科学は何の役に立つのだろう?(日本科学未来館科学コミュニケーターブログ)

今回は『日本科学未来館科学コミュニケーターブログ』より科学コミュニケーター 花井智也さんの記事からご寄稿いただきました。

※元記事のタイトルは『常設展示「“ちり”も積もれば世界をかえる」科学は何の役に立つのだろう?』です。

科学は何の役に立つのだろう?(日本科学未来館科学コミュニケーターブログ)

読者の皆さん、はじめまして。科学コミュニケーターの花井智也でございます。幼いころからの恐竜好きが高じて古生物学の道に進んだものの、なにを血迷ったか日本科学「未来」館にやってきてしまった流れ者です。どうぞお見知りおきください。

さて、未来館の常設展示には「世界をさぐる」「未来をつくる」「地球とつながる」という3つのゾーンがあります。「世界をさぐる」は、私たちをとりまく世界のしくみについて、大小さまざまな視点から考える場です。2021年3月3日、ここに新展示「“ちり”も積もれば世界をかえる -宇宙・地球・生命の探求」がオープンしました!

昨年末、小惑星探査機「はやぶさ2」が地球に帰還しました。その時のニュースを目にした読者もいらっしゃると思います。新展示では「はやぶさ2」など現在進行中の研究プロジェクトに注目し、その背景にある科学者たちの好奇心へと来館者を誘います。展示をとおして様々な来館者とコミュニケーションを図るため、私たち科学コミュニケーターもチームの一員として企画と制作にあたりました。今回のブログでは新展示の内容を少しだけご紹介します!

未踏領域に挑む3つのプロジェクト

本展示で紹介するのは、地球深部探査船「ちきゅう」、小惑星探査機「はやぶさ2」、大型電波望遠鏡「アルマ」という3つのプロジェクト。探査船や探査機、望遠鏡をツールとして使いながら、科学者たちは宇宙のかなたや地球の内部など、前人未踏の世界をさぐろうとしています。

地球深部探査船「ちきゅう」

 

小惑星探査機「はやぶさ2」 イラスト:池下章裕

 

大型電波望遠鏡「アルマ」 Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)
 

その挑戦はしばしば日常生活のスケールからかけ離れたものになります。たとえば、ドリルによって海底下の地質試料を採取する「ちきゅう」は、全長が210mもある巨大な船です。この船、なんとドリルパイプを最長10km(富士山3個分くらい)までのばし、海底下を掘ることができます。とんでもなくスケールが大きいと思いませんか?

数字が大きすぎて、ピンと来ない方もいらっしゃるでしょう。

「この無茶苦茶なスケール感を来館者の皆さんにもイメージしてもらいたい!」

そう考えた私たち制作陣は、地球深部を掘削している「ちきゅう」の様子を、実物の1/2000の大きさに縮めた模型にしてみました。それがこちら。

海底下に挑む「ちきゅう」の姿を1/2000スケールの模型にしました!

 
来館者の目の前にそびえるのは、「ちきゅう」が挑む海と海底の断面模型です。その中で、ドリルパイプに見立てた金属の線が、展示室の天井近くまでのびています。「ちきゅう」のドリルパイプは最長10km(10000m)ですが、模型では5mに縮めました。頭上を見上げると、ドリルパイプの頂点に手のひらサイズの船が一つ。これが「ちきゅう」です。この縮尺にすると、「ちきゅう」の全長はわずか10.5cmになってしまいます。実際にこの展示をご覧になれば、「ちきゅう」が地球を相手にどれだけ困難なチャレンジをしているのか、感じていただけるでしょう。

全長210mの「ちきゅう」をわずか10.5cmに縮めた模型がこちら。小さいのに超リアル!

 
なぜこんな大がかりなことをしてまで、科学者たちは地球の内側を調べようとするのでしょうか?

私たち制作陣が注目したのは、研究のモチベーションとなる疑問や好奇心です。たとえば、海底下の地層には、たくさんの微生物がいることが分かっています。太陽光が届かないような地下深くで、どんな微生物がどのように生活しているのでしょうか?そのような微生物はほとんど動くことなく、あまりエネルギーを使わずに生きていることが、近年の研究から分かってきました。また、海底下でひっそりと暮らす微生物が、実は地球規模の物質の循環と深く関わっていると考えられるようになってきています。「ちきゅう」を中心とした掘削調査の進展によって、その関係性が少しずつ明るみに出てきました。本展示の映像コンテンツでは、実際に「ちきゅう」で活躍する科学者が、研究の糧となる好奇心と、新発見にいたるまでの苦労を語ってくれます。まだ誰も見たことのない世界をのぞくワクワク感を、皆さんもぜひ味わってください。

 

好奇心がつなぐ宇宙・地球・生命

海底下を探る「ちきゅう」も、小惑星リュウグウから砂レキを持ち帰った「はやぶさ2」も、宇宙の果てから微弱な電波を受けとる「アルマ」も、多くの人々の好奇心によって支えられています。好奇心をきっかけにした研究から、発見が生まれます。しかし、それで終わりではありません。発見が新たな好奇心のタネになるのです。この営みについて、もう少し深掘りしてみましょう。

これは「もくもくの図」。この新展示の中で一番大きなパネルです。好奇心がもくもくと湧き上がる様を表しているので、私たちはそう呼んでいます。図の中心に誰かいますね。この人は、自分や自分をとりまく世界が何なのか、気になって仕方がないのです。

好奇心(雲のイラスト)と発見(六角形のイラスト)のくりかえしによって、私たちが認識できる世界は拡がっていきます。

 
「生命って?」「大地って?」「天って?」

これら3つの問いを発端に、好奇心と発見のリレーが始まります。たとえば人類は、天の星々を探るうちに、広大な宇宙空間の存在に気づきました。では、宇宙空間には何があるのでしょうか?望遠鏡などを使って宇宙をあちこち調べるようになります。やがて星だけでなく、宇宙のさまざまな場所にガスや細かな塵があることも分かりました。特に「アルマ」により、いろいろな有機分子が発見されました。アミノ酸などの有機分子は、私たち生命の体をつくる重要な材料です。この発見は、地球外にも生命が存在することを示唆するのでしょうか?はたまた、どのような条件がそろえば、生命は存在しうるのでしょうか?この疑問を解くうえで、極めて厳しい環境で暮らす生命―たとえば海底下の微生物―についての知見がヒントになるかもしれません。そもそも、宇宙にある有機分子は、どのようにして生じたのでしょうか?「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星の砂レキは、有機分子を含むと期待されています。それを直接調べれば、有機分子の由来が分かるかもしれません。

世界をさぐっていると、思わぬところにつながりが見つかります。

人々による好奇心と発見のくりかえしが、いつのまにか宇宙・地球・生命を横断し、それぞれの領域を結びつけています。ここでは宇宙をめぐる探求から話をはじめました。しかし、「もくもくの図」をよく見ていただくと、好奇心と発見によるクロスオーバーが他の場所でも起きていることがお分かりになると思います。好奇心が発見をもたらし、そこから新たな好奇心が芽吹く。やがて意外なところにつながりが見えてくる。この営みを続けることによって、私たちが認識できる世界が、少しずつ広く、深くなるのです。

 

“ちり”も積もれば世界をかえる?

先ほど、地下試料を掘り出す「ちきゅう」のドリルパイプが、最長10kmになることを紹介しました。ひとりの人間からしたら圧倒的な大きさです。しかし地球という惑星の大きさ(半径約6,400km)からすれば、その表面を針の先でちょこんとつついて、かけらを採っているようなものです。「ちきゅう」がこれまでにドリルパイプを伸ばした最長記録は約7.8kmですが、うち海底を掘削できた距離は約0.9kmで、残りは海の中でした。海底を掘削した最深の記録は約3.3kmで、これは科学掘削としては世界最深記録ですが、それでも地球の大きさに比べれば遠く及びません。まだまだ調べきれていない領域が、果てしなく残されているのです。

科学にまつわる一つひとつの好奇心や発見は、この世界の広さと奥深さからすれば“ちり”のように小さく見えてしまいます。では、この“ちり”が降り積もると何が起きるのでしょうか?

ここで展示から一歩出て、外側を眺めてみましょう。大きなスクリーンにアニメーション映像が投影されています。

新展示の外観には、かわいいドット絵のアニメーションが投影されています。

 
映像には望遠鏡など科学にゆかりのあるものが登場しますが、そこにまじって、地球を中心に周る太陽と月が現れます。それがレンズを通過すると…、太陽を中心とした姿に変わりました!

地球中心から太陽中心に!!

 
今でこそ「地球が太陽を中心に周っている」というイメージ(地動説)は、本やテレビなどでおなじみですが、最初からその考え方が一般的だったわけではありません。たくさんの人々が様々な観測や思索を重ねるなかで、しだいに太陽を中心とみなす考え方が広まっていったのです。世界のしくみや姿を知ることに、人類は大昔から情熱をそそいできました。科学という文化は、その営みのなかで生まれたと言えます。あの手この手で世界をさぐるうちに、世界の新しいとらえ方が何度も登場してきました。あるものは忘れ去られ、あるものは今日でも多くの人々に広く受け入れられています。私たち一人ひとりが「あたりまえ」だと思っている世界の姿は、このくりかえしの延長線上にあります。たとえ一つひとつの好奇心と発見が“ちり”のように小さくても、それらが集まることで私たちの「あたりまえ」はできています。はたして、その「あたりまえ」は100年後も同じであり続けるでしょうか。もしかしたら将来、新たな“ちり”が降り積もることで、あなたの子孫たちは今とまったく異なる世界の姿を「あたりまえ」だと思い、生活しているかもしれませんね。

最後にー“役に立つ”ってどういうこと?

ここで少しだけ個人的なお話をさせてください。私が未来館の採用面接を受けたときのことです。恐竜の研究に励む学生だった私に、館長だった毛利衛(現在は名誉館長)はこんな質問を投げかけました。

「恐竜の研究は、なんの役に立つのですか?」

恐竜のことを調べても、人々の生活が便利になったり、すぐに社会的な問題が解決したりするわけではありません。

「私たちの世界観を拡げてくれます」。そんな答えが私の口を衝いて出ました。

それに対し、毛利衛は「意味が分からない。世界観って何ですか?」とバッサリ。「化石にこだわるのも良いが、もっと未来に目をむけなさい」とまで言われてしまいました。

毛利からの追及に、自力で答えを出せるほどの知恵も経験もありません。しかも言葉だけで説明するのは非常に困難に思われました。

今回ご紹介した「“ちり”も積もれば世界をかえる -宇宙・地球・生命の探求」には大勢の関係者の想いが「かくし味」として込められています。こんな私の苦悩も、その「かくし味」の一つです。科学によって世界観を拡げ、深め、ぬりかえるとはどういうことか。新しい展示を企画するなかで、仲間たちとたくさんの議論を重ねました。議論から生まれたアイデアを表現するため、館外のキュレーターやアニメーターにご協力いただき、デザインや映像の力も総動員しています。

この展示を見た毛利は、その後のプレス内覧会で次のように語りました。

「最近、科学技術では研究費をとるためにすぐに役に立つことを重要視する傾向がありますが、実際に大事なのはそうではないんです。

(中略)

科学で自分の周りを知ることによって、私たちはずっと生き延びてくることができたんです。科学というのは基礎だろうが応用だろうが全く関係なく、周りのことをきちっと理解するという意味で役に立つんですよ」

私にはようやく自分の考えが伝わったような気がして、ほっと胸をなでおろす思いです。

さて、新展示の見どころや裏話を紹介しましたが、いかがでしたでしょうか?実際に展示を見ていただければ、きっとたくさんの発見や驚きがあると思います。その体験をとおして、科学者の視点や、あなた自身と科学、そして世界とのつながりについて思いをめぐらせていただけたら幸いです。

 

執筆スタッフ紹介

花井智也 (はない ともや)
専門分野:進化古生物学

子どもの頃から博物館と恐竜が大好き。中学2年生のとき、将来は科学にたずさわる仕事に就くことを決心しました。恐竜の成長をテーマにした研究で博士号を取得するも、「科学コミュニケーションの力で、もっと日本の博物館や科学館をもりあげたい!」という思いから未来館へ。休日はボクササイズとランニング@荒川河川敷で汗を流しています!

 
執筆: この記事は『日本科学未来館科学コミュニケーターブログ』より科学コミュニケーター 花井智也さんの記事からご寄稿いただきました。

※元記事のタイトルは『常設展示「“ちり”も積もれば世界をかえる」科学は何の役に立つのだろう?』です。

寄稿いただいた記事は2021年5月12日時点のものです。

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