1999年デビュー作から2014年発表作までを集める

1999年デビュー作から2014年発表作までを集める

『三体』の爆発的ヒットで世界SFの最前線に躍りでた劉慈欣の短篇集。

 巻頭を飾るのは、デビュー作「鯨歌」。高度な防衛・検疫システムが発達した近未来において、軍用流出の新技術で鯨を操って麻薬密輸をもくろむギャングのアクションSF。『白鯨』的スケール感とスピーディな展開が爽快だ。

 この一篇もそうだが本書に収められている作品は、くっきり際立つアイデア(ハードSFのセンスと確かなロジックに支えられたもの)を中核にしつつ、ドラマチックなシチュエーションを導入して、印象的な物語に仕立てている。現代的な問題を反映している作品もあるが、フォーマットそのものは50年代アメリカSFと変わらず、その点、安心して読める。

「郷村教師」は貧しい子どもの教育に打ちこむ老教師の人生と、高度な宇宙文明がおこなった決断とが重なりあう。ちょっとゼナ・ヘンダースンを思わせる味わい。

「カオスの蝶」は、気象のバタフライ効果を高精度計算によって制御して、国際紛争を止めようとする技術者の物語。ロバート・シェクリイやウィリアム・テンを思わせる皮肉な展開だが、技術的ディテールの描きこみはさすが劉慈欣。

「詩雲」は、人類が呑食帝国なる高度異星文明に支配・隷属している遠未来の宇宙が舞台。呑食帝国を遙かに超える神が降臨し、人類が残した漢詩に興味を持つ。神にとって人間など虫けら以下なのだが、漢詩だけは素晴らしい芸術だ。かくして、この宇宙においてありうる漢詩を網羅する「究極詠詩プロジェクト」がはじまる。どれほどリソースは注ぎこんでもよい。大真面目に書かれた気宇壮大なユーモアSF。

「円円のシャボン玉」は、幼いころからシャボン玉が好きだった天才少女が、史上最大のシャボン玉を実現させる。表面張力をめぐる蘊蓄が面白く、純粋な好奇心に発足した研究が結果的に人類に恩恵をもたらす展開も微笑ましい。ハードSFというより理系小説のお手本のような作品。

 そのほか、すでにアンソロジーで紹介されて好評を博した「地火」(石炭地化ガス化プロジェクトを描く工学SF)、「月の光」(環境問題解決を目的とする歴史改編の試み)、「円」(人力コンピュータで円周率を計算する)を含む十三篇。

(牧眞司)

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