楽しい謎解き短編集〜笛吹太郎『コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎』
”ある集団のメンバーたちがあれこれ推理を披露するものの、最終的には(往々にしていちばん目立たない、あるいはその集団からは少し距離のあるポジションにいる)ひとりの人物がすべての謎を解いてしまう”というシチュエーションに心ひかれる。我ながら限定的すぎだろという気はしつつ、同意見の読者も多いはずだ。同じ設定のミステリーの名作をすぐに複数あげられることが、その証明となっているのではないだろうか。まずはなんといっても、『黒後家蜘蛛の会』(アイザック・アシモフ/創元推理文庫)である。〈黒後家蜘蛛の会〉は、弁護士や暗号専門家などの6人がレギュラーメンバー。月1回の晩餐会の折に提供される謎について、ああでもないこうでもないと推理を披露し合うのだが、解決するのは常に給仕のヘンリー。他には、ミス・マープルが雑誌連載で初めて世に出た『火曜クラブ』(早川書房クリスティー文庫。創元推理文庫版は『ミス・マープルと13の謎』)なども。”最終的には(目立たない、あるいは少し距離のあるポジションにいる)ひとりの人物がすべての謎を解いてしまう”ということでいえば、P・G・ウッドハウスが生んだ愛すべき執事ジーヴスにも共通点があるといえよう。
そして、このたびこの系譜に連なる快作が登場した。『コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎』は、「古書店とカフェの町」と称される東京・荻窪のカフェ〈アンブル〉が舞台。店の奥にある円卓を借り切って月1回出版関係者が集まり、「お茶とケーキを囲んでゆるゆるとミステリの話をするという催し」すなわち《コージーボーイズの集い》が開催される。主要メンバーは、語り手で編集者の夏川ツカサ、小説家の福来晶一、評論家かつ古書店二代目の伊佐山春嶽、同人誌『COZY』主幹の歌村ゆかり(《ボーイズ》の一員だけど、女性)。謎を持ち込むのは、飛び入りで加わるゲストであることが多い。そして最重要人物といえるのが、自身も小説好きである〈アンブル〉の店主・茶畑さんだ。彼はいつも「頭をすっきり剃りあげ、フォーマルなベストを一分の隙もなく着こなし」「常に冷静沈着で、杉のごとく背筋が伸びている」。周囲からは「かつては一流ホテルのホテルマンだった、いや実はさるところの家令で、などとまことしやかにささやかれる謎の人物」「年のころは五十代半ばと思われるが、たしかなことはわからない。下の名前は誰も知らない」などと噂されている。
本書は7つの作品が収められている短編集。いちばん印象に残ったのは、第3話の「コージーボーイズ、あるいはコーギー犬とトリカブトの謎」だった(犬が亡くなる話なのはつらい…。が、個人的に間取り図が付いたミステリーが好きなもので)。ここで俎上に載せられた謎は、カウンターで茶畑さんに話しかけていたご婦人がもたらしたもの。実は彼女、Z大学国文科で教鞭をとるかたわら、『西荻すみっこ日記』などのエッセイで知られる春野すみれ先生だった。曰く、30年近く前に飼っていたコーギー犬・リュウが、毒の入っていたらしいおはぎを食べて死んでしまった。犯人ははっきりとはわからずじまいだったのだが、先生は妹のリカを疑わしいと感じたという。そのため、妹とは疎遠になってしまったのだけれど、自分の誤解であればいいとも思ってきたとのこと。そこでコージーボーイズの出番と相成り、各人さまざまな推理を試みたにもかかわらず、結局真打ちを務めたのはあの人で…。やや苦みを含んだ結末の作品がいくつか含まれている中でも、最もビターな作品かも。ただ、今後への希望は感じられる内容なので、イヤな気持ちだけで終わらずにすむところが救いだ。あと、たいへん気に入っている点は、間取り図が必要以上に詳細なところ。
さて、あとがきの存在も、さらなる読みどころのひとつ。一冊を通してのあとがきの他に、各話のあとに付記がついているのだ(こちらも〈黒後家〉テイスト)。著者の笛吹太郎さんは、「あとがきってやつには目がなくて」という方だそう。本編を書き上げてお疲れのところ、そのうえあとがきまで疎かにしないでくださるなんて、好感を持たずにいられませんよ! 同じくあとがき好きの読者にはご賛同いただけるに違いない。他のミステリー作品(特にコージーミステリー)についても触れられていて、コラムのように楽しめるのもうれしい。殺人を扱った話もあるし、コージーミステリーといえどもほのぼの系とばかりはいえないけれども、登場人物たちのとぼけた味わいが重苦しさを中和してくれる。茶畑さんをはじめ主要メンバーたちみんなキャラ立ちしてるし、1冊で終わったらもったいないと思います。シリーズ化を激しく希望。
(松井ゆかり)
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