『ストリートファイター6』レビュー:格ゲーというよりもはやコミュニティ! 俺より強い奴と共に生きる世界

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ゲームの中に完全再現されたゲームセンター! 「バトルハブ」

対戦格闘ゲームは何故、冬の時代を迎えたのか? その原因として挙げられることの多いのが、「難しさ」。

最初に触れたとおり対戦格闘ゲームは「どんな技を出すか?」という駆け引きと、技を出すための操作技術が問われるゲームジャンルだ。まず技を出す操作方法が難しく、練習が必要。技を出せるようになったとしても、駆け引きで勝つためには経験……すなわちプレイ回数が影響する。

これはつまり、初心者が上級者に勝つのは難しいということ。ゲームにせよスポーツにせよ上級者が勝つのはルールとして健全だ。とはいえ、いつも負けてばかりではおもしろくない。

ゲームというのはおもしろさを味わうためのもの。おもしろさを感じないのに、無理にプレイする必要はない。となると、初心者プレイヤーが減っていく……という状況が生まれてしまう。

新規プレイヤー数が増えにくいという問題については、「ストリートファイター」シリーズのみならず、あらゆる対戦格闘ゲームがこれまでに様々な対策を行ってきた。たとえば、必殺技を入力するためのレバー操作をカンタンなものにしたり、ボタンを押しているだけで技が自動的に「コンボ」になるようなシステムを採用したり……。ちなみに今作『ストリートファイター6』にも、操作を簡略化した「モダン」や「ダイナミック」といった操作システムが用意されている。

ただ、いくら操作システムをカンタンにしたところで、時間が経過すればするほど戦略面の知識は熟成されてしまう。

たとえば、自分がダウンした際に相手プレイヤーが接近してきたとする。この次に相手プレイヤーが行うことは、「ダウンからの起き上がりに打撃技を重ねる」「ダウンからの起き上がりを投げる」「何もせず、こちらの反撃を空振りさせて隙を作り出そうとしている」のどれかだろう。こうした相手プレイヤーの狙いに対して、どんな方法が有効なのか知らなければ、状況を打開することはできない。

……いや、そもそも相手プレイヤーが接近後に何をするか?という点ですら、ひとつの知識。「将棋」や「囲碁」といったゲームであれば「定石」と言われる基礎知識部分だ。

今日対戦格闘ゲームをはじめたプレイヤーは、こうした「定石」を習得しなければまともに勝つことができない。そして現在の対戦格闘ゲームが目玉とする最新システムは、過去30年に渡る対戦格闘ゲームのシステムの積み重ねの上に存在している。この結果「定石」も相当なボリュームに達しているため、対戦格闘ゲームで勝つための知識習得の道のりは決して短いものではないのだ。

こうしたことを踏まえると、対戦格闘ゲームの新規プレイヤーが増えにくく、衰退していくのもしょうがないのかもしれない……いや、本当にそうか?

たとえば前述した「将棋」や「囲碁」は、格闘ゲーム以上の歴史があり、当然ながら戦略面の知識も熟成されている。なので、基本的に初心者が上級者に勝つことはできない。にもかかわらず、これまでなぜ長い歴史を重ねられたのだろう?

筆者はその理由のひとつに、「コミュニティ」が影響していると思っている。たとえば「将棋」や「囲碁」であれば、プロ同士が所属して実力を競う場所以外に「将棋センター」や「碁会所」といった、一般客が楽しくプレイする場所が確立されている。こうした場所へ行くことで実力者から戦術を教えてもらったり、イベントに参加して腕試しをしたり、自分と実力の近いプレイヤーと切磋琢磨したり……といった楽しみ方ができるわけだ。

つまり、「同好の士とともに、自分のスキルアップを楽しむ」とか「コミュニケーションの一手段としてプレイする」とかいった多様な楽しみ方ができる。こうなると、単に「勝った」「負けた」だけではなくなるので、その場所に行くことそのものが楽しい。結果として、ゲームをやめなくなる……というわけだ。

対戦格闘ゲームにおいて、かつて「将棋センター」や「碁会所」のような機能を担っていたのが、ゲームセンターだろう。とはいえ筆者の知る限り、初心者のケアまでしてくれるようなゲームセンターはほとんど存在しなかった。しかも、令和の今となってはビデオゲームを置いているゲームセンター自体が少ない。

だったら、ゲームの中に「将棋センター」や「碁会所」のような機能を持たせてしまえばいい……と考えたのが、今回の『ストリートファイター6』だ。普通に考えると相当無茶な発想だと思うが、それを実現してしまっているんだから凄まじい。

今作はメインモードが「ワールドツアー」「バトルハブ」「ファイティンググラウンド」という3つに分かれている。この中の「ファイティンググラウンド」は、これまでのシリーズの内容に当たるモードで、アーケードモードやトレーニングモード、対戦といったモードをプレイ可能。「ワールドツアー」はソロプレイ向けのモードで、後で詳しく触れる。

最後の「バトルハブ」こそ、「将棋センター」や「碁会所」のような機能を担っているモードだ。

「バトルハブ」は、今風にいえばゲームセンターをメタバース化したものといえる。ゲームセンターがオンラインの3D空間として作られており、プレイヤーは自分のアバターを使ってその中を自由に移動可能。

また、ゲームセンターなのでもちろんゲーム機が存在しており、「バトルハブ」内の他プレイヤーと『ストリートファイター6』で対戦できる。いや、『ストリートファイター6』だけではない。なんと、『ファイナルファイト』などのカプコンアーケードゲームもプレイ可能。

さらに、大会などのイベントも行われる。「見た目だけ3DCGで再現しました」という代物では決してない。名実ともにゲームセンターが完全再現されているのだ。

ゲーム内で完全再現されたバーチャルゲームセンターで『ストリートファイター6』の対戦を行う……。このことに価値を感じない人もいるだろう。何を隠そう、筆者がそんな一人だった。

というのも、3D空間内をわざわざ移動して筐体に座って対戦するより、メニューから対戦待ち受けを選ぶ方が手間なく快適にプレイできる。そもそもコミュニケーションがしたいのではなく、対戦がしたいだけだ。だから、「バトルハブ」に価値があるとは思えなかった。

しかし、筆者が間違っていた……! いや間違っているも何も、価値観は人それぞれなので、「バトルハブ」に価値を感じない人がいたとしてもまったく問題ない。ただ筆者は、「バトルハブ」をプレイして感動し、「自分が間違っていた」と感じてしまったのだ。

感動は、「バトルハブ」が「居場所」だと気づいた時に起きた。

メニューから起動する対戦待ち受けというのは、まさしく対戦をするための機能であり、手段でしかない。手段なので目的は別に存在しており、当然、目的達成のためには手間がない方がいい。ではその目的は何かといえば、対戦すること……もっと具体的に言えば、勝つこと。

ただ、目的が「勝つこと」だと、どうしても勝ち負けにフォーカスしてしまう。この結果、必要以上に勝敗を気にすることになる。

一方、「居場所」というのはそれ自体が目的だ。ゲームセンターに行くと友だちがいて、友だちとしゃべったり対戦プレイしたり……一緒の空気を楽しむ。

もちろん、対戦に勝てばうれしいし、負ければ悔しいだろう。だが、必要以上に勝敗を気にすることはない。友だちと一緒に、その居場所にいること自体が楽しいからだ。

筆者は友だちと一緒に「バトルハブ」を訪れ、こうした感覚を体験した。本作の「バトルハブ」は、ゲームセンターをまるごとゲーム内に再現するという超力技によって、「居場所としての空気感」を感じさせてくれるのだ。

ちなみに筆者はコミュ障なので、高校生になったころは友だちがほとんどいなかった。学校に通っていて友だちがいないという状態から、「ここに自分の居場所はないのではないか?」と感じていたものだ。当時、そんな筆者を救ってくれたのが『ストリートファイターII』だった。

複雑な連続技が当たり前に使われる現在からすると想像もつかないかもしれないが、『ストリートファイターII』リリース当時は「昇竜拳が出せるだけでスゴい」という時代。そんな中で筆者は、昇竜拳を身に付けていた。このため、「昇竜拳のコツ教えて」といったやりとりをきっかけに、友だちができていったのだ。

こうしたエピソードは、筆者に限った話ではないのではないかと思う。たとえば、元祖プロゲーマーである梅原大吾氏を描いたコミック「ウメハラ FIGHTING GAMERS!」などでも、「ゲームセンターでの対戦を通じて人間関係が構築されていく」といったエピソードが描かれている。あの時代、対戦格闘ゲームに……ゲームセンターに「居場所」を感じていた人は、少なくないのではないだろうか。

「俺より強い奴に会いに行く」のはどうしてか? 「対戦したいから」というのも理由だろうが、そこが「居場所」だからという理由もあるだろう。

そして本作では、その「居場所」がゲームの中に作られている。だから、会いに行く必要はない。俺より強い奴と共に生きる世界が、そこにあるのだ。

オープンワールドで楽しむストリートファイターワールド! 「ワールドツアー」

対戦格闘ゲームのみならず、その外側に存在する「コミュニティ」的機能までゲーム内に作り上げた『ストリートファイター6』。もうこの時点で十分過ぎるほどのスゴさなのだが、まだ終わらない。3つのモードのひとつ、「ワールドツアー」が残されている。

「ワールドツアー」は、ソロプレイ向けのゲームモードで、主人公はプレイヤーのアバター。「本当の強さとは何か」を求めて、さまざまなキャラクターと対戦し、アバターを育成していく……というRPG的なモードとなっている。

ゲームの流れは「龍が如く」などのオープンワールドアドベンチャーに近い。NPCとの会話イベントでミッションを授かり、その達成を目指すことでゲームが進んでいく。マップ内にはプレイヤーを襲う敵NPCも存在し、敵NPCからの攻撃を受けるとバトルシーンへ。

バトルシーンは、基本的にメインの対戦格闘を踏襲しているが、敵も味方も複数体登場するという点が異なっている。敵を全滅させれば勝利となり、経験値やゲーム内マネー、アイテムなどが手に入るというかたちだ。

最初の舞台である「メトロシティ」は「ストリートファイター」シリーズの舞台である前にベルトスクロールアクション『ファイナルファイト』の舞台。なので、シリーズのキャラクター以外に『ファイナルファイト』のキャラクターも登場し、物語に絡んでくる。ダムドが出た時には思わず「ダムドじゃん!」と喜びの声を上げてしまった。

本作のCMでも描かれている通り、「ワールドツアー」では、スピニングバードキックなどの必殺技を使って移動したり、看板などの街のオブジェクトを破壊したりといったことが可能。荒唐無稽な世界観が、オープンワールドによってリアルに描かれているのがおもしろい。

また、敵にほぼ必ず勝てるというのも魅力だろう。

対人対戦の場合、対戦相手との実力差がまったくない状態で勝率50%。つまり、ちょうどいい実力の対戦相手と戦った場合、2回に1回は負けることになる。もし相手が自分より強ければ、そこから勝率が下がり、負ける数は増えていく。

繰り返しになるが、実力によって勝敗が決まるというのは、競技としては健全だ。しかし、ゲームには娯楽という側面もある。「ちょっと仕事で疲れたから、気分転換にゲームをプレイしたい」という時、誰が負けたいと思うだろう?

こうした欲求に応えてくれるのが「ワールドツアー」。敵がNPCなので、レベルさえ十分上がっていればまず負けることはない。加えて、爽快な勝利を重ねながら少しずつ『ストリートファイター6』の操作や戦術を学習できるという点も魅力といえるだろう。

だが、筆者は「ワールドツアー」にもう一つの魅力を感じている。

(画像は『ストリートファイター30th アニバーサリーコレクション』収録の『ストリートファイターII』)

それは「90年代」という時代の空気だ。

『ストリートファイターII』がアーケード向けにリリースされたのは1991年。そこから対戦格闘ゲームのブームが始まったわけだが、ブームはなにもゲームセンターだけで起きていたわけではない。1992年に家庭用であるスーパーファミコン向けに移植版がリリースされたことも、ブームに大きな影響を与えている。

前述の通り『ストリートファイターII』リリース直後は、まだまだ昇竜拳が出せないという人が多かった。しかしゲームセンターで練習しようにも、落ち着いて練習することはできない。

当時はまだゲームセンターに対戦台というものが普及していなかったため、「見ず知らずの相手に乱入されてしまう」ということは少なかった。ただ人気のためなかなかプレイできなかったし、プレイできたとしても同じ技をひたすら練習できるトレーニングモードがあるわけではない。

コンピューター相手の実戦、かつ負ければプレイ料金を消費してしまう……という状況は、練習に向いているとは言えないだろう。懐に余裕のある社会人ならまだしも、お小遣いに制限のある学生にとっては、たかが100円、されど100円なのだ。

そんな状況を救ってくれたのが、家庭用『ストリートファイターII』。プレイ料金を気にせず、家で思いっきり昇竜拳の練習ができる。まさに、救いの神だった。

(画像は『ストリートファイター30th アニバーサリーコレクション』収録の『ストリートファイターII´』)

とはいえ、家庭用機で練習したからゲームセンターで勝てるようになるか……というと、そんなに簡単な話でもない。そもそもスーパーファミコンで『ストリートファイターII』がリリースされるころ、ゲームセンターは次バージョンの『ストリートファイターII´(ダッシュ)』一色。

『ストリートファイターII』と『ストリートファイターII´』は基本的なルールが共通しているものの、4人の新キャラクター追加が行われている上、既存キャラクターのバランスも調整されている。つまり、『ストリートファイターII』の練習がそのままゲームセンターで通じるわけではない。

また家庭用で練習したプレイヤーたちがゲームセンターデビューをするころには、ゲームセンターの猛者たちがさらなる経験を積み重ねていた。家庭用での対戦で友だちに勝つのとは、わけが違う。ゲームセンターで対戦に勝つのは容易ではなかったのだ。

(画像は『ストリートファイター30th アニバーサリーコレクション』収録の『ストリートファイターII´』)

ではゲームセンターで負けたプレイヤーたちはどうしていたのか? ……もちろん、プレイヤーによって違うだろうが、筆者の周りでは筆者も含めて家庭用機でRPGをプレイする人たちが多かった。

当時、ゲームセンターの華は対戦格闘ゲームだったかもしれないが、家庭用ゲームの華といえばRPGだったのだ。実際、スーパーファミコン版『ストリートファイターII』が発売された1992年には、『ヘラクレスの栄光III 神々の沈黙』、『真・女神転生』、『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』、『ファイナルファンタジーV』、『ウィザードリィV 災渦の中心』……と、現在でもシリーズとして名を残す名作RPGが次々リリースされている。

「やっぱりゲームセンターで上手い人相手には勝てないぜ……」と敗北の苦みを噛みしめつつ、家庭用のRPGでは世界を救う勝利を味わっていたというわけだ。

RPG形式のソロ―モードである「ワールドツアー」をプレイして、筆者はそんな90年代の自分を思い出してしまった。友だちと一緒に対戦格闘ゲームを、ゲームセンターを、家庭用のRPGを……ゲームという「居場所」を最大限楽しんでいた時代だ。

そう、本作『ストリートファイター6』にはそんな時代が丸ごと詰まっている! スゴい。これがスゴくなかったら世の中にスゴいゲームなんて存在しないだろうってくらい、スゴい!

言葉で褒めることはいくらでもできるので、最後にひとつ本作にまつわるエピソードを書いて締めよう。

筆者は自腹で自分用『ストリートファイター6』を買ったが、その上で、当時の友だちにプレゼントしてでも対戦してもらおうと思い、「『ストリートファイター6』でたぜ!」とメッセージを送った。友だちは今でもゲームをプレイするものの、対戦格闘ゲームからは離れている。もしかすると本作に興味がないかもしれないので、出費させるくらいなら筆者が購入して対戦につきあってもらおうと思ったのだ。

するとメッセージの返信には、「本作とアーケードスティックをセットで買った」と書かれていた。なんとありがたいことか!

実際には筆者が出費することはなかったわけだが、友達とプレイするためなら出費してもいいと思っていた。つまり本作はそれくらい、人にプレイして欲しい一作であるということだ。対戦格闘ゲームに興味があるなら、是非一度プレイしてみてほしい。

そして俺より強い奴として、いつか俺と対戦しよう!

文/田中一広

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