Netflix映画『ブライト:サムライソウル』イシグロキョウヘイ監督インタビュー「日本で育った僕たちが作るものに作品の意義がある」「版画家・吉田博の影響」
ウィル・スミス主演のハリウッド大作実写映画『ブライト』のスピンオフアニメ、映画『ブライト:サムライソウル』が、2021年10月12日(火)より、Netflixにて全世界独占配信となります。
【ストーリー】幕末から明治の狭間。長き江戸の時代は血が流れる代わりに光(ワンドが放つ力)をもって終わりを迎え、新しい時代に向けて変わり始めていた。 そんな世界の中で、生きる目的を失った隻眼の浪人「イゾウ」と、人殺しに嫌気が差し、盗賊から足を洗おうとしているオーク「ライデン」の二人は、時を同じくして出会ったエルフの少女「ソーニャ」と彼女が持つ「ワンド」を、北にあるエルフの国に無事送るため、東海道を旅することになる。 三人の行く手を阻むのは、森羅万象すべてを従える「ダークロード」の復活を目指して「ワンド」を手にしようとする謎の組織(インファーニ)。彼らは新政府も巻き込んでイゾウたちから「ワンド」を奪おうとする。 京都から横浜までの東海道を舞台に、イゾウとライデンの「ワンド」を守る旅が始まる。
本作の監督を務めたのは、『四月は君の嘘』、『クジラの子らは砂上に歌う』などを手がけたイシグロキョウヘイさん。本作をどの様に描いたのか、キャラクターや描写へのこだわりなどをお聞きしました。
ーーもともと『ブライト』という映画があって、それを日本のアニメに作り変えるという特殊な企画でしたが、苦労した点などはありますか。
自由を与えられることの方が多かったです。ウィル・スミスさん主演の映画『ブライト』という原作はあるにはあったのですが、大枠さえ原作とリンクしていれば好きに作っていいとのコメントも原作チームから頂いていたので、特に苦労はなかったです。それはNetflixの特徴なんじゃないかと思います。本当に今回自由を感じました。
ーー幕末にしようという発想は、どこから来たのですか。
僕がこの企画に参加することになったのと同時期くらいに、脚本の横手美智子さんとNetflixの櫻井大樹プロデューサーの話し合いで決まったそうなので、実はそこには関与してないんです。Netflixは全世界に向けて作品を作ってますよね。その作品群は各国の各スタジオで作られている。ですのでこの作品を日本で作る意味について意識しました。つまり、日本に住んでいて日本で生まれ育った僕たちが世界に向けて作る作品。そう考えると、日本の歴史を辿ることに合点がいったんです。やりたいことと近かったので、明治維新を扱うのは問題なく受け入れることができました。
ーー映画の大きな切り口の一つは多様性で、アメリカを象徴するような多種な種族が登場する物語です。それを日本の作品に落とし込む際に特に意識したことはありますか。
日本は多民族と言えるほどの民族はいない国なので、アメリカを舞台にしている原作のニュアンスを参考にしました。人種差別、差別する側とされる側の皮膚感覚などは、正直僕は実感が湧かない部分があります。平和な国で生きてきたので。ライデン役の平川大輔さんがインタビューでおっしゃっていましたが、差別されることが当たり前の世界で生まれたライデンが、どういうマインドでそこを抜け出そう、打破しようとするのか、ちゃんと勉強しないといけないと思いました。黒人差別の歴史や分断などの問題が叫ばれて、危うい時代になっている部分がありますが、時事も含めて自分でも勉強して作品に落とし込めるようにしました。
ーー監督にとって一番の挑戦、力を注いだことはなんでしたか。
原作をリスペクトするという意味を踏まえて、ブライトという能力者とワンド、魔法の杖がどういう能力なのか、アニメでは説明をほぼオミットしました。これも迷ったんですよ。いくらスピンオフとはいえ、ワンドとはなんぞや、ブライトとはなんぞやを深く知らないと、アニメから入る人たちが物語を理解できない可能性もあるので。でもそのあたりは原作の映画で一度描かれていますから、アニメでは説明を最小限にとどめて原作の映画に誘導しつつ、どちらかというとイゾウたちを含めたドラマの方にフォーカスをあてるシナリオにしました。これが正解だったかどうかは、世に出てからじゃないとわからないですね。でも僕はアニメ監督を何年も経験して培った自分の感覚に従いました。
ーー美術面ですが、目を見張るシーンがたくさんありますね。気にかけたことはありましたか?
先ほど、日本で育った僕たちが作るものに作品の意義があるという話をしましたが、インスピレーション元がありまして、明治や大正時代に活躍した吉田博という版画家です。新版画と言われるジャンルの方で、西洋的な立体感のある構図を版画に落とし込んでいるのが特徴です。この吉田博調の美術を目指しました。背景のディテールやシルエットのバランスをとりながら版画調の美術に落とし込むイメージをつけて、スタッフに具現化してもらったんです。
美術に関しては、僕はイメージを伝えただけで、アレクトのスタッフたちが頑張って3Dに落とし込んでくれました。僕が関与しているのは最初の取っ掛かりだけですね。やりたいことは伝わっていて、彼らがああいう形に落とし込んでくれたことがとても嬉しかったです。
これ、僕はよくスタッフに言ってたんですが、「スパイダーバース」のスタッフが絶対に思いつかないようなルックにしたい、と。僕たちは日本で育って日本から世界に向けて、Netflixというプラットフォームを通じて作品を作るわけです。「スパイダーバース」のようなアメコミ調の作品はアメリカ人じゃないと作れないかもしれない。でも僕たちにはこんなにも豊かな歴史の積み重ねがあり、吉田博のようなすごい美術家が100年以上前にすでに存在した国で育って、だったら作れるのは僕らしかいないんだと、全体のルックも含めて今回の美術のコンセプトにつなげました。
ーーオークが宿を借りようとするシーン、ケンタウロスの着物の着こなしなど、ファンタジー作品でありながら「本当にこうなんだろうな」と思える様な日常的な描写が素敵でした。どの様に考えられましたか。
このあたりのプランは、今回モーションキャプチャーの演出を担当していただいた北海道登別市にある伊達時代村の山田桂司さんのご指導がかなり大きかったです。山田さんは時代劇の殺陣に精通された方なのですが、その時代の文化や風俗にも造詣が深く、シナリオで拾いきれなかった部分をモーションキャプチャーの演出でかなり深めてくれました。たとえば冒頭、朝日楼でイゾウが千早の部屋に入る際の一連の所作なども正確で、正直僕が演出を担当したらもっとおかしなことになっていたと思います。時代考証的な要素も含めて山田さんの活躍には感謝しきりです。 ちなみに今回は絵コンテを描いていません。横手さんが書いたシナリオから、僕がモーションキャプチャー用の台本に書き直して収録しています。カメラの置きどころ、カット割りはモーションキャプチャー収録の後にMotionBuilderというソフトで行っています。自分にとってはこの体験が一番新鮮で楽しかったです。
ーーキャストについてお伺いします。野村裕基さん初の声のお芝居だと思うのですが、ご一緒していかがでしょうか。
まずは唯一無二とも言える低音ボイスが素晴らしかったです。さすが野村萬斎さんの血を引いているだけのことはあり、ミドルレンジの音域が強くてトルクが太い印象です。こういう声は個性的な割に聞き取りやすいので、視聴者のみなさんにとっても好印象なのかなと期待しています。お芝居に関しては、確かに声のお芝居、といいますか現代劇自体が初めてのことでしたので、顔合わせやテスト収録、そして本番収録の時に細かく演技指導させていただきました。しかしさすがは伝統芸能に身を置く青年、呑み込みが驚異的に速かったです。実際の出来は本編を見ていただければその素晴らしさもわかっていただけるでしょう。
裕基くんのことを注目したのは、本人にも伝えましたが、実は僕が監督をしている『サイダーのように言葉が湧き上がる』のキャスティング会議でのことでした。サイコトの主人公チェリーは歌舞伎俳優の八代目市川染五郎くんに務めていただきましたが、会議の初期段階で実は裕基くんの名前が挙がっていました。当時はチェリーに求めていた声とは明らかに違っていたこともあり候補から外したのですが、その声は印象深く僕のなかに残っていました。今回イゾウの声を考える上で、哀愁のなかにも力強い生命力のようなものを欲しておりまして、これは裕基くんがピッタリなのではと直感が働き、Netflixの櫻井さんに相談の上でオファーさせていただきました。本人は初めての経験ばかりで不安だったとは思いますが、監督の立場から見ても大変立派な主人公振りで、とても満足しています。
ーー平川大輔さんが珍しいタイプの役柄だなと感じました。オークの荒々しい見た目とは裏腹な優しい心を表現したかったのでしょうか。
もちろんそういう意図があります。にじみ出る心優しさというのは、以前僕が監督を務めた『クジラの子らは砂上に歌う』でご一緒した時から平川さんに感じていた特徴でしたので、ライデンをお任せするのにピッタリだと思っていました。このあたりの話は平川さんにも直接お伝えしています。本人は喜んでくれたので、僕も嬉しくなりました。
ーーアーティストのMIYAVIさんも存在感を放っていました。
MIYAVIさんが素晴らしい声の持ち主だと知っていましたし、個人的にもファンだったんです。どこかであのMIYAVIさんの声、お芝居がはまるキャラクターがないかと、イゾウ役の野村裕基くんと同様、探していたんです。「ブライト」のキャスティングを考える際、コウケツのあの底知れぬ恐ろしさや、色気も含めて表現できるのは、MIYAVIさんなんじゃないかと思ったのがきっかけです。引き受けてもらえるかわからなかったけれど、オファー出したら興味持ってくれたのが嬉しかったですね。イゾウ役の野村裕基くん、ライデン役の平川大輔さん、ソーニャ役の若山詩音さん、みんなすごかったですが、MIYAVIさんには格段のプロフェッショナリズムを感じました。声のみの芝居は初めてだったのですが、彼の中では自分で納得のいくレベルに持っていかなければ嫌だったようで、自主的にボイストレーニングをされていたらしいです。それを聞いて、あんなに世界的に活躍されている方がそこまでするのかと、意外というか驚きで、かなりうれしかったです。コウケツの底知れぬ雰囲気を作ってくれて大満足です。
ーーそういった魅力的なボイスキャストの方々の演技も含めて、海外からの反響も大きそうですね。
今回Netflixという大きなプラットフォームで自分の作品を発表することができました。全世界190カ国近くのみなさんに一斉に見ていただけるというのはなかなか出来ないことなので、やっぱり世界に向けた作品を作ったつもりです。ただ、作り方に関しては、日本という島国で生まれ育った自分たちを意識しました。世界中の人たちがこの作品を通して、日本、その文化、根付いてきたものを感じてもらい、イゾウたちがどうこの物語に決着をつけるかも含めて、日本を感じながら楽しんでいただけると嬉しいです。
ーー最後に、監督が好きなNetflix作品など、教えていただけますか?
1歳9ヶ月の子供が最近テレビを見始めまして、Netflix作品に触れることが多くなったんです。「きかんしゃトーマス」なんですが、リピート率がすごいです。セリフまで覚えてしまうくらいで、大変お世話になっています。そう言えばどどーんと音が鳴ってNが出ると息子が喜びます。
オリジナル作品でお勧めしたいのは「ゲットダウン」です。70年代のニューヨークが舞台で、ヒップホップが生まれた瞬間が描かれているドラマシリーズです。ヒップホップの歴史がフィクションとノンフィクションを入り混ぜながら描かれていて、本当に秀逸なので見てほしいです。「ブライト」とは別ですが、「サイダーのように言葉が湧き上がる」という映画を今年公開しまして、そのインスピレーション元が「ゲットダウン」第1話のラストシーンにあります。映画の宣伝になってしまいますが、「サイダー」を見た後に「ゲットダウン」を見ると、こういう形でインスピレーションを受けたんだなとわかってもらえるはずです。絶対に損はさせないです。
ーー今日は大変貴重なお話をどうもありがとうございました!
◆イシグロキョウヘイ監督おすすめのNetflix作品
『ゲットダウン』
https://www.netflix.com/title/80025601 [リンク]
『きかんしゃトーマス』
https://www.netflix.com/title/70206898 [リンク]
Netflix映画『ブライト:サムライソウル』
配信表記:Netflixにて、2021年10月12日(火)全世界独占配信
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。