山の上のパン屋が新しいタイプのコンビニ「わざマート」をオープンした理由。「コンビニでも、より身体にいい品」を提案 長野県東御市
地方にいると、コンビニはインフラだ。コンビニが変われば、人の生活も変わるのではないかとさえ思う。長野県東御市に今年「わざマート(wazamart)」という新しいタイプのコンビニエンスストアがオープンした。
街でよく見かけるコンビニとは置いてある品が違う。食品、加工品、飲料、化粧品と豊富にそろっているが、無添加品やオーガニックな品が多く、ほかでは見かけないブランドやメーカーのものばかり。ポテトチップスもインスタントラーメンも独自の食品選定基準を設け、より体にやさしいものを選んでいる。それもそのはず。わざマートは、同じ東御市にある「パンと日用品の店 わざわざ」が始めたコンビニで、わざわざではやはり店の基準で選んだこだわりの品を扱っている。なぜいま新たにコンビニを?また隣に併設された「よき生活研究所」とは?早速、わざマートを見に行ってきた。
わざわざの平田はる香さん(写真撮影/新井友樹)
長野県東御市に新タイプのコンビニ「わざマート」がオープン
北陸新幹線の佐久平駅から車で約20分。県道166号沿いに、「wazamart・よき生活研究所」の看板が出ている。
(C)若菜紘之
右には「wazamart 食べもの・飲みもの・使うもの」の文字。左が「よき生活研究所」の入り口(C)若菜紘之
中へ入ると白を基調にした商品ラックに、食品や日用品が並んでいる。
入口脇には、「わざわざ」の焼きたてパン。ハーゲンダッツのアイスなどメジャーな商品も置いてあるけれど、「植物性素材でつくったベジタブルハヤシ」、「海辺で育った果実たち」というみかんの缶詰など、あまり見かけない品々が並んでいて面白い。近々オリジナルのお弁当や、近隣で採れた野菜も販売する予定だという。
飲料には有機レモン果汁使用の「レモンサイダー」や長野産のりんごジュース、アルコールには「軽井沢エール」などが並ぶ(写真撮影/新井友樹)
(写真撮影/新井友樹)
「わざマート」の店内(写真撮影/新井友樹)
もともと「パンと日用品の店 わざわざ」は、東御市の御牧原(みまきはら)の山の上にあり、薪窯で焼いたパンと選び抜かれた生活用品を売る店。「ここまでわざわざ来てくださってありがとう」の意を込めて、「わざわざ」という名になった。
わざわざの「商品選定基準」は明文化されていて、「長く使えるもの」「飽きのこないもの」「暮らしに寄り添うもの」「きちんと作られたもの」「環境に配慮したもの」の5項目。「食品選定基準」には、「安心で安全なもの」「無理のない価格帯」「生産者と良好な関係性」「きちんと作られたもの」「環境に配慮したもの」とある。
それらの基準に照らしながら、自社で試して合格ラインに達したモノだけを置いてきた。
平田はる香さんが一人で始めたお店だったが、次第に県外からもお客さんが訪れる人気店になり、現在スタッフを30人以上を抱えるまでになっている。
「わざマート」では、薪窯で焼いた「わざわざ」のパンも購入できる(写真撮影/新井友樹)
なぜ、コンビニを?「美味しいから食べ続けていたら健康に」が理想
平田さんに、「わざマート」を始めた理由を伺うと、「わざわざ」の初期のころの体験を話してくれた。
「わざわざをオープンしたのは2009年。まだ一人でやっていた時ですが、はじめは天然酵母や国産小麦といった言葉を看板やブログに出してPRしていたんです。すると自然派志向のお客さんが集まってくださって、それはとても嬉しいことだったんですが、次第にそういうお客さんだけが集まるお店になっていったんですね。その時に思ったんです。私がやりたいお店はこうじゃないなって。
長靴を履いた人も、ハイヒールの人も、軽トラックのおじさんもベンツの人も訪れる。そんな間口の広いお店にしたくて、自然派といった言葉を看板から外しました」
厳選した材料、添加物を入れないなどの方針は変えなかったが、シンプルに「このお店を好き」とか「美味しい」といった理由で通ってもらえる店にしたいと思った。
美味しい、デザインも素敵、それでいて健康や環境にも配慮されている。そんな品を集めた「パンと日用品の店 わざわざ」はお客さんの信頼を得て人気の店になっていく。
その「誰でも気軽に来られる店を」という思いが行き着いた先が、コンビニタイプの「わざマート」だった。
「もっとお客さんがアクセスしやすい場所で、利便性を追求して、簡易化されたしくみで……と考えていったら、人が一番よく行くのってコンビニだなと気付いて。どんなコンビニがいいかなと思ったら、置いてある品が美味しい、がやっぱり一番。それで通っていたら結果的に健康になったとか、環境に配慮された生活に変わったというふうになるといいなと思っています」
「わざマート」は2023年1月にプレオープン、4月にグランドオープンしたばかりだ。
(写真撮影/新井友樹)
「10年間に30店舗」が目標
これまで「わざわざ」に訪れるのは県内と県外からの人が大まかに半々だった。わざマートではより近距離、半径15キロほどからの客層を見込んでいる。お弁当や野菜を近々置く予定で、そうなれば近隣のお客さんも増えるだろう。
ただし、コンビニである以上、一店舗の出店だけでは終わらないと平田さんはいう。
「これまでのわざわざとは違って、いかに細かく日常的に何度も買ってもらえるかが大事です。お客さんの生活サイクルに密着していかないと利益が出ない。一店舗では採算がとれないのがコンビニなんだと改めて痛感しました。
長野のこの辺りは人口が少ないので、供給量と、消費量が一店舗では見合わない。そこで多店舗展開にして、倉庫を中心に物流網を組んで供給するしくみにしようと考えています」
倉庫兼セントラルキッチンでお弁当をつくり、商品も一緒に運搬する。そんな物流のしくみを構築し、近隣の軽井沢、御代田、佐久平、上田、小諸……などへも出店して、その物流網の中で配布する。
「10年間に30店舗。あくまでも数値目標ですが、それに近いペースで出店していきたいと思っています。軽井沢や御代田は、移住者も増えていますし、よりニーズがあるんじゃないかなと」
一つの物流の輪がうまくまわるようになれば、この輪を長野市、松本市、安曇野市……と長野県内に増やしていくことができるかもしれない。
東京などの都心で一つのエリアに集中出店するビジネスモデルを応用し、地方発でトライしようとしている。
(写真撮影/新井友樹)
「わざわざ」から「わざマート」に至るまで根底に流れる思想
わざわざが支持される理由の一つに、掲げるミッション「人々が健康であるために必要であるモノ・コトを提供する」があるのではないかと思う。それを具体化する一つのスローガンが「よき生活者になる」だ。
平田さんのnoteの「生活論」の頭には、以下のようなことが書かれていて、心から共感した。
「生活は修行に近く大変なものであるけれども、それをきちんとやり遂げることができると、よき生活者となり、それが礎となり健康や仕事が成り立っていくのではないかということです」
だからといって、わざわざのいう「よき生活」とは「丁寧な暮らし」に代表されるライフスタイルや、100%オーガニックな暮らしのことを言っているわけではない。
人が心身健やかであるためには、きちんと生活することが大切。でも仕事を優先するためにコンビニで食品を購入する人もいて当然。だから「よき生活」とは、人それぞれのもの、と提示する。
わざわざのホームページには、以下のように記される。
「それぞれの価値観を認め合い、自分軸をつくって、自分自身の体と心の声に耳を傾けて生活してみる……そうやって一つずつ自分の生活をつくっていく人を、わざわざは『よき生活者』と呼びます」
(写真撮影/新井友樹)
「よき生活研究所」とは?
そうした「よき生活者」になるための体験施設として、わざマートの隣に、この4月からオープンしたのが「よき生活研究所」だ。
コンビニ「わざマート」と「よき生活研究所」が入る建物は「わざわざ」の倉庫だった。今も一部はオフィスとして使われている(C)若菜紘之
(C)若菜紘之
入るとまず、コインランドリーが置いてある広いスペース。左手奥には自由に利用できるキッチン。そのさらに奥には大きな窓があり、カーペットを敷き詰めたリビングのような居心地のいいワーキングスペースが広がる。
時間制で滞在でき、仕事をしたりゆっくりお茶をしてくつろいだりできると同時に、この場に置いてある器や掃除道具、洗剤などは自由に使って、試してみることができる。
これまでにも家具などのショールームはあったが、生活道具を試用できるとは他では聞いたことがない。日本初の試みかもしれない。思い出したのは、かつて雑誌『暮しの手帖』の編集部で行われていたという商品テストだ。異なるメーカーのトースター、運動靴、電気釜など、あらゆる商品の使用テストを行い、結果を誌面で公表していた。
よき生活研究所で試してみるのは、消費者自身だ。
「たとえば洗濯物をもってきて、コインランドリーにかけている間、ここでゆっくり仕事していただいて。お腹が空いたら隣のわざマートでお弁当買ってきて食べていただいてもいいですし、ドリンクや簡単な軽食は用意しています。一日ゆっくり過ごしていただける場です」
「よき生活研究所」の中。時間制で滞在できる(C)若菜紘之
リビングのように居心地がいい(C)若菜紘之
壁一面に道具が展示されている。経年劣化の様子を示す品も(撮影/筆者)
なぜ、そこまでするのですか?
「パンと日用品の店 わざわざ」「問tou」「わざマート」「よき生活研究所」と、ここ数年でオープンしてきた。
どんどん活動を広げるわざわざと、それを率いる平田さん。その行動の裏には、どんな思いが隠されているのだろう。細やかな仕事ぶりから察するに、平田さんはとても繊細な人で、でも行動はきわめて大胆だ。
「やはり、使命感があるのかもしれません」
長野へ移住してきた時、欲しくても近くになかったもの、「あったらいいな」と思うものをつくってきた。
「ある一定のクオリティの店、例えばちゃんと美味しいコーヒーが飲めて、本が置いてあって、いつもきれいで、居心地もよくて。そういう場所が田舎には圧倒的に足りないと思っていて。それでつくったのが問touです。まちの喫茶店はあるけれど、自分がアノニマス(匿名)でいられるカフェはなかったので」
家でもない、仕事場でもない第三の居場所が少ない。入るのにしゃんと背筋が伸びるような、静かな緊張感と刺激を得られる場所。問touではそれが実現されている。
「そういう場所が増えれば、都会の人も居場所を見つけられて、田舎に住みたくなるんじゃないかな。この地に、一人でも移住者が増えればいいなと思うんです」
(写真撮影/新井友樹)
平田さんのこれまでの道のりをまとめた本『山の上のパン屋に人が集まるわけ』(ライツ社 刊)が、4月末、よき生活研究所のオープンと同時に出版された。「なぜそこまでするのか?」への答えは、この本を読むとよくわかるかもしれない。
私が感じたのは、平田さんは意外にとても普通の人なのだということだ。自分の選んだ道に悩んだり迷ったり、社会の常識に違和感を感じたり。誰しもに共感できる部分があるのではないかと思う。でもその後、彼女ほど自身の気持ちに真っ直ぐに行動できる人はそう多くない。
だから普通の人である平田さんが、果敢に勇気を出して田舎で挑戦する姿に打たれる。その誠実さを応援したくなるのかもしれない。
「よい未来を描いて、そこに近づけようと努力をする」。
この春にできた「わざマート」と「よき生活研究所」は、そんな綺麗ごとを実現するための大きな一歩に見える。
●取材協力
株式会社わざわざ
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