宇宙を超えて伝染する狂気~デイヴィッド・ウェリントン『妄想感染体』
デイヴィッド・ウェリントンは、2019年発表の『最後の宇宙飛行士』でアーサー・C・クラーク賞の候補となった。これは異質な存在とのファーストコンタクトを題材にしたスリリングな作品である。そのウェリントンが2023年に発表した新作が、本書『妄想感染体』だ。三部作になることが決まっているという。
ガニメデ防衛警察の警部補アレクサンドラ・ペトロヴァ(通称サシャ)は、職務上で失敗をし、その代償のようなかたちで太陽系外の植民惑星パラダイス-1の調査を命じられる。サシャにとってパラダイス-1は、少々いわくがある場所だった。母親のエカテリーナがそのコロニーで隠居しているのだ。エカテリーナはかつて防衛警察の局長として権勢を振るったが、権力闘争の結果、表面上は穏便なかたちでその座を追われたのである。また、娘サシャとのあいだにも、私的なわだかまりがあるらしい。
サシャは恒星船アルテミス号に乗りこむ。パラダイス-1への調査に同行するのは、パイロットのサム・パーカー、医師ジャン・レイ、ロボットのラプスカリオン、そしてアルテミス号のAI、アクタイオンである。その全員がサシャと同様、過去になんらかのしくじりを経験している。悪く言えば、負け組チームである。このチーム内の人間関係(人間ではない者もいるが)が、この物語に機微とユーモアをもたらすことになる。このあたりはさすがデイヴィッド・ウェリントン、エンターテインメントのくすぐりがなかなか上手い。
とはいえ、物語の基調はサスペンスとホラーである。じつはすでに百隻を超える調査船がパラダイス-1へと送られており、そのすべてが音信を断っていたのだ。アルテミス号も、パラダイス-1星系近傍で激しい攻撃にみまわれる。船体に甚大な被害を与えた砲弾は、なんとヤムイモだった。
やがて、パラダイス-1の軌道上に滞留するすべての宇宙船に、致命的な妄想が蔓延っていることがわかる。そのあらわれかたはさまざまだ。人肉食の衝動に取り憑かれゾンビのようになった一群もいれば、いもしない寄生体を剔りだそうと人体毀損をつづける一群もいる。また、宗教的不浄観に駆られた一群もいる。
アルテミス号の医師ジャンはかつてタイタンでコロニーを全滅させた未知の感染症、赤扼(せきやく)病に遭遇していた。パラダイス-1の軌道上で発生している妄想は、どうやら、これと関連があるらしい。となると、はるか宇宙をまたいで伝播する病なのか? さらに不可解なことに、この妄想症状は人間だけではなく、AIにもあらわれるのだ。
多くの犠牲を払いながら――自らも狂気に呑みこまれる窮地すらある――、サシャたちはパラダイス-1星系で待ちうけていたものの正体と、「病原体」バジリスクの機序へと接近していく。しかし、その核心らしいものがおぼろげながら見えてきたあとでも、恐怖と脅威は手を変え品を変えて、アルテミス号の一行に幾度も襲いかかるのだ。
胃があまり丈夫ではない読者にはいささか堪えるほどのこってりした展開だが、あるいはただ戦慄のエピソードを重ねているだけはなく、なにかの伏線が隠されているのかもしれない。いずれにせよ、それが明らかになるのは、次作以降となる。原書がこの夏に刊行予定の続篇(三部作の第二部)Revenant-Xでは、いよいよ舞台をパラダイス-1へ移し、新しい探険とサバイバルがはじまる。
(牧眞司)
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