大注目の青春小説『成瀬は天下を取りにいく』 主人公の人気に作者は「意外です」
今、旋風を巻き起こしている青春小説がある。
舞台は滋賀県大津市。「かつてなく最高の主人公」成瀬あかりは妙にスケールの大きなことを言う女の子だ。
閉店のカウントダウンが進む地域のシンボル・西武大津店に幼馴染みの島崎あかりとともに通い続け、西武ライオンズのユニフォームを着てテレビ中継に映る。そして西武大津店の閉店を見届けると「将来、わたしが大津にデパートを建てる」と宣言する。
『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社刊)をすでに読んだのであれば、成瀬のキャラクターに心を鷲掴みにされているはずだ。そして、魅力的すぎる主人公と、そんな主人公に振り回されながらも、自分の青春を謳歌する登場人物たちの姿を通して、自分の青春時代を思い出すかもしれない。
著者の宮島未奈さんは大津市在住。女による女のためのR-18文学賞(以下、R-18文学賞)を受賞し、本作でデビューした。今回はそんな宮島さんに、2023年上半期を代表する一冊となった本作についてお話をうかがった。
(インタビュー・記事/金井元貴)
■主人公・成瀬あかりは「ここまで人気が出るのが意外だった」
――本作では滋賀県大津市のいろいろな場所がふんだんに使われています。小説を書き始めるときから大津を舞台にしようと決めていたのですか?
宮島:いえ、最初から大津を舞台にしようと思っていたわけではないんです。もともとは女の子2人が夕方のテレビ中継に映りに行く話を書こうというところから始まっていて、じゃあどこからの中継にしようかと考えたときに、今私が住んでいる大津の中から西武大津店が浮かんだという流れですね。
――となると、大津という場所よりもキャラクターが先にあったわけですか?
宮島:そういうわけでもなく、その時点では成瀬あかりというキャラクターは決まっていませんでした。あったのは、女の子2人の話にしようということだけですね。成瀬のキャラクターは書きながら考えていきました。
――「ありがとう西武大津店」を書いたのは、西武大津店が閉店した後になるんですか?
宮島:そうです。2020年8月末に西武大津店が閉店して、この小説を書き始めたのは9月です。閉店してすぐに書き始めて、R-18文学賞の応募の10月末までに間に合わせました。
西武大津店の閉店はかなりホットなトピックだったので、その分、記憶も鮮明に残っていました。小説ではそこをかなり活かせたように思います。
――そして「ありがとう西武大津店」でR-18文学賞を受賞されますが、その時の大津在住のお知り合いやご友人はどんな反応でした?
宮島:喜んでくれました。受賞が滋賀の新聞の地域面にも取り上げられたりしたので、少し話題になったんです。さらにその後、西武大津店の昔の思い出について近所の方からお話を聞いたりして、その存在の大きさを改めて知りました。
――この小説において、やはり主人公の成瀬あかりの存在感は圧倒的で、誰もが目を奪われる、語りたくなるようなキャラクターです。宮島さんにとって、成瀬は思い入れの強いキャラクターになったのではないですか?
宮島:成瀬は主人公なんですけど、実はそこまで強い思い入れはないかもしれません。最初から変わった女の子にしようとは思っていましたが、特別際立った存在ではなく、普通にこの物語の主人公という感覚として書いていたので、ここまで人気が出るというのは私としては意外なんですよね。
もちろん、面白いキャラクターにしようとは思っていました。成瀬がこんなこと言ったら面白いかなということを文章の中に少しずつ入れていったりはしたんですけど、それも意識的にやっていったというより、成瀬だったらこういうときにどう振る舞うだろうかと考えて自然に浮かんできたものを書いていった感じです。
――本書のレビューやコメントを見ると、成瀬のキャラクターを語っている人も多いように見受けられますが、そうなることは特に狙ってはいなかったわけですね。
宮島:そうなんです。だから、皆さんが成瀬のことをこんなに触れてくれるのが不思議で、私としては成瀬以外の登場人物にもぜひ触れてほしいなと思っています。
私としては成瀬以外にも一人ひとり思い入れがあって、それは成瀬に対する思い入れと変わらないくらいのものなので、ぜひ島崎や大貫、西浦、その友人の中橋みたいなちょい役の人にも目を向けてもらえると嬉しいです。
成瀬ばかりが目立っているように見えるかもしれないけれど、成瀬を引き立てているのは、彼女のそばにいる島崎や大貫といったキャラクターたちなので、その意味でも一人ひとり力を込めて書きました。
■作者お気に入りのキャラクターは「大貫かえで」
――宮島さんの中で特にお気に入りのキャラクターは誰ですか?
宮島:みんな好きという前提の上であえてあげるとすると、高校で同じクラスになる大貫かえでですね。大貫がいないとこの物語自体が少し違う方向に進んでしまいそうになるというか、他のキャラクターと違って彼女は成瀬に否定的な見方をするんです。そういう意味では非常に重要なキャラクターですし、性格的に大貫が一番共感できるという女性も多いと思います。
――大貫の視点で書かれた「線がつながる」は、成瀬に対する強い意識とともにスクールカーストの部分も上手く表現されていました。
宮島:多かれ少なかれ、どの学校でもあるものですよね。それは時代が変わってもそうで、学校に通っている以上、避けては通れないものだと思います。そして大半の人がなんとか学校生活を終えて出ていく。その一時のことを書きたいと思ったんです。
――大貫とある意味で逆の位置にいるのが島崎みゆきです。「ありがとう西武大津店」「膳所から来ました」という冒頭2編の語り手であり、成瀬の幼馴染みです。自分でも「わたしは成瀬に熱いのだ」と言っていますが、島崎についてはどんなキャラクターとして書いたのでしょうか。
宮島:島崎は普通の子ですね。この物語を書き始めたときに、成瀬は主人公ではあるのだけど、成瀬の視点で書いても面白くはならないと考えたんです。そして、成瀬の面白さを書きあらわすための視点人物が必要で、それを島崎という普通の子にやってほしいと思ったんですね。その構図が功を奏した形になりました。
――芯のブレない成瀬と、成瀬を理解してフォローする島崎という関係がコミカルで面白かったです。ただ、その関係が逆転してしまうのが最後の「ときめき江州音頭(ごうしゅうおんど)」です。あのときだけ、成瀬がかなり隙を見せるように感じます。
宮島:そうです。この章は成瀬を視点人物に置くかどうかで迷ったんです。最後まで成瀬の本心を見せないほうがいいんじゃないかという話もあったんですけど、あえてそれをやってみたいと思って。
また、もう一つ、編集者との話の中で、成瀬が挫折するような話があるといいねということになったんです。ならば、成瀬にとって何が挫折なのか、何が一番嫌なのかを考えたときに、それは島崎を失うことなんじゃないかと。そこから、最後の「ときめき江州音頭」ができていきました。
――宮島さんは物語の中でいろいろな人の視点を通して成瀬を描いてきたわけですが、改めて成瀬あかりはどんなキャラクターだと思いますか?
宮島:難しいですよね。先ほど言ったように、特別際立った存在ではないと思うし、捉えどころがないキャラクターだなと思っています。でも、読んでいただいた方々のコメントを見ると、成瀬が神格化されているような印象を受けるので、そこは作者としてはやっぱり違和感があります。
どちらかというと成瀬は自分が生んだ子どもという感覚です。外ではすごい子だと言われるけど、母親から見れば普通の子というか。注目を浴びているのを見て親心として何か変な感じがするんです。
もちろん人気が出るのは嬉しいことなんですけど、そこまで人の心をつかむような子だったということは、実際に本が出て分かったことですね。
――勉強もできるし、けん玉もすごい。行動力もある。無敵感のある子だと思います。「レッツゴーミシガン」では成瀬に恋をする男子高校生・西浦が出てきますが、西浦の気持ちは少し分かります。実際にいたら魅力的に見えるんだろうなと。
宮島:そうかもしれないです。男の子視点の話は「レッツゴーミシガン」だけですけど、男の子目線で書いたら成瀬はもっと可愛く見えるのかもしれないですよね。
――西浦はこの作中でも特に成瀬に振り回される人物の一人ですが、成瀬を受け入れていく姿が微笑ましかったです。
宮島:良い感じの男の子ですよね。私も成瀬と西浦はお似合いの二人だと思っています。
(後編は5月24日配信予定)
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