シャッター商店街を福祉施設に!? 子どもも高齢者も障がい者も、家族のように過ごす”街の家”「春日台センターセンター」神奈川県愛川町
人口減少や、大きなショッピングセンターが増えるなどで、多くの地域で商店街の機能が失われつつあります。神奈川県愛川町にある「春日台商店街」も、シャッター商店街のように変化した地域のひとつ。しかし空いたスペースを活用して福祉施設「春日台センターセンター」を2022年にオープンしたことで、再びエリアの人々同士がゆるやかな関係性をつくりつつあります。なぜ多様な人たちが混じり合う施設を、それも商店街の中心地でつくることにしたのでしょうか。新たに生まれた人の関係性と、街の変化のストーリーをたどっていきます。
商店街に福祉をキーとした多世代共生拠点が誕生
「福祉と商店街」と聞くと、それぞれは暮らしに密接するものですが、両者はあまり結びつかないように感じられます。その”福祉”をキーにした地域共生文化拠点「春日台センターセンター」は商店街の中心地に悠々と拠点をかまえています。2022年春にオープンしました。
春日台センターセンターのサイン。スーパーマーケット「春日台センター」の跡地だったことから、このような施設名になった(写真撮影/桑田 瑞穂)
一面ガラス張り、塀のない施設は商店街の歩道とつながる。学校帰りの子ども達はふらりと立ち寄る日々(写真撮影/桑田 瑞穂)
商店街に足を踏み入れるとすぐ目にとびこんでくるのは、併設する施設「洗濯文化研究所」。洗濯の代行サービスとコインランドリーです。エントランスに並ぶシンプルなロゴが印象的なスペースにはシャボンの香りがふわりとひろがります。よくあるクリーニング店やコインランドリーとの違いは、利用者同士で交流ができること。大きなガラス張りの店内にはシルバーの洗濯ドラムが規則的にならび、洗濯を待つ者はカウンターで飲み物を片手に憩います。
洗濯を待つ人はここで一杯の飲み物を手に休憩。たまにパソコンでデスクワークをしている人もいるのだとか(写真撮影/桑田 瑞穂)
ガラスの戸を開けて外に足をのばすと、コロッケスタンド「春日台コロッケ」が。ふわっとただよう揚げたてのコロッケの香ばしい香りにつられて、一人また一人とコロッケを購入する光景が見えます。
軒下をのぞきこむと縁側におじいちゃん、おばあちゃんが集う姿も。ここが春日台センターセンターです。
「春日台コロッケ」は以前のスーパーマーケットで人気だったコロッケのレシピをそのまま継承した(写真撮影/桑田 瑞穂)
気持ちの良い夏晴れだったこの日、縁側では職員と高齢者が体操にボーリングにと楽しんでいた。快活な笑い声が響く(写真撮影/桑田 瑞穂)
春日台センターセンターには複数のスペースを設けています。1階には、障がいのある子どもが通う「放課後等デイサービス『カスガダイ凸凹文化教室』」に、認知症対応型共同生活「KCCグループホーム」と、小規模多機能型居宅介護の「KCCショータキ」が並びます。どちらも仕切りはなく、一つの家の中に共存しているかのようにスペースがあり、大人も子どもも行き来する姿が印象的。自然な会話とやりとりがそこかしこで生まれています。
グループホームの利用者たち。どうしたら素敵にうつるかしら?と、みんなでポーズを考えたり写真写りを気にする可愛らしい姿も(写真撮影/桑田 瑞穂)
「放課後等デイサービス『カスガダイ凸凹文化教室』」を利用する子どもたち。取材をする私たちに人懐っこい笑顔を見せ、話しかけてくれる(写真撮影/桑田 瑞穂)
2階には子どもたちのための寺子屋やシェアオフィスなどがあり、地域の小中高生が集まります。
ところどころにベンチやカウンター、縁側があり、塀や仕切りがないため誰でも出入りができます。もちろん随所に個室もあり、一人で過ごしたい人のためにも空間が用意されています。
2階では放課後を過ごす小学生と、テスト勉強に勤しむ中高生。それぞれの取り組みに集中する(写真撮影/桑田 瑞穂)
不登校や居場所を探す子どもたちを支援する寺子屋の授業。オンラインでも中継しながら毎週水曜日に学習支援を行う(写真撮影/桑田 瑞穂)
誰かと話したい時も、遊びたい時にも。一人になりたい時にも。ちょっと美味しいコロッケをつまみたい時にも。自分が思い描く過ごし方をここではつくることができます。
グループホームには個室があり、一人ひとりのプライバシーも確保しながらも、共用スペースに足を延ばせば誰とでも関わることができる(写真撮影/桑田 瑞穂
自由にのびのびと過ごす場所を再びつくる必要がある
施設がある神奈川県愛川町は、厚木市と相模原市の間にはさまれた人口3万9千人の小さな町です。最寄駅は町内になく、海老名駅などから発車するバスを利用するか、生活インフラとして車が欠かせないエリア。町内にはいくつかの工業団地があり、ベッドタウンとして街の歴史をつくり上げてきました。
愛川町は高齢化率がすでに30%を超えており、さらなる高齢化と生産人口の減少が予想されることで悩んでいました。
介護サービス利用者を送迎(写真撮影/桑田 瑞穂)
春日台センターセンターを運営するのは社会福祉法人愛川舜寿会。きっかけとなったのは、理事長である馬場 拓也さんが、14年前、生まれ故郷である愛川町に久しぶりに帰郷した時に「商店街や街の寂しい変化ぶりにがっかりとした」ことだったそう。 拓也さんの弟で、グループホーム管理者の将和さんは当時ことをこう話します。
「すぐ近くの小学校で兄と少年野球の練習をして、終わったらここで駄菓子を買って遊んでいたという思い出があります。当時近くには病院があり、病院帰りの人たちがよく足を延ばすこのエリアは活気づいていました。ところが病院が閉鎖してからだんだんと人が減っていきました」
春日台センターセンター内にある「KCCグループホーム」管理者の馬場将和さん(写真撮影/桑田 瑞穂)
商店街の目玉であったスーパーマーケットが2016年に惜しまれながら閉店。その後6年間も空店舗となり、すっかりと静けさが増す姿を見て、将和さんたちは先の絶望感を抱いたのでした。
「この風景をなんとかしたい」。愛川町をよくするために何をするべきか考える、ワークショップを住民と協働で結成。その後2022年に春日台センターセンターが立ち上がるまでおよそ6年もの間、意見を交わし続けます。
ちょうどそのころに「商店街のスーパー跡地を何かに使ってくれないか」という話が、スーパーマーケット跡地のオーナーから愛川舜寿会に寄せられました。
春日台センターセンターに続く、春日台商店街。いくつかの店舗は営業を続けるが、畳んだ店も随所にある(写真撮影/桑田 瑞穂)
住民と話し合いを重ねる中で、福祉と児童、街を訪れる人たちの交錯する多世代・多様な人々が支え合う空間づくりをするべきだと思いが固まっていったのです。
「高齢化が進むと、新しい世帯ってどうしても減りがちじゃないですか。とはいえ子どもたちがいなくはないんです。人はやっぱり場所があればみんな集いたいんですよね。商店街が閑散としてしまっていたのは、子どもにとって行き場がなくなったから。そんな街並みをなんとかしたかったんです」(将和さん)
遮るものがなければ、人は自然と交流を始める
この拠点の最大の魅力は、単なるグループホームなどの介護施設ではなく、あらゆる世代に対応可能なサービスを重ね合わせることで、人々が行き来できるようにしているところ。なぜあえて人を交錯させるのでしょうか。そこに馬場さんたちのこだわりがありました。
「2016年に相模原の『津久井やまゆり園』で起きた障がい者殺傷事件のことを覚えていますか。その事件をきっかけに、私たちは従来から運営していた特別養護老人ホーム『ミノワホーム』を囲っている壁や塀を取り払ったのです。
壁や塀などがあることで”世界”が囲われてしまい、外の人たちとつながるきっかけをうばい、彼らのコミュニケーションのきっかけをよけいに閉ざしていると感じたのです。あの事件は壁がなかったらもしかしたら違ったかもしれないとニュースを見て歯がゆく苦しい思いを抱きました」(将和さん)
縁側でくつろぐ小学生と高齢者。時折会話をする姿も(写真撮影/桑田 瑞穂)
しかし、事件がおきたことで「むしろもっとセキュリティを強化するべきなのじゃないか」「壁や塀を取り払ったら利用者が外に出て行ってしまうのでは」と職員は壁を取り払うことに躊躇していたそうです。
皆を説得し、壁を取り払ったことにより、それまでは想像していなかった世界が待っていました。
「ミノワホームの近隣には、保育園があるんです。でも壁があった時には子どもたちがホームの前を散歩をしていることに気づかなかったんですね。子どもは壁より小さいので見えなくて。
ところが壁を取って庭を開放してみたら、自然と保育園の子どもたちに気づくようになり、子どもたちも気づけばホームの庭を使うようになったんです。
写真を撮るよと声をかければ、世代関係なく集まる(写真撮影/桑田 瑞穂)
お年寄りと子どもたちの距離が近づくと、これまでは行事などでしかなかった交流が自然発生しはじめたのです。
壁があったら互いのことを気にかけることもなかったですよね。その互いに補い合う関係性は壁を壊すことによってプラスとなったのです」(将和さん)
このミノワホームでの経験があったからこそ、春日台でも仕切りのないオープンな空間をつくりたいと思い至ったそうです。
幼稚園帰りに毎日足を延ばす子どもたち。ここは彼女たちの遊び場なのだ(写真撮影/桑田 瑞穂)
やりがいのある就労環境と社会とのつながりを
春日台センターセンターは就労支援の場をもっと楽しくやりがいがあり、利用者が直接的に地域の人と関われる場にしたいと考えました。それが「春日台コロッケ」と「洗濯文化研究所」です。それぞれ就労支援B型施設、A型施設として運営されています。
就労支援事業でもあるコロッケスタンドで仕事に精を出すスタッフ。終始笑顔で働く姿が印象的(写真撮影/桑田 瑞穂)
洗濯文化研究所の誕生のきっかけは利用者の家族のひとことでした。
「利用者の家族にとって、日ごろの介護やケア、さらに家事は負担だという声も聞きます。ご家族やここに立ち寄るついでに洗濯を人にお願いできて、少しでも楽になってほしいという思いがここには込められています」(将和さん)
洗濯文化研究所のスタッフたちは、社会福祉士、クリーニング師、介護福祉士など、バラエティに富んでいる(写真撮影/桑田 瑞穂)
そのかたわらで、就労支援としてのあり方を変えたいという思いもあったと話します。
「就労支援施設は、作業内容がある程度固定されることから、できる業種がこれまで限られてきました。障がい者が働ける場所がない、人と触れ合う場面がないという課題を解決したい、さらには市場における正当な価格でのサービスや商品を提供することで、利用者に利益を還元し、やりがいと社会へのつながりを持てる事業の必要性を感じ、”洗濯代行サービス”の立ち上げに至りました」(将和さん)
ガラス張りの施設は、誰でもふらりと入ることができ、いつでも声かけができる環境。スタッフとして働く男性は「まだまだ慣れないことが多いけれど、地域の人との会話が楽しい。仕事もやりがいがあると感じている。何よりこの施設の環境が好きです」と話します。
作業スペースでは、お客様から預かったタオルのたたみ作業を行っていた(写真撮影/桑田 瑞穂)
午後3時ごろになると次々と訪れる小学生。学校帰りなのでしょう。そこにセンター長の平本裕子さんが声をかけます。時には注意や指摘をすることも。その言葉に子どもたちは素直に耳を傾けます。
「気付いたことに全員で声かけをするのが春日台センターセンターのやり方。そうすることによって人と人がふれあう心のケアにもなっているんです」と平本さん。
近隣の小学生たちにとってもここは居場所になっている。春日台センターセンターのセンター長・平本 裕子さん(写真右)とはまるで友達のような関係(写真撮影/桑田 瑞穂)
一方で交わることなく、自分のペースで過ごす人もいる。ベンチで一人黙々と日向ぼっこをする人もいれば、多目的スペースで読書をする人も。
あるがまま過ごすことができる、それが春日台センターセンターなのです。
センター内で公文教室を運営する西村 みのり教室長。徒歩5分ほどの場所で教室を運営していたが、春日台センターセンターの理念に共感し、新たに春日台KCC教室を開設した(写真撮影/桑田 瑞穂)
「ここ春日台の商店街でも、子どもと高齢者の交流は自然と生まれています。センターセンターが開設したことで、息を吹き返したかのようです。
私たちが施設や商店街で歩いたり仕事をしていると、自転車で毎日くる近所のおじいちゃんが話しかけてくれたり、放課後の子どもたちが遊びに来て今日あったできごとを話してくれる。
彼らにとって私たちはきっと施設の職員ではなく、ここで話ができる友達のような相手なのでしょうね。他の施設とは異なり、正解がないこの空間が私は好きです」と平本さんは話してくれました。
とかくにぎわいといえば商店のイメージが強く、人口や時代の活況時にはその中心機能として商店街やショッピングセンターが精彩を放っていましたが、にぎわいや集いを生み出すのはそれだけではないのだと気づかされます。馬場さんと平本さんの話を聞いた時にふと思い浮かんだのは「インクルージョン」という言葉でした。日本語に訳すと「包括」「包含」。でもそれは現代の共生社会が人が過度に庇う、守ることになりがちなのとは異なり、ここには本当の意味でのインクルージョンが織りなされていると感じます。開くからこそ気づき、手を取り合い慮ることができるのではないのか。街の拠点づくりのヒントがここから見えました。
取材中にも子どもたちや職員たちは常にコミュニケーションを欠かさない。取材も日常の一部のような捉え方をしていた。肩肘はらず、自然な交流が気持ちの良い場所(写真撮影/桑田 瑞穂)
●取材協力
・春日台センターセンター
・春日台商店街
・社会福祉法人愛川舜寿会
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