休日の午後に最高のエッセイ集〜桜木紫乃『妄想radio』

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 休日の昼下がり、小汚い部屋で昭和歌謡を聴きながら、ひとり缶ビールを飲んでいる。なんなら一緒に口ずさんでいる。つまみは柿ピー、読んでいるのは桜木紫乃氏の新刊だ。表紙には、著者のイラスト。親しみやすい美しさをこの上なく的確に描く江口寿史氏のお仕事が素晴らしい。何度もブックカバーを外して見ては「いいねえ」と独り言だ。やばいぞ私。「今日はやることいっぱいあるよね?掃除とか、片付けとか」と自分にツッコみつつ、飲んで、聴いて、歌って、読む。この時間が、ずっと続けばいい……。

 先に後半から読んだ。雑誌「小説幻冬」に連載された「妄想radio」である。昭和のにおいが残る歓楽街の奥にできた小さなカラオケスナック。歌って飲んで二千円ポッキリのこの店を開店したのは、「五十で第二の人生を歩むことを決意した」紫乃ママと、「わけありで新潟から流れ着いた」元歌手のいづみちゃんである。常連客もまだいないこの店で、二人の対話という形式で語られるテーマが、昭和の歌謡曲なのである。

 ジュディ・オングの『魅せられて』、和田アキ子の『笑って許して』、郷ひろみの『2億4千万の瞳』、石川さゆりの『天城越え』……。本人の歌唱もモノマネも素人の歌唱も、子どもの頃から何度も聞いたことがある曲を、いづみちゃんが歌う。いろいろあったらしい二人の人生が、歌詞に重なる。ふと気がつくと、私もその会話に相槌を打ちつつ、「深いわ」と呟いたりしながらいろんなことを思い出している。

 実は、スナックというところには、一度も行ったことがない。自分の人生に必要な場所と思ったことはなかったが、こんなママのいる店があるなら、通ってしまいそうだ。いづみちゃんの歌う久保田早紀とジュリーが聴きたい。

 前半は、新聞などに掲載されたエッセイである。絶妙なユーモアに笑わされつつも、背筋がスッと伸びる。最も印象に残ったのは、元気や勇気を「もらう」という表現について書かれた章だ。よく使われている悪意のない言葉だと思うが、「ちょっと待て」と著者は書く。「『元気と勇気』は自分の内側から湧いてなんぼの無形燃料」という言葉にハッとした。  悲しみや苦しみを内側に抱えながら、まっすぐに立とうとする桜木氏の小説の主人公たちの姿を思い出す。彼女たちの姿に元気をもらったと、私は無責任に言っていなかったか?もらっただけで満足してなかったか?

 自分の内側にある力を思い出そう。その勇気をちゃんと燃やして、どんどん生産しよう。そんな前向きな気持ちと軽い酔いが混ざり合う、いい午後であった。

(高頭佐和子)

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