健全な推し活のためには、エンタメを扱う企業と、推し、そしてファンという三者が一体となって変わらなければいけない 『成功したオタク』オ・セヨン監督インタビュー
あるK-POPスターの熱狂的ファンだったオ・セヨンは、「推し」に認知されテレビ共演もした「成功したオタク」だった。ある日、推しが性加害で逮捕されるまでは──。韓国の芸能界を震撼させた性加害事件をきっかけに作られたドキュメンタリー映画『成功したオタク』が3月30日より随時公開される。
オ・セヨン監督は受け入れがたい現実に苦悩しながらも近い経験をした友人たちの話を聞きに行き、真の“成功したオタク”とは何なのかを映画を通して考えている。今回、オ・セヨン監督の来日に合わせ、作品制作に至った経緯から、推し活と切り離せない政治の話、アイドルビジネスの問題点までを深く語ってもらった。
推し活とは一体なんなのか
──性加害者となったアイドルのファンたちの目線でドキュメンタリーを制作しようと思ったきっかけから教えて下さい。
オ・セヨン「2019年3月に私が好きだったチョン・ジュニョンの性加害事件が報道されました。非常にショックを受けたんですけど、そのときは映画にしようとまでは考えていなかったです。しかし、私のように離れていくファンが多い一方で、残っている人もいました。どうしてこの人たちはまだ推しを好きでいられるのだろう。なにかおかしいな、でも興味深いなと思ったんです。同じ人を好きになって、同じ状況にあるにもかかわらず、どうして去っていくファンと残るファンがいるのか。推し活とは一体なんなのかを深く考えたいと思い、映画を撮り始めました」
──タイトルを「성덕:ソンドク」(成功したオタク)にした意図はなんですか?
オ・セヨン「二つの理由があります。一つは私がかつて『成功したオタク』と言われていたこと。それは私にとって非常に誇らしいことであり、そしてポジティブな意味合いでもありました。しかし、こうした事件が起きた後、私は『失敗したオタク』になったわけです。つまり 過去に成功したオタクだったということが私の黒歴史になりました。そのため、ちょっと皮肉めいた感じで使いたいなと思いました。それからソンドクというのは、推しに会って手を握ったり、サインをもらったり、覚えていてもらうことの意味でよく使われるのですが、果たしてそれだけで『成功したオタク』だと言えるのかどうか。ファンとして本当の『成功したオタク』とはどんなものなのかを考えるようになり、この映画を通して真の『成功したオタク』とは何なのかを考えたいという思いもあります」
──日本でも「成功したオタク」はオタクにとって名誉ある称号として語られます。そういう人たちにとっても今作はいいメッセージになると思いました。
オ・セヨン「私もかつて、ソンドクになりたく頑張ったんです。例えば韓国の伝統衣装である韓服を着て会場に行ってみたり 何か目立つ行動をしてみたりしていましたから」
ファン同士で深く話すことでお互いに気持ちが癒されて、一種のセラピーを受けているような気分になった
──映画では事件についてファン同士が語り合うことで、ケアをしあう様子が見受けられました。アイドルを応援するファンダム、ファン同士のつながりにどんな良さを感じますか?
オ・セヨン「最初にこの映画を作ったときはあまりにも怒りが込み上げてきていましたし、そこにケアの意識はありませんでした。あまりにもつらい状況を誰かに話したかったけど、理解できるのはオタクの友達ぐらいだと思い、友人に話すようになりました。でも私は友達と話すことによって、『自分は思った以上につらかったんだ、傷ついていたんだ』ということを知ることになりました。そして深く話すことでお互いに気持ちが癒されて、一種のセラピーを受けているような気分になったんです。だから映画を観た方たちがこの映画を観て癒されたというふうにおっしゃるのは、おそらくご指摘の通り、私たちが長い間お互いを慰め合うようにケアをし合っていたからなんだろうなと思います」
──一方でファンダムのアクティビティが重要な場所を訪れる「巡礼」や知人友人に情報を熱っぽく伝える「布教」といった宗教的な語彙で語られるように、推しを神様のように崇めてしまう側面も目立ちます。特に社会との断絶性が存在するほどこの側面が際立ちやすく、仲間意識と排他性による危うさも感じます。
オ・セヨン「とても良い視点ですね。ソンドクの英語のタイトルは『Fanatic』、つまり熱狂的な信徒になります。ファンというのは推しを教祖のように崇拝する傾向もあるなと感じますし、ファンダムはそういった集団のようだなと感じることもあります。宗教的な側面によって推しを神格化してしまったり、推しがすることはすべて正しくて良いことなんだと考えてしまいがちなんですね。
排他的とおっしゃったのは非常に私も共感できる部分です。なぜかというと、私たちの上の世代のファンたちというのはファン同士の争いというのが非常に多発していたからです。たとえば自分が好きな人がいて、誰かがその人のことを好きではないというだけで敵と見なしたり、競争相手とみなしたりして、まるで相手は誤った宗教である、こちらが正しい宗教なのだとでもいうように、ファン同士で戦いがたくさん起きていました。それから、推しをあまりにもずっと見ているので、その人のすべてを私は知っているんだというふうに思い込んでしまっています。ですから、推しが良くないことをしたとしても、私のオッパは絶対にそんなことをする人じゃないというふうに言ってしまう。誰かを好きになりすぎて視野が狭くなっているからだと思うんですね。芸能人やアイドルのファンだけではなくて、日常生活で誰かを好きになるとそういう傾向が生まれがちなんじゃないかと思います。よく韓国ドラマを観ると、結婚をしたい相手に対して周りがいくら止めても、『お前たちはあの子のことをよく知らないんだ、だから反対するんだ』と言って、いくら止めても反対を押し切って結婚しようとするじゃないですか。それもそういう傾向の一つなんじゃないかなと思います」
排他的になって真実を信じないファン心理は政治にもある
──事件の真実を聞かずに見ようとしない人たちに対して、パク・クネ元大統領の支持者たちと同じだと指摘するシーンは秀逸でした。どのような意図で挿入したのでしょうか。
オ・セヨン「排他的になって真実を信じない心理が両者は似ていると思ったんです。私はこの映画を撮ろうと思った初期の頃から、パクサモ(「パク・クネ元大統領を愛(サラン)する集まり(モイム)」を縮めた言葉)のシーンを必ず入れたいと思っていました。もちろん芸能人と政治家ですから基盤に違いはあります。政治的なファンダムには歴史が絡んでいる一方で、芸能人のファンダムはその人にハマってからのことなので。ただ、私にとってはパククネとチョン・ジュニョン、犯罪者と犯罪者、そしてそのファンたちとそのファンたち。その人たちが行っている行動などはすごく似ていると思うんです。言葉にするには難しいんですけど、同じように見えたのでこれを映画として撮れば何かわかるんじゃないかなと思いました。自分たちが崇拝してきた偶像が過ちを起こしたときに、それを知りながらもまだ支持するその真理とは何なのか。そういったことをファンたちの姿を通じて理解できるのではないかなと。
ただ、初期の頃と撮っていく段階で私の気持ちが変わってきたことがあります。初期の頃は、犯罪者になってしまった人のファン、悪い偶像を崇拝するようなことを韓国ではサイビと言うんですけど、それはカルト宗教や悪いことをした政治家を崇拝することにも言える言葉で、そういった関心にも広がる拡張性を持った映画にしたいなと思っていたんです。しかし、その後で自分にできることはファンたちの声を伝えることなんだというふうに考え直しました。今の自分にできることはそこだなと。ですから、パクサモには行ってみたものの、私はこれ以上は進まずに戻ってきました」
──政治も推し活も生活と地続きであるという点、そして推し活というライトな入り口から政治に関心を向けるという意味でも必要なシーンだと思いました。
オ・セヨン「ありがとうございます。日本と韓国は似てるんでしょうか? 韓国で保守になりがちな方はちょっと年がちょっとご年配で、自分の主張が強い頑固な方が多いと思うんですけど」
──同じだと思います。ただ最近は経済的な不安定さなどの要因もあるのかもしれませんが、若い人でも保守になりがちな傾向はちょっと感じていて、危惧している部分でもあります。
オ・セヨン「韓国も同じで、若い人が保守を支持する傾向にあります。特に20代の男性ですね。経済的に苦しい状況にあるからといって、その人たちが解決してくれるわけでもないのに、なぜその人たちを支持することによって自分も富を得ることができると考えるのかわかりません」
──韓国と日本の大きく違うところは、韓国はまだ度々政権交代がありますが、日本は長らく自民党政権が続いていて、選挙によって有権者が何か成し遂げたという成功体験を得ていないんです。そして20代の男性とかが保守を支持するのはいまだに家父長制も影響してるなと思っていて、自分が弱者だと思いたくないというか、自分が強者の側なんだと思いたい思考もあるのかなと。
ファンと推しの関係は垂直から水平に変わった
──最近ではガザをめぐる抗議の一環で、「親イスラエル企業」のスターバックスのコーヒーを飲んでいるアイドルに海外ファンが否定的なコメントをつけるシーンも見かけるようになりました。推しが社会問題に関心がない、もしくは気づいていない場合にオタクはどういう対応をとるのがいいと思いますか?
オ・セヨン「もし推しがわからなかったり気づいていない場合は、教えてあげるべきだと思います。BTSのRMもフェミニズムについて勉強してほしいとファンから言われ、ファンたちが本をプレゼントされたことで、勉強した。ARMYは彼が変わる姿を見ることができたわけです。何か問題を起こしたときに非難・批判をするというのは非常に容易いことだと思いますが、教えることでその人を変えていく、変わる方向に模索していくことが重要だと思うんです 。以前は非難をしていくのがメインだったんですけれども、それはファンと推しが垂直の関係だったんですね。しかし今はお互いにコミュニケーションが取れる水平的な関係に変わっています。ですから私たちファンから何か推しに教えてあげることも可能になっていると思うんです。スターバックスの問題については、すべての芸能人がその問題に対してセンシティブにアプローチすることができないとは思います。ただ、事務所も何かしらの策を考えるべきかもしれませんね」
──資本主義社会のなかで疑似恋愛ビジネスとして成り立ってしまっているアイドルビジネスの構造も気になります。本気で推しに恋してしまう「リアコ」も推し活の醍醐味の一つであるかと思いますが、本来アイドルとオタクの適切な距離ってあるのでしょうか。
オ・セヨン「ファンと推しの間の距離感はいろんな問題をはらんでいると思います。事務所もファンを人ではなくて一つの商品のように見てしまっているし、ファンもお金を出す身として推しに対して要求をしすぎてしまう。疑似恋愛ももちろん問題ではありますが、これはファンの問題ではなく、心理的に操作するようなアイドルビジネスを展開している所属事務所の問題であると思っています。
韓国では月4000ウォンを払えば ファンと推しの間でメッセージのやり取りが できるようなアプリのサービスがあります。もちろん自分に対して直接送ってくるのものではないんですけど、例えば『〇〇ご飯食べた?』と推しが送ると、それが自分には『セヨン、ご飯食べた?』というふうに私の名前がそこに入って送られてくるんです。アイドルビジネスの大きな問題というのは、先ほどおっしゃった疑似恋愛も含まれると思うんですけれども、これは疑似恋愛になるように仕向けられているというふうに思うんです。ですからそこが問題だと思うんですね。
ファンと推しとの距離をとるというのは、ファンの心を守るための行為でもあると思うんです。ビジネスとしてやっている所属事務所の人たちは、私たちの気持ちを守ってくれません。そこに問題があるとわかっていても動かないんです。ですから私たちが、自分たちが見ているのは推しのすべてではない、推しが今見せている姿というのは、誰かに見せるために作られた、いろいろ加工された姿の一部なんだということ 認識し続ける必要があると思うんです」
健全な推し活は、エンタメを扱う企業と、推し、そしてファンという三者が一体となって変わらなければいけない
──最近、推し活には依存性や加害性をはらんでいるという気づきを感じることがあります。過剰に熱中してしまうし、もしかしたら自分の言動が推しを傷つけていることもあるかもしれない。褒め言葉として『ビジュが良い』と言ってしまったり、『太った?』と推しの顔面や体型を評価してしまうことも……。健やかな推し活というものは存在するのでしょうか。
オ・セヨン「難しい質問ですね。誰かを好きになるというのはすごく楽しいことですし、エンドロフィンが放出される非常にハッピーなことなのに、どうしてそんな心配をしないといけなくなってしまったんでしょうね。
適切な距離をとる。その人の見せている姿は一部に過ぎない。適当にほどほどに好きになる。お金をあまり使わない 。こういった心得は必要だと思うんです。しかしそれを可能にするためには、システムそのものが変わる必要があると思っています。 K-POPは特にストーリーを売るようなビジネスです。たとえばBTSを見ても、ステージの上でかっこいいと思うだけでなく、彼らが一生懸命本当に下積みから頑張って苦労してきたその姿を見守っているからこそ、どんどん好きになって応援したくなってしまうんですよね 。本当によくできています。それを踏まえ、健全な推し活というのはやはり、エンタメを扱う企業と、推し、そしてファンという三者が一体となって変わらなければいけないと思います」
text Daisuke Watanuki(https://www.instagram.com/watanukinow/)
『成功したオタク』
3月30日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
https://alfazbetmovie.com/otaku
監督:オ・セヨン
配給・宣伝:ALFAZBET
3月30日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
公式X(旧Twitter) @seikouotakujp
2021 年/韓国/85 分/カラー/原題:성덕/英題:FANATIC
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