この情熱的な塊は、なぜ存在するのか。『新章パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり』小嶋 まり
プリシラ・ピザートが監督を務める「新章パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり」が8月19日(金)から公開となる。世界的なパンデミックの中、バレエの殿堂、パリ・オペラ座ももれなく閉鎖され、所属するダンサーたちはバレエから切り離された生活を余儀なくされる。約3ヶ月間の自宅待機ののち、2020年6月15日に稽古が再開され、ルドルフ・ヌレエフの大作「ラ・バヤデール」の年末公開に向けダンサーたちが奮闘する姿が収められている。
パリ・オペラ座の舞台裏。3か月ぶりにレッスンに復帰したダンサーたちの笑い声が響き始める。所属するダンサーたちの引退年齢は42歳。心技体ともにベストな状態で活動できる時間は短い。「1日休めば自分が気づき、2日休めば教師が気づく。3日休めば観客が気づく」と語られるバレエの世界。そんな厳しい現実のなか、3ヶ月間練習から離れなければならなかったパンデミックはダンサーたちにとって大きな打撃であった。しかし、各々が鈍ってしまった身体、そして激的な環境の変化を受け入れながら、再び内に秘めた神気を表現できる喜びが画面に滲み出る。レッスン映像ではダンサーたちが涙したり、苦悩で崩れ落ちるような激情的なシーンは挟まれない。ただ淡々と心身と向き合い、肉体的な痛みに耐えながら身体の限界を底上げしていく。痛みは成長に繋がると知っているかのように冷静沈着なのだ。
特訓の最中、そつなく華麗に動作をこなしているように見えるダンサーたちから聞こえる呼吸に生が感じられる。群舞のダンサーたちは、皆で呼吸を合わせきめ細かに動きを揃える。一つ一つの表情が汗ばむ。優雅に作り上げられたバレエという演劇は、生身の体にうごめくエネルギーの集合体だと改めて気付かされる。この情熱的な塊は、なぜ存在するのか。シンプルな答えが、ダンサーの言葉の中にあった。「踊れないのはアイデンティティーを失うことだ」。ダンサーたちから発散される溢れんばかりのアドレナリンと感情は、観客へ伝えるものとしてさらに洗練され育まれる。
入念なリハーサルが進むなか、開幕目前にしてコロナ感染拡大により無観客配信となってしまう。そのため、本番当日は完全なる静けさに包まれたステージとなる。ダンサーたちが今までに経験したことのない異様な雰囲気に包まれる舞台。今までのように会場を埋め尽くす観客たちの共鳴がない公演にダンサーたちは戸惑いながらも、配信を通して観覧する人々に向け、いままで築き上げてきた全てを余すことなく発揮する。前例のない公演の最後には、新たなエトワールが発表される。関係者たちから待ち構えていたような盛大な拍手が沸き起こり興奮と祝福に包まれるシーンは、ようやく闇から抜け出したような希望溢れる瞬間であり、視聴していた世界中の観客との絆が再び結び付けられた瞬間だった。
2021年6月、パリ・オペラ座による初演「ロミオとジュリエット」がオペラ・バスティーユで開催された。未だ続くコロナ禍による規制はあるだろうが、パンデミック以前のように会場は観客で賑わっていた。「スタジオでレッスンをするのは、作品を創り上げて観客に見てもらうため」と語っていたダンサーたちが切望していた光景が広がる。それは、ひたむきに静かに耐えしのぎ、前進した結果なのだ。公演が幕を終えると、パク・セウンがオペラ座史上初となる韓国出身のエトワールとして選出される。人種、国境を超えゆく新たな時代の始まりが刻まれる。
逆境を乗り越えながらも観客と繋がる儚い瞬間に情熱を注ぐ団員たちの姿、そしてパンデミック以降、着実な足取りで新たな歴史を刻んでいくパリ・オペラ座の貴重な瞬間が記録された作品となっている。
小嶋 まり / Mari Kojima(https://www.instagram.com/bubbacosima/)
『新章パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり』
8月19日(金)、Bunkamuraル・シネマ他全国順次
出演:パリ・オペラ座バレエ
アマンディーヌ・アルビッソン、レオノール・ボラック、ヴァランティーヌ・コラサント、ドロテ・ジルベール、リュドミラ・パリエロ、パク・セウン、マチュー・ガニオ、マチアス・エイマン、ジェルマン・ルーヴェ、ユーゴ・マルシャン、ポール・マルク
アレクサンダー・ネーフ(パリ・オペラ座総裁)、オレリー・デュポン(バレエ団芸術監督)
監督:プリシラ・ピザート
2021年/フランス/カラー/ビスタ/ステレオ/73分/原題:Une saison (très) particulière/字幕翻訳:古田由紀子
© Ex Nihilo – Opéra national de Paris – Fondation Rudolf Noureev – 2021
提供:dbi.inc. EX NIHILO 配給:ギャガ
公式HP: gaga.ne.jp/parisopera_unusual Twitter: @new_parisopera
STORY
世界的パンデミック禍、パリ・オペラ座も例外なく閉鎖。ダンサーたちは、1日6~10時間踊っていた日常から突如切り離され、過酷な試練と向き合っていた。2020年6月15日、3か月の自宅待機を経てクラスレッスンが再開。かつてない状況下、 最高位のエトワールたちは、“オペラ座の宝”といわれる演目、ヌレエフ振付の超大作「ラ・バヤデール」の年末公演に向け稽古を重ねていく。しかし、再びの感染拡大に伴い、開幕目前に無観客配信となり、初日が千秋楽となる幻の公演となってしまう。心技体が揃う絶頂期が短く、42歳でバレエ団との契約が終了となる彼らにとって、それは落胆の決断であったが、そんな激動の中で新エトワールが誕生する―。
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