じわじわ不穏な青山七恵『前の家族』が怖い!

 怖いっ!怖すぎるよ。

 小さいけれど確実に不穏な事象を、まったりした空気が包んでいく。しだいに危機感が損われていく主人公の変化が、リアルに描かれる。読んでいるうちに、だんだん落ち着きを失ってきて、ラストが近づくと鳥肌が立ってきた。

 主人公の猪瀬藍は小説家である。ずっと1人暮らしをしてきたが、自分の家を買おうと思い立った。探し始めてから6年、ようやく理想的な物件に巡り合った。住んでいる賃貸マンションから徒歩1分の2LDKである。内見に行くと、新築時から住んでいるという小林家の人々が出迎えてくれた。幼い2人の女の子と夫婦の、感じの良い家族だ。近くに一軒家を建てたとのことだが、上の娘は引っ越したくないらしくすねている。妻は「12年間住んでいて嫌な思いをしたことは一度もない」と目を潤ませる。

 購入を決め、家具や電化製品の一部も譲り受けることになった。リフォームをして、彼らの気配はすっかり消えたように思えたが、ところどころに一家が暮らしていた痕跡があり、彼らのことを考えてしまう。とは言え、自分で買った新居での生活を満喫していたのだが、ある日マンションの入り口に小林家の長女・ありさがいることに気がつく。部屋を見せてほしいと頼まれ、一度は断ったもののうっかり中に入れてしまう。ありさは、新しい家が気に入っていないらしく「ヘンなにおいがする」と言い、妹のまりを連れて毎日やってきては、長い時間を過ごすようになる。家庭で何か問題が起きているのではないかと心配しながらも、いつものように3人で過ごしていたところ、インターフォンのチャイムが鳴る。ドアの前には、小林家の妻が立っているのだが……。

 そう、問題はこの「前の家族」なのである。何がどう、ということについてはぜひ小説を読み、ありえない展開にのけぞっていただきたい。自分以外の誰かを、頼りにもあてにもせず、邪魔もされずに暮らす快適さ。生活する場所に対し知らず知らずのうちに芽生えてくる愛着やこだわり。ごく一般的で、きっと多くの人が感じたことのあるそんな気持ちの裏側に、少しだけある不安や心もとなさが、小説の中で培養され、増殖していく過程を見せられているようだ。何より恐ろしいのは、青山七恵氏のシビアな洞察力である。油断しているとグサッと刺されるので、気をしっかり持って読むことをおすすめする。

(高頭佐和子)

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