コロナ禍で「居心地が良く歩きたくなる」まちに注目。横浜元町地区を歩いてみた

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コロナ禍で「居心地が良く歩きたくなる」まちに注目。横浜元町地区を歩いてみた

「居心地が良く歩きたくなる」まちなかの実現へ向けて、2021年6月、国土交通省が「グランドレベル(街路、公園、広場、民間空地、沿道建物の低層部など、まちなかにおいて歩行者の目線に入る範囲)」の基本的な考え方や優れた事例を発表しました。

コロナ禍を経て地元で過ごす時間が増え、地域を元気にしようという動きも生まれているなか、「居心地がよく歩きたくなる」まちなかとはどのようなものなのでしょうか。冊子「居心地が良く歩きたくなるグランドレベルデザイン」を作成した国土交通省の椎名大介さん、宮川武広さん、諏訪巧さんと、掲載事例のひとつ横浜元町地区のうち元町通り地区を整備する元町エスエス会の加藤祐一さん、打木豊さんに話を聞きながら、実際にまちなかを歩いてみました。

いま注目される「グランドレベルデザイン」とは?

まず、そもそも「グランドレベル」という言葉にあまり馴染みがない人も多いのではないでしょうか。グランドレベルとは、英語の「1階」、まちなかにおいては街路や公園、広場など、『歩行者の目線に入る範囲』を指します。別の言葉では、人々が感じるまちの雰囲気や魅力、居心地を決定づける場所と言い換えられるでしょう。先のグランドレベルデザインの冊子では、その考え方やポイントを整理し、国土交通省により着目された全国の98事例を紹介しています。

「居心地が良く歩きたくなるグランドレベルデザイン」冊子。グランドレベルデザインの考え方やポイントとあわせて全国の98もの事例が掲載されている。国土交通省のホームページからもダウンロード可能(資料/国土交通省)

「居心地が良く歩きたくなるグランドレベルデザイン」冊子。グランドレベルデザインの考え方やポイントとあわせて全国の98もの事例が掲載されている。国土交通省のホームページからもダウンロード可能(資料/国土交通省)

「紹介している事例は、大きく6事例と92事例に分けられます。各事例は全国のさまざまな取り組みを5つのポイントに着目して整理したものですが、前者の6事例はその5つのポイント全てが満たされるかなり完成度の高い事例です。ある種の理想の形だと考えてもいいかもしれません」(椎名さん)

グランドレベルデザインの要素として「ビジョン」「体制」「空間デザイン」「アクティビティの誘発」「育成・管理」の5つが挙げられ、このポイントから全国の事例を紹介している(資料/国土交通省)

グランドレベルデザインの要素として「ビジョン」「体制」「空間デザイン」「アクティビティの誘発」「育成・管理」の5つが挙げられ、このポイントから全国の事例を紹介している(資料/国土交通省)

98事例という数の多さにも驚きますが、その中でも特に評価された事例がどのようなものなのかが気になります! さらに1つか2つピックアップするとしたら……?と相談して宮川さんから紹介してもらったのが「横浜元町地区」(神奈川県)と「豊田市都心地区」(愛知県)です。

「横浜元町地区の事例は、地元商店の発意によってつくられた街のルールが秀逸です。豊田市都心地区の事例は『使う視点』を大切にして計画をつくり、さらに使う人たちを巻き込んで広場の管理や運営を行っている点に注目しています」(宮川さん)

実際に、横浜の元町通りを歩いてみた!

6事例の中でも特に注目すべきものとして1番目に紹介されている「横浜元町地区」。街づくりを主導してきた打木さんと、組合事務局の加藤さんにまちづくりのポイントを聞いて、実際に歩いてみました!

左から、元町エスエス会の打木豊さん、加藤祐一さん(写真撮影/片山貴博)

左から、元町エスエス会の打木豊さん、加藤祐一さん(写真撮影/片山貴博)

まず、現地に着いて最初に目に入るのがシルバーのモニュメントです。元町のシンボルとなっているフェニックスのオブジェが、元町通りの東西両端で来訪者を歓迎しています。

東西の入り口にはシンボルであるフェニックスのモニュメントがある。数年に一度はメンテナンスのために不在になることもあるそう(写真撮影/片山貴博)

東西の入り口にはシンボルであるフェニックスのモニュメントがある。数年に一度はメンテナンスのために不在になることもあるそう(写真撮影/片山貴博)

通りを少し歩くと、歩道の両脇には座り心地の良さそうな木製の素敵なベンチが! これは待ち合わせやひと休みなど、誰もが利用できるオープンスペースとして設けられた「元町パークレット」と呼ばれるものです。

「もともと多くの買い物客や地元の人から『休憩できる場所が欲しい』という声が多く寄せられていたため、2019年に通り内の3カ所に設置しました。パークレットとは、車道の一部をパブリックな空間として利用することで、サンフランシスコが発祥と言われます。元町通りでは車道内の駐車スペースに縁石を設けて歩道と一体化したつくりにしました。気候の良いときはパラソルを立てたり、夜には照明を活かした雰囲気のある空間にして、訪れる皆さんに憩いの場所として使っていただいているんですよ」(打木さん)

車道側からパークレットの下部分を見ると、もともとは駐車スペースだった石畳の上に白い縁石が乗せられ、さらにその上に花壇やベンチが乗っていることがわかる(写真撮影/片山貴博)

車道側からパークレットの下部分を見ると、もともとは駐車スペースだった石畳の上に白い縁石が乗せられ、さらにその上に花壇やベンチが乗っていることがわかる(写真撮影/片山貴博)

元町通りを訪れる人が休憩できるスペースとして設けられた「元町パークレット」。取材当日も多くの人が座ってまちの風景やおしゃべりを楽しんでいた(写真撮影/片山貴博)

元町通りを訪れる人が休憩できるスペースとして設けられた「元町パークレット」。取材当日も多くの人が座ってまちの風景やおしゃべりを楽しんでいた(写真撮影/片山貴博)

パラソルも立てられる(写真撮影/片山貴博)

パラソルも立てられる(写真撮影/片山貴博)

細部にまで配慮された「歩車共存」のストリート

実際に歩いていると、パークレットで休憩をしたり、なごやかにおしゃべりをしている人たちの姿が頻繁に見られます。ベンチのデザイン自体もオシャレですが、通りの至るところに花やグリーンがあり、優しく歩道やベンチを彩っています。

通りには至るところに花やグリーンの演出が。緑のある景観は歩行者に「居心地が良く歩きたくなる」通りだと感じさせるポイントの一つだろう(写真撮影/片山貴博)

通りには至るところに花やグリーンの演出が。緑のある景観は歩行者に「居心地が良く歩きたくなる」通りだと感じさせるポイントの一つだろう(写真撮影/片山貴博)

しばらく歩きながら見ていると、なんと!それらが植えられているフラワーポット、駐車スペースの精算機、果てにはポストまでが深みのある紺色で統一されていることに気がつきました!

案内板や街灯など通りに設置されるものは「元町ブルー」で統一。ベンチには元町の「M」マークのあしらいが入っているこだわりよう! 果てには駐車スペースの精算機やポストまでこの色(写真撮影/片山貴博)

案内板や街灯など通りに設置されるものは「元町ブルー」で統一。ベンチには元町の「M」マークのあしらいが入っているこだわりよう! 果てには駐車スペースの精算機やポストまでこの色(写真撮影/片山貴博)

「これは『元町ブルー』という色を設定して統一しています。色で街としての一体感を出しているほか、店舗の正面の壁を見ると、すべての店舗の1階が歩道から少し下がって2階が張り出したような形でそろっていることがおわかりいただけるでしょう。2階の下の部分を歩行者の方が通ることで、雨の日でも濡れずに歩いてもらえる構造になっているんですよ」(加藤さん)

通りに並ぶ店舗はすべて1階部分が2階に対して約1.8m下がっているという。横断歩道にもひさしが設けられ、雨の日でも歩きやすい(写真撮影/片山貴博)

通りに並ぶ店舗はすべて1階部分が2階に対して約1.8m下がっているという。横断歩道にもひさしが設けられ、雨の日でも歩きやすい(写真撮影/片山貴博)

確かに、横断歩道の上にまで雨除けが! 打木さんによると、歩く人に優しい配慮を各所に施しているそうです。

「車道には『歩車共存』ができる道路を目指して自動車の通行速度を抑える工夫をちりばめています。風情を演出しながらあえて凹凸のあるピンコロ石を敷き詰めたり、道路は直線にせず、途中に駐車スペースやクランク、ハンプを設けることで車がゆっくり走る道になるよう意識しています。逆に元町の『M』マークの所は歩道との段差が少ないフラットな石畳を使用し、ベビーカーや車いすが通りやすいバリアフリーエリアになっているんですよ」(打木さん)

一定間隔で「M」のマークの入ったフラットな石畳が出現! 道路はあえて一方通行にすることで、交通量を最小限に抑えている(写真撮影/片山貴博)

一定間隔で「M」のマークの入ったフラットな石畳が出現! 道路はあえて一方通行にすることで、交通量を最小限に抑えている(写真撮影/片山貴博)

さらに子ども連れにも優しいスペースとして、通りの中ほどには専用の授乳スペースが確保されています。「オアシス」と名付けられたパウダールームで、鏡やイスはもちろん、個室のドアがついた授乳スペースやソファ、オムツ替えスペース、調乳用の給湯器も備え付けてありました!

通りから脇道を入ったビルの2階にはパウダールーム「オアシス」が。完全個室のドアがついた授乳スペースや広々としたソファもある(写真撮影/片山貴博)

通りから脇道を入ったビルの2階にはパウダールーム「オアシス」が。完全個室のドアがついた授乳スペースや広々としたソファもある(写真撮影/片山貴博)

アパレル店の前にはレトロなコカ・コーラの自動販売機が! ちょっとした遊びゴコロが随所に見られるところも「歩きたくなる」ポイントの一つだろう(写真撮影/片山貴博)

アパレル店の前にはレトロなコカ・コーラの自動販売機が! ちょっとした遊びゴコロが随所に見られるところも「歩きたくなる」ポイントの一つだろう(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

見えないところもスゴイ!歩きたくなるまちを支える仕組み

ここまで見てきただけでも“至れり尽くせり”な通りだと感じますが、元町の凄さは見えるところだけではなく、見えないところでまちの魅力を下支えする仕組みがあることです。多くの店舗があるにもかかわらず、通常、よくお店の前で見かける搬入・搬出用の大きなトラックが通りには全く見当たりません。

「大きなトラックが駐車していないのは、ショッピングストリート単独では希少な『共同配送』の仕組みを設けているからです。近隣に『共同配送集配センター』を設置し、各運送会社からの配送貨物はすべて1カ所に集まります。そこで荷物を共同配送専用の車両『エコトラック』に積み替えて各店舗へと配送するんです。その際には、通りの一つ脇を流れる堀川沿いにある共同配送車専用の駐車スペース『エコカーゴステーション』を利用するので、トラックが通りを歩く人の目に触れることはほとんどありません」(加藤さん)

2004年に社会実験として開始した元町SS会オリジナルの共同配送の仕組み。専用車両やスペースを確保することで大きなトラックが見えない通りに(資料/元町SS会)

2004年に社会実験として開始した元町SS会オリジナルの共同配送の仕組み。専用車両やスペースを確保することで大きなトラックが見えない通りに(資料/元町SS会)

また、元町SS会では「元町通り街づくり協定」を策定し、5年ごとに横浜市に承認を得ながら、この通りで営業する商店に対して「元町公式ルールブック」というまちづくりと店舗設計の指針を示しているそう。多くの店舗がこのルールに則ったお店づくりをすることで、元町の歩きたくなる、美しく快適な街並みが維持されているのでしょう。

新しく元町通りに店舗がオープンするときには、店主に「横浜元町まちづくり憲章」や「元町まちづくり協定」等をまとめたルールブックを渡すという(資料/元町SS会)

新しく元町通りに店舗がオープンするときには、店主に「横浜元町まちづくり憲章」や「元町まちづくり協定」等をまとめたルールブックを渡すという(資料/元町SS会)

さらに見えないところでまちを支えているのが、行政や周囲の組織との連携です。加藤さんは「常日ごろから頻繁に連絡を取ることによって風通しの良い関係を築き、前向きな取り組みにつなげられている」と言います。

「周辺には元町SS会のほかにも、中華街、馬車道、関内、山手の各商店会があり、横浜というまち全体を盛り上げるようなイベントや取り組みを行っています。また、元町には住民の方で組織された自治会もありますが、住む人と商店ではまちに求める機能や環境が異なりますよね。そのギャップを埋めるために『商店が栄えることで街がきれいに維持できている』ということを共有して、周辺に住む方にも理解と協力を得ながらまちをつくっている感じです」(加藤さん)

近年はコロナの影響で開催できていないが、例年、ハロウィンやクリスマスなどのイベントには多くの人で通りがにぎわう(資料/元町SS会)

近年はコロナの影響で開催できていないが、例年、ハロウィンやクリスマスなどのイベントには多くの人で通りがにぎわう(資料/元町SS会)

実際に2019年6月~2020年3月の間に行われた、パークレットの整備を含む改修作業においても、この密な連携が欠かせなかったと言います。

「行政や警察と何度も事前協議を行い、日々、相談・連絡をしながら計画・実施をしていきました。例えば、パークレットはもともと駐車スペースだった道路の一部を使用しているのですが、道路活用にはさまざまな法規制があり、そのままでは利用できませんでした。横浜市や警察、土木事務所と協議を重ねた結果、縁石を設けて歩道の一部とすれば使えることになり、縁石の上やその歩道側にベンチを設けたのです」(打木さん)

「つくる」ではなく、「使う」目線のまちづくりを

確かに、国土交通省の皆さんに話を聞いたときにも「地域の人がまちづくりを主導することが大きな成功要因になる」という言葉がありました。印象的だったのは、「これまでは『何をつくるか』という視点で行政が主導してきたまちづくりだが、現在、好事例として取り上げているまちは『どう使うか』の視点で住民や民間事業者が参画している」という点です。

「元町の事例もそうですが、豊田市都心地区の新とよパークの事例も、行政だけでなく地元の人たちも主体的に動いているからこそ、魅力的なまちづくりができていることをよく示すものだと思います。実際に空間を使う人たちの『使う視点』を大切にして計画をつくり、多くの関係者と『共有する』ということを大事にしているんです」(宮川さん)

新とよパーク(左)、新とよパークパートナーズの会議(右)(画像提供/国土交通省)

新とよパーク(左)、新とよパークパートナーズの会議(右)(画像提供/国土交通省)

「住民や民間企業が行政に対してまちを『こんな風に使いたい』という意見を積極的に発信していけば、それが多くの方に支持されるまちづくりにつながると思います。住民の方のかかわりが、そのまちのビジョンの核になっていくのです」(諏訪さん)

さらに椎名さんは、「都市の機能が多様化していくなかで『人』中心のまちづくりを進めていくと都市の価値が向上し、多くの人の『QOL(クオリティーオブライフ、生活価値)の向上につながる』といいます。

「多くの人にとって歩きたいと思える街になることで、多様な人が集まります。いろいろな人が集まれば、ダイバーシティーの発想で街にイノベーションが起こります。新しい発想は地域課題の解決につながり、日々の暮らしが快適なものになり、経済が活性化していきます。経済が回れば、まちに投下される資金も増えるので、まちはいっそう快適で、美しいものになるでしょう。この好循環を生み出すことが重要なポイントなのです」(椎名さん)

日本でも地方創生が叫ばれて久しいですが、まちづくりを住民・民間で主体的に行っていこう、という流れは数年前から世界的な流れとして起こっています。コロナ禍も経て、改めて歩けるまちの良さを理解できた、という声も多いそうです。

多くの人が新しい生活様式を模索しているいまこそ、まちに興味を持ち、積極的に声を上げ、関わっていくチャンスかもしれません。私たち一人ひとりがまちをつくる主体の一人だという気持ちで「自分の好きなまちがもっと魅力的になるには」を考えていきたいですね。

●取材協力
・国土交通省
・元町SS会事務局

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