『私の実家が売れません!』築75年・再建築不可”ボロ戸建て”を50万円で売却、実家じまい体験談 小説家・高殿円
兵庫県郊外にある築75年・再建築不可の父の実家を、不動産仲介会社を挟まず、自力で50万円での売却に成功したいう小説家の高殿円さん。新刊『私の実家が売れません!』(エクスナレッジ)では、実家じまいにどう立ち向かうべきかを、実体験を交えながら綴っています。仲介業者にも契約を断られたという物件をどう売り抜いたのか? お話を伺いました。
孫世代に降りかかる、資産価値が低い「負動産」相続問題
高殿円さんの父方の祖父は35年前に他界。米屋を営んでいた祖父の家は、高殿さんの父たち三兄弟に相続されました。
遺言がなかった場合の遺産相続にはいくつかの方法がありますが、三兄弟は共有分割(不動産の所有権を複数の相続人が割合に応じて共有する方法)を選択。本宅を長男の伯父と三男である高殿さんの父、精米所(倉庫)を次兄の伯父が継ぎました。
けれど、本宅を利用する機会がなかなか訪れません。高殿さんの父は「売ろう」と提案しましたが、長男の伯父が「この家にも思い出があるから」と拒否。共有分割した遺産は全員の承諾がなければ売却ができないので、そのままになりました。
「共有分割を行った際、父は自分の相続分を兄に買い取ってもらえば良かったんです。でも、父は三兄弟の末っ子でヒエラルキーが一番下。長兄の伯父に『そんな金はない』と断られ、諦めてしまいました」
本宅にはいつの間にか、次兄の伯父が住み始めました。30数年後に次兄が急逝すると、後には亡くなった祖父母と次兄の荷物でいっぱいになった築75年の一軒家が残されたのです。
「今後、長男の伯父が亡くなれば、そのボロ家は父と母が、最終的には孫世代の我々が相続しなければなりません。母は父の実家を相続したくないと泣くし、こうなったら私が処分するしかないと腹をくくりました。幸いなことに、当時は家を手放すことを嫌がっていた長兄も80代になって終活を意識し始め、売却に賛同してくれました」
売却するなら、まずは地元の不動産仲介会社へ相談を
売却を決めてから、最初に連絡したのは地元の不動産仲介会社でした。
「地元の不動産仲介会社は、周辺の住民で興味を持ちそうな人に物件を紹介してくれます。その時に買い手がつかなければ、その家の購入希望者を近隣で見つけるのは厳しい、と考えてもいいくらいでしょう。
父の実家は兵庫県西部にあり、駅から徒歩20分の距離にある一軒家。私は都会の感覚が染みついているので『駅から徒歩20分の物件を売るのは難しいのではないか』と思ったのですが、なんとか買い手が見つかりました。冷静に考えると駅から歩けない距離ではないですし、近所には病院があるから静かな暮らしを送るにはちょうどいいのかもしれないですね 」
買い手は、祖父の家を取り壊して新しく家を建てることを希望する若い夫婦でした。
知らない間に家の前の公道が「私有地」になり、再建築不可物件になっていた!?
しかし高殿さんがホッと胸を撫でおろしたのもつかの間、司法書士が取り寄せた登記簿謄本(過去の土地の持ち主などが記載されている書類)で売却の話は白紙に戻ります。
「登記簿謄本で、祖父の家の前面道路が隣に住む親族の私有地だとわかったんです。接道義務(※)を果たしていない土地は再建築不可。買い手は、購入を諦めました」
※建築基準法第42条で定義される道路(原則として幅員4メートル以上のものをいう)に対し、土地が間口2メートル以上で接していなければ建築物は建てられない
一見すると、祖父の家の前面道路は一般の人も通行できる普通の道路に見えます。しかし登記簿謄本によると、隣人の私有地。ある時、市が道路の拡張工事をするために、隣人の道路側の私有地(歩道)と、祖父の家の前面道路の土地を交換していたことがわかったのです。私有地となった祖父の家の前面道路は、住民が困らないよう私道通行権の許可が提出されていたため、一見、何も問題ないように見えていたのでした。
「こういうケースは意外とあるらしいですね。登記簿謄本を確認すると、住民の知らない条件が出てくるんです。例えば、昔お地蔵さんの管理をしていた方は、自宅のほかに2件隣のお地蔵さんの土地も所有していたケースがありました。売却予定の家がある方は、法務局で登記簿の確認をしておくといいでしょうね」
再建築不可物件とわかったとたん、売却の話は暗礁に乗り上げます。
「知り合いの不動産仲介業者にも相談したのですが、『今の状態では売却は難しい。もう少し様子を見て』と言われました。でも、物件のことが頭の片隅にずっとあるのってストレスじゃないですか。その難題をクリアすることで人生にプラスになるのであれば、頑張ってみようと思ったんです」
賃貸に出すにも売却するにもまずは片付けから 大量の残存物を低コストで処理するには?
(撮影:曽我美芽)
まずはゴミ屋敷のような状態の家を片付けようと決めた高殿さん。遺品を一括で請け負う業者に見積もりを取りましたが、40~50万円の費用がかかると言われて悩みます。
「再建築不可物件で売れるかどうかもわからないボロ家ですから、そこまでお金をかけられなかったんです。かといって、フリマアプリで家の中の物品をちまちまと売るのも面倒。だから、アメリカでよく行われるエステートセールを真似て、遺品をすべて無料で持って行ってもらうことに決めました」
エステートセールとは、亡くなった人の遺品を販売する方法のこと。ガレッジセールとも似ています。
高殿さんは無料のエステートセールを、家の中にある品々を撮影した写真と共にインターネットで告知。すると近隣に住む人だけでなく、せどり業者からも反応があり、みるみるうちに家の中が片付いたと言います。
「周りには高齢者しか住んでいないような地域なので、どれくらいの人が来るかは賭けでした。けれど本格的な大工道具や昭和レトロな家具・皿が意外と人気で、どんどん持って行ってくれたんです」
中には、観葉植物の古い土まで持って帰る人がいたそうです。エステートセールが終わって残ったのは、処理費用がかかる洗濯機などの古い家電、ベッドのフレームやスプリングなど。それらは粗大ごみや産業廃棄物として、エステートセールに来ていたせどり業者に9万円払って処分を依頼しました。
遺品整理で頭を悩ませる実家の仏壇問題
うまくいった遺品整理ですが、高殿さんを最も悩ませたのが仏壇です。仏壇は亡くなった人の魂が込められているもの。そのため、処分するには魂を抜く作業が必要です。しかし、仏壇の魂抜きを業者に依頼したところ、10~20万円の費用がかかることがわかりました。
「どうしたらいいか悩んで、日ごろからお世話になっているお寺へ相談に行くことにしました。昨今はお寺離れが進んでいますけど、うちは割と檀家をちゃんとしているタイプなんです。そうしたら、『弔い上げが終わっているから、粗大ごみとしてそのまま処理しても問題ない』とお墨付きをもらえたんです」
そこで仏壇はほかの粗大ごみと一緒に、せどり業者へ処分を依頼。すると昔の仏壇は、金箔や高価な金具などキラキラした装飾がされているため、海外でインテリアとして人気があるのだと教わりました。
「仏壇のほかに処分が大変だったのは、祖母の婚礼タンスです。家に運び入れる時に、クレーンで2階の窓から運び込んだ品物で、かなりの大きさがありました。素人で取り出すのは無理だったので、いとこにチェーンソーで解体してもらってから処理しました」
厳しい物件でも諦めないで 不動産は誰か1人の需要に刺されば売れる
(撮影:曽我美芽)
遺品の処分も終わり、残すは再建築不可物件だけになりました。リノベーションして賃貸に出す方法もありましたが、高殿さんは買い手を探すことに決めました。
「ビジネスの基本は、買い手を探してから商売を始めること。だからまずはボロ家に価値を見出す人を考えました。私はDIYが好きでYouTubeもよく観るので、ボロ戸建て投資をしているDIY系YouTuberはどうかなと思ったんです」
ボロ戸建て投資とは、安い価格で売り出されている古民家などを購入し、DIYなどを施して魅力的な賃貸物件にして家賃を得る方法です。
高殿さんは西日本を中心に活躍する古民家DIY系YouTuberや、ボロ戸建て投資を目指す人たちへXやInstagramからメール営業を開始しました。しかし、残念ながら購入希望の声は挙がらなかったと言います。
「メール営業をかけるうちに、築古で再建築不可という厳しい条件だけれど、売れる気がしてきたんです。『不動産って、人気物件である必要はないんです。たった1人でも購入希望者がいれば売却できるんだから』と考えられるようになりました。商品を生産して大量に売るのとは、性質が異なるんですよね。だからこそ、所有物件をマニアックな人に見つけてもらうためにはどうすればいいかを考えるようになりました」
築年数の古い物件がどのように売られているか検索した高殿さんは、考えに考え抜いてインターネットで「実家、50万円で売ります」と告知することに決めました。すると、たちまちいろんな人から連絡が来るようになったと語ります。
「50万円、という価格は直感で決めました。昨今は無料でなんでも享受できる時代ですから、最初に効果を出すためには価格をグッと下げることが必要だと感じて。もしたくさんの購入希望者が出れば、オークション形式で価格を上げることもできますから」
さまざまな理由で購入を希望する人が現れましたが、50万円で即決購入を希望した経営者への売却を決意。その人はクルーザーを所有しており、海に近いセカンドハウスを探していたと言います。
こうして、高殿さんの「父の実家を売る」実家じまいは、幕を閉じました。
実家じまいで親族に恩を売れ!
(撮影:曽我美芽)
「今振り返ると、あの家を学生寮として貸し出す手もあったなと思うんです。再建築不可物件だから固定資産税がすごく安いし、駅からは徒歩圏内。病院も近いから、運用するのにはちょうど良かったでしょうね。
それにベンチャー企業の住所登記や、倉庫として使用するのもアリです。実家の売却と言うと親と同じように暮らすことばかりを考えがちですが、さまざまなライフスタイルや用途があります」
高殿さんは実家じまいの経験を振り返りながら、「まずは片付けから着手したのが良かった」と語ります。
「今回学んだことは、とにかくマーケットに出す重要性です。祖父母の家にあった家具類は私にとってゴミに思えても、欲しい人には価値のあるもの。今回は無料で持って行ってもらいましたが、もし時間に余裕があるならフリマアプリで売れば良かったなと思います」
面倒な実家じまいでしたが、親族に対して「あの家を片付けたのは私だぞ」と恩を売るメリットを感じたそう。
「今後も、身内との間には介護や葬式などいろんな問題が出てくるでしょう。その中でも大きな課題である実家じまいをやり遂げた事実は、誇っていいと思うんです。自分の体が極まった時にほかの問題が降りかかる不安を考えれば、今のうちに手を付けて良かったと思いました」
誰にもいつか訪れる実家問題。実家じまいは「思い出があるから」と後回しになりがちですが、少しずつ情報収集をして、売るか運用するかを考える時間を設けることも必要なのかもしれません。
<高殿円(たかどのまどか)>小説家。漫画の原作や脚本なども担う。2000年、『マグダミリア 三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞。2013年、『カミングアウト』で第1回エキナカ書店大賞を受賞。2024年4月には同人誌『98万円で温泉の出る築75年の家を買った』を刊行し、話題に。新刊『私の実家が売れません!』(エクスナレッジ)が好評発売中。
<撮影:曽我美芽 / 構成:結井ゆき江 / 取材・編集小沢あや(ピース株式会社)>
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