書より)

 確かに、現代なら晩期死体現象に移行するまでに然るべき処置を施し火葬してしまうが、火葬が一般的ではなかった時代では、「死後に鬼に転じた」と思われても仕方がないのかもしれない。同様に、河童にも「子どもの水死体」という説があるそうだ。

 同書ではこのように、数々の呪いを科学で解説しているが、決して「呪いはない」と言いたいわけではない。現に、「呪いは形を変えながら、今なお現代に潜んでいます」とも記されている。とくに日本は呪いと密接に関わってきた風土があり、現代では呪いを題材にしたコンテンツが作られているのを目にする機会も多いだろう。著者が言うように、呪いを否定するのではなく、新たな呪いの楽しみ方を探るために同書を活用したい。

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