蒼然たるゴシック小説の展開に、きわめて現代的なヒロイン
作者は1981年、メキシコに生まれ、同国内およびアメリカの各地で育ち、現在は夫とともにカナダ在住。ジャーナリズムを学ぶ一方で、理学修士号も取得している。小説家としては2000年代半ばから活躍をはじめ、2015年に第一長篇を刊行。本書『メキシカン・ゴシック』は2020年に発表され、英国幻想文学大賞、ローカス賞、オーロラ賞を受賞した。
物語のフォーマットは典型的なゴシック小説である。メキシコ廃鉱山の頂にそびえる古い屋敷、閉ざされた環境で暮らす因習的なドイル一家、血筋に伝わるおぞましい秘密、この家に外部から嫁いだ娘カタリーナ……。
それに対し、主人公のノエミ(カタリーナの従姉妹にあたる)は進歩的な常識を備えた活動的な女子学生だ。物語の時代設定は1950年代だが、彼女の考えかたはきわめて現代的である。カタリーナは『嵐が丘』や『ジェーン・エア』を愛読し、ロマンチックなものに憧れるタイプだが、ノエミはダンスに興じたり、コンヴァーチブルを乗りまわすほうを好んでいる。
カタリーナから届いた手紙には、「この家にはなにかが腐ったみたいな嫌なにおいだらけだし、もう吐きそうだわ。ここには悪という悪が、残酷な心が満ちている。正気を保とう、邪悪なものを遠ざけようと、がんばってきたけど、もう限界なの」とあった。ノエミは事情を確かめるため、ドイル家へと赴く。
ドイル家の人間はおおむね慇懃だが、そのふるまいは人種差別・女性差別が甚だしい。例外はフランシスという青年(カタリーナの夫ヴァージルの従甥にあたる)だが、彼とて一家の封建的な空気に取りこまれてしまっている。
ノエミにとってはまったくのアウェイだが、彼女は臆さない。ドイル家の宿弊に加え、じわじわと怪異が彼女を囲繞し、身体的には追いつめられていくのだが、精神は挫けることがなく健全を保ちつづける。かすかな兆候からはじまり、夢のなかでの不吉なできごと、現実と幻覚とのあわい、そしてスーパーナチュラルな領域へと恐怖が尻上がりになる展開に、ノエミはあくまで現代の理路によって逆らうのだ。伝統的なゴシックのテキストに、現代のテキストが貫入する展開が面白い。
(牧眞司)
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