驚きに満ちた校正者の仕事〜髙橋秀実『ことばの番人』

 校正。それが重要な仕事であることは、よくわかっているつもりだ。本屋で働いているので、出版物にユニークな誤植があって話題になったり、致命的な問題があって回収になるという騒ぎは何度も見てきた。書評を書くようになってからは、私も校正者の皆さんからたくさんのご指摘をいただいている。言葉や漢字の誤用、助詞の抜け落ちがあるのはもう驚かないが、主人公の名前まで間違えて気づかないのはなぜなのだろう。プロフェッショナルなお仕事に驚かされることも多く尊敬しているが、実際にお会いしたことはない。どんな人たちで、どういうふうに仕事をされているのだろうという単純な興味で手に取ったのだが……。

 まずは序文からハッとさせられた。ネットの普及により、誰でも文章を発表できるようになった。そこには誤字脱字があふれかえり、「事実関係を無視したデマ」が垂れ流されている、と著者は書く。こういう時代において、校正は誰にとっても重要な問題だろう。SNSでさらっと書く情報だって、間違っていていいというものではない。「文化の衰退」という言葉に、なんだか緊張してくる。

 最初に登場する校正者・山崎さんは、「間違いがあったら読者の不利益になる」という。「洗いざらい調べる」一方で、「言葉は生き物」であり、誤用であっても普通に言われるようになっていれば「誤用の域を脱した」と考えて指摘はしない。「必要なのはしつこさと淡白さのバランス」なのだそうだ。どんな仕事にも応用できそうな言葉を、山崎さんは次々におっしゃる。手帳に書きこんでおくべきかも。

 次に登場するのは、伝説的な校正者だという境田さんだ。廊下と部屋の区別がつかないほど、本棚で埋め尽くされた家に住んでいる。著者を迎える場所を作るために、本をトイレと風呂場に移動したという。辞書だけで7000点!『言海』だけで270点! どんなに当たり前の言葉でも、最初は全部辞書を引いていたという。なんだかもう、実在の人物とは思えないのは私だけなのか。この後も、驚異的としかいいようのない能力や膨大な知識を持つ校正者が登場するが、この本は彼らの紹介というところに止まらない。日本語と校正の歴史、憲法の誤訳、AIによる校正へとテーマは移り、最後は人体のDNAの校正にまで発展していく。

 予想を超えて驚くことの多いノンフィクションだった。登場する人々の個性や仕事のやり方に対する興味はもちろんのこと、そもそも言葉ってなんなのかという深いところまで読者を連れて行ってくれて、最後には、著者が書いた文章を最初に校正するという妻への愛も語られる。

 書き終わった今、私は自分の文章を素読みして、固有名詞と数字をチェックして……、と努力してみたのだが、回数を重ねるほど自信がなくなってくる。何もかも間違っているような気がして、動悸が激しくなってくる。校正してくれる人がいるから、発表できるのである。

(高頭佐和子)

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