「嫌いなものは嫌いなまま凍結してもいい」津村記久子さんインタビュー(2)
母親とその再婚相手への反発から、家を出た18歳の姉と8歳の妹。世捨て人のように生きてきた若い男。
津村記久子さんの新作『水車小屋のネネ』(毎日新聞出版刊)は、さまざまな事情から水車小屋のある街にたどりついた人々が、地元の人々に支えられ、そして自分にできることで恩返しをしながらその土地に根を張り、少しずつ自分の人生を切り拓いていく物語。劇的な変化もなければ、価値観を揺さぶるような出会いもない。しかし、そこには人間にとって必要な心の交流がある。
この物語がいかにして構想され、書き上げられたのか。津村記久子さんにお話をうかがった。今回はその後編をお届けする。
■少しずつの親切で資源を持たない人々が生きていく話にしたかった
――作中では章ごとに1981年、1991年、2001年、2011年、2021年と10年おきに登場人物たちの暮らしが描かれています。おもしろかったのは章に西暦が書かれているのに、時事的なトピックが作中にあまり出てきません。意図的に避けていたんですか?
津村:1981年に関しては、私自身も3歳だったので記憶がないんですよね。一方で作中では主人公の理佐が18歳で実家から独立した年でもあります。18歳の女性が8歳の子どもと働きながら暮らしている状態で、世の中のことにはかまってられなかっただろうな、というのがあったので時事的な要素はあまり入っていません。ただ、登場人物が年齢を重ねるにつれて少しずつ世の中の動きに影響を受けていくという流れにはなっています。
――1981年とか1991年あたりは携帯電話もなかったですし、インターネットも普及していなかったので、特に都市から離れたところに暮らす人の生活の所感として時事的なニュースが入ることはあまりなかったのかもしれませんね。こういう小説がニュースを扱う夕刊で連載されたというのもユニークだと思いました。
津村:鳥がしゃべっている小説が毎日の夕刊に載っているわけですからね。読んでくれた方はどんな感想を持ったのか(笑)。
――理佐はお母さんの再婚相手への反感もあって、男性への苦手意識があるように感じましたが、それが徐々に変わっていきます。その意味で成長の物語だと言えますが、一方で「再生」の物語でもありますね。
津村:再生したのは聡ですね。何もかもどうでもいいと思っていた彼も、いつしか変わっていきます。
――劇的な変化ではなく、人と人が出会ったことによってじわじわと変わっていくのは希望として読めました。
津村:何かきっかけがあって変わるわけではなくて、毎日の人とのかかわりの中で少しずつ変わっていく、という姿ですね。理佐や律だけでなく、周りにいる大人たちも変わっていきます。誰か一人を救うとか、何かを犠牲にして救うのではなくて、少しずつの親切で資源を持たない人が生きていく話にしたかったんです。
――本筋とは離れますが、作中によく音楽が出てくるのが印象的でした。
津村:私は音楽が好きですし、音楽がわかればその時代のことは何となく実感を持って書けるんです。
――ヨウムのネネがマイケル・スタイプ(R.E.M)の声で歌いだすというのがおもしろかったです。
津村:マイケル・スタイプ自身がどことなく鳥っぽい声といいますか、ヨウムがマネしやすい声なんじゃないかと思って。アンソニー・キーディス(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)の声もたぶんマネしやすいと思います。でもカート・コバーン(NIRVANA)の声はたぶんマネできない(笑)。ネネが誰の声を気に入るかは、鳥の気持ちになって選別しました。
――理佐がレッド・ホット・チリ・ペッパーズを嫌いなのがいいですね。見た目的に男性的なバンドですから、男性に苦手意識を持っている理佐が苦手に思うのはすごくよくわかります。
津村:そうですね。取材に来られる人の中には「レッチリが嫌いな登場人物がいる小説」という覚え方をしている人もいます。1990年前後のレッチリってすごい人気で批判することが許されない雰囲気があったんですけど、それでも嫌いなものは嫌いというのは、独立心の強い理佐のキャラクターと合っているなと私も思います。私は普通に好きですよ。
――理佐については親と折り合いが悪かったわけですが、時間の経過とともに「嫌さ」のレベルが下がってきた印象があります。「許せないこと」と「時間の経過」についてお考えをお聞きしたいです。
津村:嫌なものは嫌でいいと思うし、嫌いな親は嫌いでいいと思います。年齢を重ねることで「あの時、親はこんな気持ちだったのかな」と理解できるようにはなるのですが、だからといって嫌いだったものが好きになるわけではないですし、嫌なまま凍結していてもいいんだってことは気を配って書きました。だから理佐が親と和解するような場面は書いていません。
――小説のアイデアはどんな時に生まれることが多いですか?
津村:どんな時にアイデアを思いつくかわからないので、常に携帯のメモのファイルは開きやすくしています。私の場合は大体の思いつきはろくでもないものですが、そんな思いつきから小説を書くこともあります。
今回の小説も「水車」と「ヨウム」という脈絡のないキーワードから始まったのですが、それでもずっと考え続けていたら何とかお話になりました。
――「ろくでもないアイデア」とはどのようなものなんですか?
津村:最近一番変だったのは人間が大嫌いだけど温泉が好きな宇宙人がいたらどうなるかな、という思いつきです。彼は人間が大嫌いだけどお風呂は大好きだから宇宙でお風呂ビジネスを始める、というどう考えてもバカバカしいやつです。
あとは浮遊霊になりたいおじさんがいたとしたらどうだろう、とかですかね。浮遊霊とか地縛霊とか背後霊とかいろいろあるけど、自分なら浮遊霊がいいな、と。そういう本当にくだらないアイデアから小説ができていったりもします。
――アイデアを小説にする時に、思いつきをブラッシュアップするんですか?
津村:しますよ。その浮遊霊の話を書いていいかと「文學界」の編集者さんに問い合わせたら「いいですよ……」というような反応をもらったので、喫茶店に行って2時間考えてどんな風に小説にするかというアイデアを出していったら、いくつかは使えそうなものがあったので、それを組み合わせて小説にしました。
――最後に読者の方々にメッセージをお願いいたします。
津村:気軽に読める本だと思っています。絵がかわいいので挿絵を見るだけでも手に取っていただいて、友達のように近くに置いていただければうれしいです。
(新刊JP編集部)
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