学校断熱ワークショップで教室の暑すぎ・寒すぎ問題が解消! 生徒がDIYで「勉強に集中できる」効果実感、電気使用量も70%減 エネルギーまちづくり社・竹内昌義さん
「学校の教室は、暑くて寒い!」「エアコンや灯油ストーブがあっても、無断熱の建物では効きが悪く、快適とはほど遠い」……。そんな環境を改善するため、冷暖房エネルギーを減らすため、そして気候変動を自分ごととして考えるために、学校の断熱改修ワークショップが全国に広がっています。その先駆者である建築家の竹内昌義さんに、断熱ワークショップの意義、そしていま注目する動きや今後取り組むべき課題について、話をうかがいました。
日本初の学校断熱ワークショップは岡山・津山市、次いで長野・白馬村で開催
低燃費なエコハウスやゼロエネルギーの建物デザイン、エコタウン構想の策定などを通じて、エネルギーを使わない豊かな暮らしを目指す、エネルギーまちづくり社の竹内昌義さん。
エネルギーまちづくり社 代表取締役 竹内昌義さん(写真提供/エネルギーまちづくり社)
古民家や学校の断熱改修ワークショップにも力を入れ、脱炭素社会に必要不可欠な建物の断熱化の大切さを伝えています。
学校の断熱改修をDIYで行う「学校断熱ワークショップ」は、竹内さんが講師となり、2019年に岡山県津山市の小学校で、全国初の試みとして行われました。小学校が舞台ということで、当時の参加メンバーは地元の建築士などの大人たち。その取り組みを長野県の白馬高校の生徒が知り、「教室が寒すぎるからなんとかしたい」と竹内さんに直談判。翌年には白馬高校で、今度は生徒たちが中心となった断熱ワークショップが開催されました。
白馬高校での断熱ワークショップの様子(写真提供/エネルギーまちづくり社)
(写真提供/エネルギーまちづくり社)
「岡山は夏にエアコンをつけても効きが悪く暑いという夏型、白馬は冬の寒さが厳しく、ストーブがあっても教室の温度ムラがひどいという冬型の例でした」と竹内さん。
その後も島根・津和野、神奈川・藤沢、静岡・焼津、岩手・一関、千葉・流山など、全国各地で30件ほどの学校断熱ワークショップが行われ、この夏には長野・飯山の中学校でも開催が予定されています。
岡山県津山市の小学校での学校断熱ワークショップダイジェスト動画(つやま断熱ネットワーク)
学校での断熱ワークショップは、地域の工務店の協力のもと、2~3日にわたって開催されます。
主な工程は、冬型の学校の場合
天井に断熱材を入れる……天井の一部を剥がして、中にグラスウールを敷き込んで並べていく
内窓を設置する……窓の内側に窓枠とレールを追加。ガラス部分は樹脂製ポリカーボネートなど
壁に断熱材を入れる……窓まわりの壁に木製の下地をつけて断熱材をはめ込み、木材やベニヤ板を張る
夏型の学校では、上記に加え、熱気を逃す換気扇を取り付けたりしています。
全国で学校教室の構造はほとんど同じなため、どこでも同じような断熱改修ができるというわけです。
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断熱ワークショップの意義は、エネルギー啓発+カスタマイズの楽しさ実感
「学校は子どもたちが心身を育む大切な場所です。DIYでの断熱改修はゴールではなく、本来は公共工事でやるべきこと。だけど、まずはみんなでやってみよう、そしたらこんなにも変わるよねっていうのを実感してもらうために、ワークショップという形式をとっています」と竹内さん。
上田高校での断熱ワークショップ時の様子(写真提供/エネルギーまちづくり社)
断熱材を入れている様子(写真提供/エネルギーまちづくり社)
(写真提供/エネルギーまちづくり社)
実際に断熱ワークショップに参加した生徒たちからは、こんな声が聞かれています。
「冬、ストーブ近くは暑くて窓際は寒かったけれど、温度ムラがなくなってどこにいても暖かい」
「昼にはなくなっていた灯油が午後まで残り、驚くほど暖かくなった」
「夏はエアコンが効いて涼しくなり、勉強に集中できるようになった」
「二重窓で外の音が遮断されて静かに感じる」
「断熱材の上から木の板を張ったら、教室の雰囲気が変わった」
「建物の構造に興味があり参加した。仕組みの勉強になった」
「のこぎりで板を切って腕が疲れたけど、楽しかった」
これらは実際の数値にも表れていて、改修後に実証実験を行った仙台の小学校では、断熱改修していない教室と比べ、断熱改修した教室の電気使用量は約70%に抑えられたという結果が得られました。
【津山市の小学校 空調用電力+室温計測値(冬季)】
5年生教室⇒未断熱・6年生教室⇒断熱施工済
上田高校での断熱ワークショップ時の様子(写真提供/エネルギーまちづくり社)
こうして自らの手や体を動かして断熱改修を体験することにも、大きな意義があります。
「まず、改修工事を自分でできると思っていない人が多い。海外では当たり前の『自分たちが住む、過ごす空間を自分たちの手でなんとかする』という機会が少ないのは日本特有のこと。賃貸住宅なら穴も開けられない、などはその一例ですよね。断熱ワークショップを体験すると、『みんなでできて楽しかった』という達成感が味わえます。建物を自分たちでカスタマイズできるんだ、と知ってもらうことにも意味があるのです」
もう1点、準備段階も含め、地域の工務店に関わってもらうこともポイント。工務店の断熱に対する意識を高め、今後は中古住宅の改修を中心に、地域の産業を生み出していけたらと竹内さんは考えています。
「人口が減り、新築住宅が減っている現在、中古住宅のリノベーションは今後より大きなビジネスになっていくはずです」。地域の工務店の出口戦略であり、結果としてそれが地域のためにもなるというわけです。
学校断熱の課題は予算とスピード感
学校断熱ワークショップの材料費は、100~150万円。メーカーや工務店から一部資材を提供してもらったり、クラウドファウンディングなどで寄付を募ったりしているのが現状です。
現在の学校環境衛生基準(文部科学省)では「18℃以上、28℃以下であることが望ましい」とされています。ですが、ワークショップで断熱できるのは8m×8mの教室の、南側の窓と天井だけ。どこまで断熱するか。廊下や、ほかの教室はどうするか。すべてワークショップで断熱するのは予算も時間もかかりすぎて、現実的ではありません。
(写真提供/エネルギーまちづくり社)
「現実的に気候は変動してきています。夏の外気温が38℃だと、屋上のコンクリートの床は40℃以上になってくる。そのすぐ下の教室をエアコンで冷やしても、断熱不足で熱侵入が大きいと30℃程度までしか下がらず、その場合の体感温度は35℃(※)。これは熱中症危険レベルなんです」(竹内さん)
※(表面温度+室温)÷2=体感温度
2018年、愛知県の学校で熱中症になった児童が亡くなるという痛ましい事故が起こり、政府は即座に全国の学校へのエアコン設置を決めました。それと同じくらいのスピード感をもって、学校の断熱にも公共事業として取り組んでほしい、と竹内さんは言います。
本来、空調工事と断熱工事はセットで考えたいものです。エアコンによって温度環境が改善されても、断熱されていない建物では冷暖房効率が悪く、エネルギー消費は増えるばかり。設置費には補助金が出ても、高い光熱費は自治体が負担しなくてはなりません。
そんななか、2024年度には東京都葛飾区と杉並区では学校断熱の予算がつき、公共工事によって断熱改修がスタート。
また長野県では、知事が出席するイベントで高校生が学校断熱の必要性を訴え、その場で「断熱プロジェクト」の予算化が決まった例もあります。
「まずは学校から環境を変えていく。学校の建物は共通事項が多いから、意外と広がりやすいはず。学校の断熱改修は、脱炭素社会に向けてのひとつの大きなきっかけになるのではないでしょうか」(竹内さん)
役所や公共施設、オフィスビルにも断熱を
2025年、すべての新築住宅では断熱等級4が義務化されます。「さらに2030年までのなるべく早い時期までに、断熱等級5をデフォルトにしようという動きがあり、6まで必要なのではないかとされているのに、既存の集合住宅や公共施設、営業施設は大きな遅れをとっています」と竹内さん。次はどこに目を向けたらいいのでしょうか。
「これまで学校断熱の話をしてきましたが、学校で過ごす時間は朝から夕方まで。夏休みや冬休みもある。もっと長い時間稼働する役所の建物を断熱すれば、エネルギー削減と快適性の向上が実感できて、断熱効果を訴求できるのでは」
例えば、2021年に新築された北海道ニセコ町の庁舎は、屋根や壁に20cm超の高性能断熱材を入れ、窓はすべて木製サッシのトリプルガラスを採用。冬はマイナス20℃にもなる環境でありながら、暖房費は半減。エネルギー効率と快適性は、旧庁舎とは比べものにならないほどだといいます。
ニセコ町役場(撮影/笠井義郎)
金属製に比べ断熱性が高いシラカバ材の木製サッシ。窓にはトリプルガラスが採用されている(撮影/笠井義郎)
「ニセコ町の庁舎は窓の比率が高くないのが特徴的です。ヨーロッパのビルも窓の面積が小さい。アメリカ・ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルは窓ガラスをすべてトリプルガラスに改修し、エネルギー使用量が低減、改修費は3年で回収できています。東京都心にあるような全面一枚ガラスのオフィスビルは、デザイン性とメンテナンスを重視して建てられていて、エネルギー効率まで考えられていませんよね」
住宅でも、光熱費の元が取れるかという話に終始していたときはなかなか進まなかった断熱化ですが、ヒートショックが防げて、快適性が上がって、エネルギーも減るということが周知されてきた経緯があります。
新築住宅だけでなく、学校、公共施設、オフィスビルなど、非住宅建築の断熱強化が脱炭素化をめざすうえで必要不可欠。まずは自治体など公共から進めて、民間に移していくことが求められている、と竹内さんはいいます。
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幸福度と再エネ普及率には相関がある!?
海外の断熱事情はどうでしょうか?
「建物の断熱は海外では当たり前で、建物を新しく建てる=二酸化炭素を排出するとして問題視する動きがあるほど。二酸化炭素を出さないためにはどうしたらいいかが明確で、つくって壊すのではなく、今ある建物をリノベーションしていこうという考え方です」
太陽光や水力、バイオマスといった再生可能エネルギーの普及率も日本は遅れをとっていて、G7のうち25%を切るのはアメリカ、フランス、日本だけ。そんな再エネ比率と世界幸福度ランキングで発表される“幸福度”には、実は相関関係があるのでは?と竹内さんは着目します。
■世界幸福度ランキング/電力に占める再エネ比率
順位国名電力に占める再エネ比率1位フィンランド442位デンマーク703位スイス27 発電は804位アイスランド1005位ノルウェー98.5 発電6位オランダ40.1 発電7位スウェーデン608位ニュージーランド72.5 発電9位オーストリア7710位ルクセンブルク6.411位カナダ66.312位オーストラリア2913位英国4014位イスラエル20.815位コスタリカ9816位アイルランド4017位ドイツ4518位米国20.919位チェコ1320位ベルギー13.8世界幸福度ランキング2023年より。竹内さん調べ(資料提供/エネルギーまちづくり社)資源エネルギー庁「日本のエネルギー 2022年度版 『エネルギーの今を知る10の質問』」より
「幸福度ランキング上位の北欧、ヨーロッパ、北米、オセアニアの国は、再エネ普及率がとても高いんです。一部を除いて40%を超えている。これはかなりの相関があるといえるのではないでしょうか。再生可能エネルギーって『うまくいくかわからないけど、いろいろ考えて新しくやってみよう。うまくいくならもっとやろう』というプラス方向のフィードバックがあるもの。新しいことをどんどん取り入れられる、前向きに考えられる心持ちが、幸福度につながるのかもしれません」と分析しています。
もちろん、エネルギーが自給できるというのは豊かな証拠でもありますし、建物の快適性の高さも幸福度に関係ありそうです。
ちなみに日本の再エネ比率は20.3%(2021年度)、幸福度は51位(2024年度)。現状維持ではなく、まずやってみよう!という姿勢こそが大切なのかもしれません。
これからの注目は、「高性能賃貸」
最後に、竹内さんがこれからトレンドになると考えているのは、高性能賃貸住宅だそう。太陽光発電を積んでエネルギーの自給と快適な暮らしを実現させる、高断熱高機密な集合住宅。そこにはまちづくり的な要素も含んでいます。
長野県佐久市で竹内さんが取り組んだのが、断熱性能等級6相当の賃貸住宅「Terrace 梨四季」。各戸に電気自動車のEV充電設備も付いています。
断熱性能等級6相当の賃貸住宅「Terrace 梨四季」(写真提供/エネルギーまちづくり社)
岩手県紫波町では、小学校の跡地を活用した「農ある暮らし」がテーマの「ノウルプロジェクト」を展開中。竹内さんが手がける住居棟は、断熱性能等級7の集合賃貸住宅。農業を知り学べる場所として、地域のにぎわいや人材育成の面でも注目が寄せられています。
「山形エコタウン前明石のエコハウスは分譲でしたが、そのアパート版、長屋版も今進めているところです。高断熱高気密な建物を社会に広めていくには、もう住宅を一軒ずつ建てていくのでは遅いだろうと」。高性能な集合住宅は、地域の財産にもなって、長く使われていくことが期待できます。
学校から公共施設、オフィスビル、集合住宅まで。断熱がもっともっと当たり前になれば、快適で幸せな暮らしにつながっていくはず。学校断熱ワークショップに携わる若い世代にも、そんな未来を描いてもらえたらと願うばかりです。
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●取材協力
エネルギーまちづくり社
代表取締役
竹内昌義さん
神奈川県生まれ。一級建築士。省エネ建築診断士。みかんぐみ共同代表。東北芸術工科大学デザイン工学部 建築・環境デザイン学科教授。専門は建築デザインとエネルギー。保育園、エコハウス、オフィス、商業施設の設計などに携わる。
エネルギーまちづくり社
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