「親以外から生き方学べる場所を」。稲村ヶ崎を地域で子育てするまちに

「親以外から生き方学べる場所を」。稲村ヶ崎を地域で子育てするまちに

江ノ島電鉄の「稲村ヶ崎駅」目の前にある「IMAICHI」(神奈川県鎌倉市)は、60年近く続いた駅前のスーパーマーケット跡地に2019年にできたコミュニティスペースだ。憧れの移住地としても注目される鎌倉市だが、少子高齢化問題や商店街の衰退などの難しさを抱える地域もある。地元の老舗幼稚園の次期園長である河井めぐみさんと、夫で造園業を営む亜一郎さんは、「子どもを守ってくれる地域づくりをしたい」と、異業種の世界に飛び込んだ。

地元のスーパーが、生き残りではなく生まれ変わりを選んだ

鎌倉駅から江ノ電で11分の場所にある稲村ヶ崎は、緑に囲まれた海辺の閑静な住宅地だ。サザンオールスターズの桑田佳祐さんが監督した映画『稲村ジェーン』の舞台となった場所としても知られる。人口3000人ほどが住んでおり、数世代前からこの地で生活を続けている人も多い。

「スーパー今市」は、そんな地域で60年間商いをしてきた。戦前・戦後は魚商だったが、地域のニーズに合わせて生鮮食料品から生活雑貨まで幅広い商品を扱うようになり今に至る。しかし、近所に大きなチェーンスーパーができたり、ネットショッピングが台頭する中で、小売業の競争はますます厳しくなり、2018年に注文を受けた分だけ仕入れて販売するという「御用聞き」の仕事に専念することに。19代目となる現在の店主の今子博之さんは、駅前の店舗を閉め、事業規模を縮小することに決めた。

まさに、稲村ヶ崎駅の目の前(写真提供/IMAICHI)

まさに、稲村ヶ崎駅の目の前(写真提供/IMAICHI)

「スーパーという形でなくてもいいから、誰か店舗を引き継いでくれる人はいないだろうか」

今市さんが相談した相手が、この街で長年幼稚園を営んでいる聖路加幼稚園の次期園長である河井めぐみさんだった。今市さんのお子さんとめぐみさんの弟さんが幼稚園の同級生だったことから、同じ地域に長年住む者として、家族ぐるみの付き合いをしていた。

思い当たる人たちに声を掛けてみたものの、地域の人以外は集まりにくいこの場所を借り受けたいという人はなかなか現れなかった。そんな時、めぐみさんの夫・亜一郎さんの「それなら自分たちで何かやってみようじゃないか」というひと言で、この空間を引き継ぐことに決めたという。

河井さん夫妻は、めぐみさんの故郷である稲村ヶ崎で2人のお子さんの子育て真っ最中(写真提供/河井めぐみさん)

河井さん夫妻は、めぐみさんの故郷である稲村ヶ崎で2人のお子さんの子育て真っ最中(写真提供/河井めぐみさん)

多目的なスペースだから地域の実情やニーズが見えてくる

河井さん夫妻は、改めて「スーパー今市」の存在意義を考えたとき、“日用品の買い物をする場所”という以上に、地域の中での存在感の大きさに気づいたという。駅前の店ゆえに、駅を利用する際に買い物ついでに立ち寄って、接客のため店頭に出ている奥さんと長々とお喋りしている人や、海側にしかないコンビニの代わりに、駅前立地の便利さから、食料品から生活雑貨を買っていく若者までが訪れた。

「店番しているおばあちゃん(現店主のお母さん)の顔を見て、外出先から稲村に帰ってきたと感じていた」とめぐみさんは話す。

こうしたことから、利用客を制限しがちな専門的なお稽古ごとの教室やお店にせず、誰でも立ち寄りやすい場所という「スーパー今市」の存在意義を引き継げる、誰でも利用可能な環境にしたいと、多目的に活用できる「コミュニティスペース」にたどり着いた。利用目的の制限をしないことで、幼稚園との連携や、そこで学んできたことを相互に活かせるのではないかと考えたという。

例えば、「ねいばぁず」というプログラムもその一つ。もともとは、地域のお母さんたちが稲村ヶ崎自治会館で、鎌倉市から補助を受けて運営していたプログラムを、IMAICHIで開催することになった。プログラムの内容は、野菜ハンコ制作やクリスマスリースづくりなど。

参加対象を、親子連れに限らず「近隣の住民」なら誰でもOKとすることで、地元のシニアたちへも参加を呼びかけているという。地域の交流の場所になるように、という思いでつくられたこの場所だからこそ、多くの人に参加を促すことができる。また月2回開かれている古典ヨガ教室には、年齢も性別もさまざまな人が参加しているという。

月に2回、月曜に開かれている古典ヨガ教室の様子(写真提供/IMAICHI)

月に2回、月曜に開かれている古典ヨガ教室の様子(写真提供/IMAICHI)

また、稲村ヶ崎町内には遊具のある公園がないうえ、スポーツ系のお稽古先も選択肢が少ない。こうした背景から“身体を動かせる場所”をつくりたいと考えた河井さん夫妻は、店内にボルダリングウォールを設置した。設置費用にかかった300万円の一部は、クラウドファンディングを利用した。

ボルダリングウォールは子どもから大人までゲーム感覚で挑戦できる(写真提供/IMAICHI)

ボルダリングウォールは子どもから大人までゲーム感覚で挑戦できる(写真提供/IMAICHI)

とはいえ、まだまだ完成形ではない。多目的スペースだからこそ、地域のニーズが見えてくると考えている。そのなかで、少しずつ形を変え、より地域に寄り添えるようになればいい。「私自身、この地域で幼稚園をやっていく上でもこのIMAICHIを通じて地域の実情やニーズなどを知ることができることは役立っています。IMAICHIでの知見を生かして、地域の幼稚園として子育て環境を充実させていきたいですね」とめぐみさんは話す。

まちの人のニーズを受けて、体験学習教室を開催

IMAICHIを通じて、幼稚園という垣根を越えて地域と交流するようになっためぐみさんが始めた活動の一つに、「体験学習教室」がある。昨年9月に開始したこの活動は、地域の幼稚園児や小学生の「学童保育」に当たる活動で、年齢の違う子どもたちが一緒になり、先生と一緒に町に出てさまざまな体験をする。例えば、地域の商店を訪れ、店主などに話を聞いた情報をもとに子どもたちと一緒に稲村ヶ崎の地図やガチャガチャゲームづくりをするといった活動だ。

(写真提供/IMAICHI)

(写真提供/IMAICHI)

(写真提供/IMAICHI)

(写真提供/IMAICHI)

「今の子どもたちは、親以外の大人に何かを教えてもらうという経験値が乏しい子が多い。仕事などで忙しい親たちの代わりに、愛情を注いでくれる大人は地域にもたくさんいることを感じて欲しい」とめぐみさん。また、子どもとの遊び方が分からないと話す親が増えるなか、こうした体験学習を通じて、大人が子どものやりたいという気持ちを汲み取ることができれば、自宅でも子どもたちがリードする形で、親子の活動にも広がりができるに違いない。

子どもたちと海に行き、磯遊びをすることも体験教室の一環(写真提供/IMAICHI)

子どもたちと海に行き、磯遊びをすることも体験教室の一環(写真提供/IMAICHI)

この活動を通じて町内を出歩くようになったことで、「これまで直接話しをしたことがなかった大人である町の商店の人たちにも、子どもたちが積極的に話しかけるようになった」と話すめぐみさん。

「子どもたちの“やりたい!”をとにかく手助けすることが私の役目。先日は、稲村ヶ崎の情報番組をつくりたいと意気込み、iPad片手に商店街に飛び出して行く小学生を見守りました。私はこの教室を通じて、むしろ子どもたちから学ぶことも多い。大人としては一人の子どもの失敗に対して思わず責めてしまいそうになるシーンでも、子どもたちは誰も責めず、笑ってのける。そんな関係を、IMAICHIを通じて地域の中で築けていきたいですね」と続ける。

地域のハブとしてできること

町の商店が徐々になくなっていく中で、地域住民同士の交流も次第にか細くなっていく傾向は否めない。そんななか「IMAICHI」を通じて子どもが地域の大人と交わる機会をつくろうと奮闘している。こうした活動が広まれば、この地域がより「住みやすいエリア」になっていくだろうと河井さん夫妻は話す。

「夜に電車で帰宅して、稲村ヶ崎に降り立ったら、駅前のIMAICHIにこうこうと電気がついていてホッとした」と立ち寄ってくれた住民がいる、と話すめぐみさん。経営は楽ではないが、この場所からはまだ多くの何かもっとできることがあるように感じているそうだ。

 店内からは、到着する江ノ電が見える(写真提供/IMAICHI)

店内からは、到着する江ノ電が見える(写真提供/IMAICHI)

昨年11月には、地域住民からのリクエストもあり、コーワーキングスペースとしてデスクの設置やWi-Fiを完備させたという。子どもと一緒にリモートワークのために訪れた人は、「子どもも自分も充実した時間が過ごせた」と喜んでいたとのこと。こうしたサービスの導入で、「今後は町を訪れる観光客やリモートワークの滞在者などにも利用してもらいたい」とめぐみさん。過疎化や高齢化が進む稲村ヶ崎の住民として、この地を気に入り、移り住みたいと思う人がもっと増えてほしいという思いもあるという。

こうしたIMAICHIの現在の様子を、スーパー今市の店主だった今子さんは「駅前の立地で子どもが出入りする場所になるのは、地域にとってとても良いことだと思う。安心できる場所、頼れる場所にしてもらえてうれしい」と話す。

「地域が見守ることで、子どもたちが安心して暮らせる街になれば」と河井さん夫妻は思いを馳せる。商店街や地元のお店が元気を失うなかで、IMAICHIという場所が、地域上の役割はそのままに、時代にあわせた新しい価値を与えらえたことで、今後稲村ヶ崎の活気を生む原動力になっていけることを願う。

●取材協力
IMAICHI

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