「土壁」美術館”見て・触れ・食べ”土を楽しむ。目指すは”日曜左官”を日常に、癒やし効果など新たな発見も 土のミュージアム SHIDO 兵庫・淡路島
大手企業の本社機能移転やリゾート開発など、関西では何かと話題になる淡路島(兵庫県)。なかでも「西海岸」と呼ばれる島の西部は、海沿いにしゃれたカフェやグランピング施設等が次々に誕生し、オーシャンリゾートとしてにぎわいつつある。そんなエリアに2023年1月「土壁」がテーマの一風変わったミュージアム「土のミュージアム SHIDO」がオープンした。土壁を使った住宅が希少な存在となった現在において、この施設を開設した狙いを伺った。
老舗壁材業者が挑戦する土の魅力の発信地
土のミュージアム SHIDOを運営する近畿壁材工業は、1912(大正元)年に初代濵岡重吉が始めた建築資材の土の販売をルーツとする老舗壁材業者。もともと淡路島では、古くから瓦製造など土を使った産業が盛んで、同社も原料が同じ土の壁材製造や漆喰の卸販売などの事業を手掛けてきた。
しかし時代と共に伝統的な日本家屋が減るにつれ、土壁も激減する。苦戦を強いられてきた同社の事業に追い打ちをかけたのがコロナ禍。仕入先から取引をストップされるなど危機的状況に陥る。その打開を図るために、卸業だけでなく自社製品の製造販売の強化へと舵を切った。
営業努力の甲斐あり、2022年にはコロナ禍以前の売上に近づいたものの、土壁を取り巻く環境が厳しいことに変わりはない。そこで土壁に付加価値を付け、ブランド力を高めることに主軸をおいたショールームの開設を思い立つ。さらに移住者や観光客が急増する状況を受け、誰もが立ち寄りやすいミュージアムとしてオープンすることになった。施設名「SHIDO」は主力商品である漆喰の「し」と土の「ど」から取った。
フラットにすることが鉄則の土間の常識を覆し、波打つ床にした「豊沃の土間」(撮影/藤川満)
触れることで感じる土の新たな魅力
漢字の「土」に見える外観が印象的な同館。入館する際には靴を脱ぐ。入ってすぐに広がるのは緩やかに床が隆起した「豊沃(ほうよく)の土間」。床に起伏をつけることで、足の裏に伝わる土の粒子の感触が際立つ。土の上を素足(靴下)で歩くことに抵抗を感じるかもしれないが、フローリングや畳では感じられない非日常の感覚が新鮮だ。
伝統的な土間のたたきは、土と石灰とにがりを混ぜ合わせ叩きしめたものだが、ここの土間には少しセメントを加え、その上で乾燥前にスポンジで表面の細かい土などを拭き取ることで、粉っぽさを除去し、通常の歩行程度では、足の裏も汚れないようになっている。
「はじめは皆さん驚かれますが、そのうち土に囲まれた空間にやすらぎを感じるようです」と来館者の反応に手応えを感じているのは同館館長であり、近畿壁材工業の4代目・濵岡淳二さん。オープン以来、土壁に親しんできた比較的年齢層の高い客層よりも若い観光客やカップルが数多く足を運ぶ。
構造材である土壁は、一般的に目に触れることはない。しかしここではあえてむき出しにしている。使用されるのは、「淡路土(あわじつち)」と呼ばれる島内各地で採取された土。色の豊富さが特徴で、「粘り気があり扱いやすい」と評価する職人も多いという。
土壁の原料となる「淡路土」は色合いのバリエーションが豊か(撮影/藤川満)
そんな淡路土を使った壁や床そのものが、同館の常設展の作品としての役割を担う。つまり構造材ではなく、「仕上げ材」としての土壁の魅力をPRしているのだ。「建築資材としてだけでなく、暮らしを豊かにするアートとして土を感じてもらいたい」と濵岡さんは語る。
館長の濵岡淳二さんはもともと神戸市(兵庫県)のアパレルメーカー勤務のサラリーマン。2022年に結婚を機に島に移住し、妻の実家である近畿壁材工業で働くことになった(撮影/藤川満)
しかしながら土壁というと、どうしてもボロボロと崩れるイメージがあるのも事実。それを濵岡さんに伝えると「土壁は確かに硬いものが当たったり、常に人間がもたれかかったりするとボロボロしますが、基本的に土が固まっているので、外的な要因がないとそんなにボロボロするものではありません」と否定する。
古い日本家屋の壁がボロボロしていたイメージは、戦後の新建材「砂壁」や「ジュラク壁」と言われるもの。それらは、砂を海藻糊やボンドで固めたもので、特に昔は合成樹脂でなく海藻糊などで固めていたので、その糊成分が弱くなりボロボロ落ちてくることがあるという。
受付カウンターを兼ねた「一刀版築塀(いっとうはんちくべい)」。土を型にはめて積み重ね固めた日本の伝統的な土壁・版築壁に直線の亀裂を入れたデザインの作品だ(撮影/藤川満)
カウンターの後ろにある壁は、採掘場の断崖絶壁を重機で掘削したテクスチャーを施した作品「土崩壮麗(どかいそうれい)」。土壁は最も厚い部分で20cmもあり、通常の工法では採用しない贅沢な塗り厚になっている(撮影/藤川満)
さまざまな文様に土壁の可能性を垣間見る
館内の北側中央に位置するのが、同館の象徴でもある淡路土の割れを表現した作品「大地の素肌」。土壁は基本的に土に水、藁、凝固剤のにがりを入れてつくられるが、この壁は淡路土のみを水で練って塗っている。そのため乾燥することでひび割れ、崩れやすい。そのひびが逆に文様として独特の世界観を生み出している。
ひび割れた文様が印象的な「大地の素肌」。手前に並ぶのは企画展の作品(撮影/藤川満)
さらにその奥へと進めば、天井まで続く巨大な土の階段「土階八等(どかいはっとう)」。「簡素な宮殿」を意味する四字熟語「土階三等」にあやかり名付けられ、質素ながら宮殿のごとく圧倒的な存在感を放つ。この階段は自由に登ることができ、イベントの客席として、また展示台として活用される。
仕上げだけでも8日間かけたという作品「土階八等」。側面には「鎧壁」と呼ばれる左官工法を採用している(撮影/藤川満)
実際にこの階段上や壁には、「地文(じもん)」と呼ぶ文様が施された土壁がフレームに入られて、作品として展示されている。これらは壁材会社としての商品展示だけでなく、「土壁にしかできない新たなデザインに挑戦中です」と濵岡さんが語る、職人の高い技術の発信にもひと役買っている。
淡路島の焼き物「珉平焼(みんぺいやき)」に使用される白い土で縄を染めた作品。土がアートにもなることを教えてくれる(撮影/藤川満)
土にもっと触れることで幸せな生活を
ビジネス的な狙いとしては、来館者に直接土壁の可能性を訴えることで、将来的なマーケットの拡大を目指していることも事実。「これだけDIYが普及し、日曜大工という言葉が定着したなら、もっと気軽に土と触れ合える機会を設け、”日曜左官”という言葉が使われるようになってもいい。いわば“国民総左官計画”です(笑)」と濵岡さんは夢を語る。
そのために現在、塗り壁体験をはじめ、大学と連携した地質と観光を組み合わせたツアーなど、さまざまなプランを構想中だ。さらに土を使った新たな商品開発も進めている。食用の珪藻土を使ったスムージーや土のクレヨンなど、意表を突く商品開発で話題を提供し、その裾野を広げている。
ミネラル豊富な食用の珪藻土をスムージーの上にトッピングした土のスムージー(700円)。珪藻土自体に味はなくバナナ風味のスムージーに仕上がっている(写真提供/土のミュージアムSHIDO)
同館オリジナルの淡路島 土のクレヨン(5色セット2500円)。淡路島の土と蜜蝋由来の原料でつくられ、柔らかな書き心地とナチュラルな色合いが楽しめる(撮影/藤川満)
もう一つ掲げる大きなビジョンは「土で人を幸せにして豊かな生活を提案すること」。「例えば子どもたちが塗り壁をすることで、新たな才能に気付くかもしれません。ここは自分を変えていく場所にもなり得るのです」と濱岡さんはこのミュージアムの存在意義を示す。
土壁を仕上げ材として使用し、あえて表面にむき出しにした施工例。独特の風合いが落ち着いた雰囲気を醸し出す(写真提供/土のミュージアムSHIDO)
土壁の機能的メリットとしては、自然素材で多孔質からの調湿性能が挙げられる。しかし断熱性や強度などは、現在の新建材のほうが優れているが、断熱効果については、現代の建材と合わせたハイブリットにすれば、解決できるという。例えば、内部は土壁で、外壁にスタイロフォームなどの断熱材を合わせ、その外にサイディングを貼るなど。そうすることで、外壁の外断熱と内部の土壁の調湿性能の両方が活かせる。もちろん近年の珪藻土壁同様に、石膏ボード上に土壁を塗るだけでも調湿性能を付加することもできる。「古いものだけでは現代建築には限界があるので、ハイブリットにすることでより良い効果がでると考えます」と濵岡さんは語る。
さらに濵岡さんは続ける。「個人の感覚ですが、茶室や古民家に入ると何か落ち着くみたいな感覚があります。人類の最初の住居は洞穴、そこから数千年土壁の家が続きました。だからこそ、土の中に入ると安心するのかもしれませんね」
敷地内に建設中のイタリアンレストラン&カフェ。他にも体験施設なども併設されている(撮影/藤川満)
2023年中に敷地内には、イタリアンレストラン&カフェもオープン予定。土壁に全く関心のない観光客が足を運ぶきっかけづくりの牽引役として期待が高まる。土や土壁という地味なテーマながら、実際に触れてみると、新たな発見や驚きを提供してくれる同館の今後の展開に注目していきたい。
●取材協力
土のミュージアムSHIDO
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