街中にウルトラマン!福島県須賀川市で【特撮づくし】の旅
子どもの頃、没頭していたのは「特撮」の世界だ。ウルトラマンのTVシリーズを夢中になって鑑賞し、ゴジラの新作映画に胸を騒がせ、それから紅白帽を縦にかぶり、弟と格闘ごっこに興じたりして。家の中には怪獣を中心としたソフビ人形(※)が溢れ返っていて、よく母親がゴモラを踏んで小さな悲鳴を上げたりしていた。ゴモラはギザギザしていて、踏むと痛い。私の幼き日々は、円谷プロダクションが作りだした世界に彩られていた。
※編集部注:ソフトビニール(ソフビ)製の人形。人形の中身は空洞で、子ども向けおもちゃに使われることが多い。特撮作品のキャラクターも多く制作されている
さて、福島県の内陸部に、須賀川という街がある。「特撮の神様」と称えられる円谷英二監督の故郷だ。そこではウルトラマンやゴジラにまつわるスポットがこの数年間で次々に誕生しているらしい。
それを知って、童心がうずいた。会いたい、あの頃のヒーローたちに会いたい。特撮尽くしの旅をして、あの日々の想いを再沸騰させてみたい。
東京駅
いざ「特撮」の聖地へ
私はさっそく、東北へと出かけることにした。心の中にセットしたカラータイマー、その制限時間は3分ではなく、1泊2日だ。
JR東京駅から東北新幹線「やまびこ」号で約1時間20分、JR郡山駅着。東北本線へと乗り換える。
郡山の市街地を抜けて約10分、JR須賀川駅に到着する。ホームに、こんな看板が掲げられていた。
そうだったのか。須賀川市は、地球から300万光年も離れた「M78星雲 光の国」と姉妹都市だったのか。いきなりスケールの大きな宣言をされ、少々うろたえつつ、駅前のバスターミナルへと向かう。
須賀川市民交流センター tette(テッテ)
本物のゴジラに会えるミュージアム
バスで約10分、中心市街地の須賀川中町停留所にて下車。そこから少し歩いたところに真新しい印象の建物、「須賀川市民交流センター tette(テッテ)」が現れる。
その5階に併設されているのが「円谷英二ミュージアム」である。
この地に生まれた円谷英二監督の軌跡をたどりながら、特撮の歴史や技術などについて学ぶことのできるこちらの施設。怪獣の模型や関連図書がひしめき合い、コンパクトながらも一種異様な空間となっている。
なかでも注目したいのは、フロア中央で存在感を放つ「初代ゴジラ」だ。
1954年に初めてスクリーンに登場したゴジラが再現されている。模型ではなく、スーツである。つまりは「本物のゴジラ」。背面を見ると、演者が着脱するための切れ込みを確認することができる。
このゴジラスーツを使用して実際に撮影された特別映像作品『~夢の挑戦 ゴジラ須賀川に現る~』が、施設内にて常時放映されている。
さきほど須賀川駅から円谷英二ミュージアムへと来るまでに眺めた街の景色、そこにゆっくりとゴジラが侵攻してくる。須賀川に住まう人々は慌てふためき、逃げ惑う。市民交流センターのなかで、市民たちが怪獣に襲われてパニックを起こしている様子を鑑賞するなんて、なかなかに不条理な体験である。
ミュージアムの奥に展示されているジオラマも必見だ。須賀川の街を舞台にゴジラ作品を撮影する様子が、緻密に展開されている。特撮映画に夢中だった子ども時代の熱が蘇り、しばらくうっとりと眺めてしまった。
ちなみに市民交流センターの1階にはバルタン星人やレッドキングがいる。この日、横ではストレッチ教室が開催されていた。異形の怪獣たちと、膝の屈伸運動をする市民の皆さん。他では見ることのできない不可思議な光景である。
大黒亭
異次元のグルメ「かっぱ麺」
特撮の世界を堪能したら、そろそろ昼食の時間だ。円谷英二ミュージアムから徒歩約5分、「大黒亭」の暖簾をくぐる。
キュウリの生産量が全国トップクラスの地としても有名な須賀川市。年に一度、キュウリを祀る祭りも開催されているらしい。そんな街ならではのローカルグルメ、それが「かっぱ麺」である。
キュウリのしぼり汁が練り込まれた緑色の麺、その上にカラフルな野菜が盛り付けられている。さすがは「M78星雲 光の国」の姉妹都市グルメ、なんだか異次元感のあるビジュアルである。
口に運んでみると、キュウリの青臭さは微塵も感じさせない爽やかな風味。肉みそをつけるあたりがジャージャー麺に似てなくもないが、独特さの際立つ一品だ。トッピングされた揚げ卵は緑色の衣を纏っていて、「かっぱの卵」ということらしい。特撮っぽい技術が食にも用いられているとは、あなどりがたし須賀川市。
松明通り
ウルトラヒーローたちが立ち並ぶ松明通り
昼食を済ませ、周辺を散策してみる。市街地の中央を抜ける「松明(たいまつ)通り」、そこには見逃せない景色が広がっている。通り沿いのいたるところにウルトラヒーローの像が設置されているのだ。
それぞれのポーズで並ぶ、ウルトラヒーローや怪獣たち。「私たちも須賀川市民です」といった態度だが、どう見ても周囲の風景に溶け込めてはおらず、その異物感がなんとも面白い。
ありふれた景色の中に、唐突に異界の者が現れ、それを目撃した人々に非日常的でエモーショナルな印象を与える。それが特撮作品の醍醐味なんだよな、と松明通りを歩きながら改めて感じ入る。現実と虚構が突如として交わる瞬間、風景は歪み、そこに私たちはトリップ感を得るのだ。
このピグモンの佇まいや表情もいい。なんでここに座っているのか、本人もよくわかってない感じ。でも一向に立ち去る気配はない感じ。怪獣として、正しい風情だと思う。
その地に由来するアニメキャラや妖怪の像を設置した通りは全国各所にあるが、この松明通りは他と一線を画していると感じた。円谷英二監督にご縁があり、「M78星雲 光の国」の姉妹都市提携を結んでいる須賀川市だからこその味わい深い違和感。それを存分に満喫しながら歩く。
散策の締めにお茶でも飲もうと立ち寄ったのは、「大束屋珈琲店」。
カウンター越しに出迎えてくれるのは、円谷英二監督のご親戚である店長の円谷誠さん。そう、こちらのお店は監督の生家跡地にて営まれているのだ。特撮の世界を求めて須賀川にやってきたからには、是非訪れておきたい珈琲店である。
大きな窓から陽が射し込み、柔らかな雰囲気に満たされている店内。店長さんの口から語られる須賀川市や円谷英二監督にまつわる話を聞きながら、丁寧に淹れてもらったコーヒーを楽しむ。贅沢な時間である。
須賀川市内の特撮世界を満喫し、この日の行程は終了。須賀川駅から郡山駅まで戻り一泊した。
須賀川特撮アーカイブセンター
新スポット・須賀川特撮アーカイブセンター
そして二日目。この日も郡山駅から須賀川駅へと向かい、そこからバスに乗り込む。
車窓に流れる田園を眺めること約25分、岩瀬支所停留所にて下車。停留所のすぐ横にずどんと鎮座している建物。
その名も「須賀川特撮アーカイブセンター」。特撮に関する資料の収集・保存・修復・研究を主な目的とする、2020年11月にオープンした公的施設である。
まずグッときたのが、施設の立地だ。周りは畑と田んぼが広がるのどかな景色。そこに巨大な怪獣のシルエットを施したこの建物が、ぬうっと姿を現しているのである。その異質な様は、そのままゴジラの雰囲気に通じるものがある。
これまでに公開されてきたさまざまな特撮映画、その中で使用された無数の造形物がセンター内にて保存されている。
圧巻なのは収蔵庫だ。そこでは貴重な特撮資料がびっしりと収められており、それらをガラス越しに見学することができる。
ウルトラマン、戦艦、スペースシップ。ゴジラに何度も破壊された東京タワーや、『進撃の巨人』の壁、奥には巨大なカメの着ぐるみもある。なんと混沌とした光景なのだ。
ちょっと整理しようと、入り口で配られている収蔵品の図解(樋口真嗣監督の手描きによるもの)に目を通すと、そっちもごちゃごちゃしていて、より頭がくらくらする。
この収蔵庫の資料から伝わってくるのは、特撮作品に関わる人々の熱量である。目の前の造形物はどれも精巧で、リアリティに溢れている。
これらが造られていく過程の中には、あらゆる試行錯誤があったことだろう。「虚構に命を吹き込みたい」という想いが結集する現場の様子を想像し、少し感動を覚えながら、ガラスの前を何度も往復した。
須賀川特撮アーカイブセンターを堪能し、再びバスで須賀川駅へと戻る。
駅前の景色をぼんやりと眺めていると、なんだか妙な錯覚に襲われた。街全体がジオラマに、青空がホリゾント幕(※)に描かれたセットのように見える。ずっと特撮映画の世界に浸っていたからだろう、現実と虚構の境目が曖昧になってきているのだ。あそこに見える建物の隙間からゴジラが現れてもおかしくない。そんなことを思いながら、しばらく不思議な浮遊感を楽しんだ。
※編集部注:舞台やスタジオの背景に使用する幕で、色や素材はさまざま。照明をあて、効果的に背景を演出するのに用いる
この1泊2日の旅の中で、気づけば私の童心はすっかり満たされたようだ。カラータイマーが点滅を始める。そろそろ帰路につくとしよう。
ふと見れば、駅前のウルトラマン像も空に向かって帰宅しようとしていた。
©︎円谷プロ
東京駅
掲載情報は2021年5月31日配信時のものです。現在の内容と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
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