「インターネットは日常生活に溢れ出しているから、それが自分たちに与える影響について、僕らはもっと真剣に考える必要がある」『フィールズ・グッド・マン』 アーサー・ジョーンズ監督&ジョルジオ・アンジェリーニ インタビュー/Interview with Arthur Jones and Giorgio Angelini about “Feels Good Man”
楽しんで描いていたはずのハッピーなキャラクターが、作者の知らない場所で別人格を与えられ、ヘイトの象徴としてネット上に拡散するー。3月12日に全国公開される『フィールズ・グッド・マン』は、そんな恐ろしい現象を経験したアメリカ人アーティストのマット・フューリーが、イメージ奪還のために奮闘する姿に密着したドキュメンタリー映画だ。なんとものんきな表情が印象的なカエルのペペは、フューリーが自身を投影して生み出した陽気なキャラクターで、アンダーグラウンド・コミック界でカルト的人気を誇っていた。しかし、ペペが放ったセリフ「Feels good, man(気持ちいいぜ)」がきっかけとなり、ネットミーム(ネットを通じて模倣され、広がっていくイメージやコンセプト)として知られるように。そして2016年のアメリカ大統領選を前に、オルタナ右翼が人種差別的な人格を植え付けたペペを匿名掲示板「4chan」で拡散。ついにはADL(名誉毀損防止同盟)からヘイトシンボルとして正式認定されてしまう…。映画はマットの私的な経験を主軸に、各界の識者による見解も交え、インターネットが社会に及ぼす影響力や危険性を紐解く。日本公開を前に、アーサー・ジョーンズ監督とプロデューサーのジョルジオ・アンジェリーニ氏がロサンゼルスからリモートインタビューに応じ、映画の制作秘話を語ってくれた。(→ in English)
―『フィールズ・グッド・マン』は監督デビュー作だそうですが、それまではどのような活動をされていたのですか?
アーサー・ジョーンズ監督「僕たちにとってドキュメンタリー制作は2つ目か3つ目のキャリアなんだ。僕は大学で絵画を専攻して、絵画やグラフィックデザインやアニメーションを手がけていた。それから友人たちのドキュメンタリー制作を手伝うようになって、ジョルジオは建築家なんだけど、彼が住宅政策に関するドキュメンタリーを制作したときにも手伝ったんだ。それがとても良い経験だったから、僕らは一緒に『フィールズ・グッド・マン』を手がけることになった。それに僕はマンガが大好きで、小さい頃から夢中だった。だから『フィールズ・グッド・マン』は、マンガの重要性を伝えるための映画を制作するチャンスでもあったんだ。マンガは使い捨ての文化ではない。それは僕らのコミュニケーションの大きな部分を占めている。僕はこの機会を得て、そういった意味でも興奮していた」
ジョルジオ・アンジェリーニ(プロデューサー)「僕は人生の大半をミュージシャンとして活動してきた。だけど(後にリーマン・ショックに発展した)住宅バブルの崩壊のせいで音楽業界も崩壊してしまい、新しいキャリアを見つける必要に迫られて建築を勉強したんだ。でも映画を作りたいと思っていた僕は、人種差別と住居の歴史に関するドキュメンタリーを制作するチャンスを得て、その作品を通してアーサーに出会った。そしてその映画の制作が終わる頃、アーサーが本作の企画について教えてくれた。僕はRedditをよく使うからペペのことは昔から知っていたし、ミームとしてのペペの変異に不快感を抱いていたんだ。でもマット(・フューリー、ペペの生みの親)の存在は知らなかったから、個人的に彼と仲が良いアーサーから裏話を聞いたときは少し怖くなったし、(不快感を抱いたことを)恥ずかしく思った。とにかく、そんな感じで話が進んだんだ」
―マットの方から助けてほしいと言われたのですか? それとも、監督が映画を制作することで彼を助けようと思いついたのですか?
アーサー・ジョーンズ監督「僕はマットと友だちだったから、パーティなどで会うたびにペペについて聞いていて、それが彼に被害を与え始めていることに気づいたんだ。マットはペペを使って何かポジティヴなことをしたがっていて、ペペに起きたことを説明するためのマンガを作ろうという話になった。それでロサンゼルスのエンタメ業界の何人かに相談したんだけど、ペペの負の遺産があまりにもひどかったので、誰も僕らと話したがらなかった。中には生みの親だというだけで、マットがネオナチだと思っていた人もいたぐらいで」
―そうだったんですね。
アーサー・ジョーンズ監督「そのようなことを経て、僕はドキュメンタリーが一番良い手段だと気づいた。ジョルジオの作品などに携わってきたこともあって、ドキュメンタリーに夢中だったしね。マットには率直に、『僕にドキュメンタリーを作らせるべきだと思う』と伝えたよ。僕らはペペの物語がドキュメンタリーのネタとして十分ユニークであること、そして、それは友人たちの手で描かれるべきだということに気づいた。本作はそうやってスタートしたんだ」
ー劇中では赤ちゃんだったマットの娘の成長とともに時間の経過を感じました。制作にはどれくらいの時間がかかったのですか?
ジョルジオ・アンジェリーニ「実はドキュメンタリーとしては、かなり急いで制作したんだ。その理由の一つは、昨年の大統領選挙の前に公開したかったから。実際の制作期間は2年くらいなんだけど、それってアースラ(マットの娘)にとっては人生の半分だからね(笑)」
アーサー・ジョーンズ監督「マットの娘のアースラは、ちょうどペペがひどいことに巻き込まれた2015年に生まれたんだ。昨年はいろんな取材で、マットはナイーブだとか、なぜもっと早く対処しなかったんだとか言われたよ。でも現実には、彼はアーティストとして家族を養うことで精一杯な若い父親だったわけで。2015年のマットにとっては、オルタナ右翼と戦うことよりも、オムツ替えの方が心配だったたんだ」
―観客に情報を提示するだけのドキュメンタリーとは違って、本作ではマットが主軸に描かれているので、より感情移入しやすかったように思います。劇中のペペとマットが深みにはまっていくのを一緒に体験できたように感じましたが、あえてこのような構成にしたのですか?
ジョルジオ・アンジェリーニ「そのことについては当初から話していたんだけど、アーサーも僕も最初からドキュメンタリー監督だったわけではないからだと思う。異なる芸術分野から来た僕らは、ジャーナリズム優先で映画であることは二の次とされているドキュメンタリーが多いように思っていたんだ。情報を詰め込んで、観客を教育して終わり、という感じでね。でも僕らはジャーナリズムである前に、映画を作りたいと思っていた。決してジャーナリズムをないがしろにするわけではないけれど、まず何よりも映画を作るという認識でありたかった」
―それは伝わってきました。
ジョルジオ・アンジェリーニ「観客がマットと一緒に学んでいくという意味では、他にも良いことがあった。僕らは映画の前半で(ミームに関する)近年の歴史を説明しているんだけど、訴訟の真っ最中のマットに密着できたのはラッキーだったよ。物語をリアルタイムで伝えることができたから、とてもダイナミックなタイムラインを作り出すことができた」
アーサー・ジョーンズ監督「マットの法廷闘争は、彼の私的な旅の一部でもあったんだ。それは受動的だった人が積極的になるまでの物語で、僕らはそれを通して観客にとてもパワフルなメッセージを送ることができると考えた。人生で問題を抱えている人にとって、その問題を対処する上でのシンプルな真実がそこにある。問題に対処するマットの姿は逞しかった」
―劇中では実際の供述録取の映像も使用されています。
アーサー・ジョーンズ監督「マットの供述録取は彼にとってパワフルなシーンだと思う。居心地の悪い場面においても、彼のエネルギーや楽観主義なところや優しさがはっきりと表れているから。本作はユースカルチャーのオーディエンスに向けて作ったんだ。多くのドキュメンタリーの観客は、もう少し上の世代だと思う。でも、もし自分が若い頃に居心地の悪い状況に置かれたマットの姿を観ていたら、刺激をもらえたと思うんだ。彼はアーティストとして妥協することなく人生を生きていて、立ち上がり、正しいことをしていながらも、自分らしくあることを忘れていないわけだからね。僕はあのシーンのマットをとても誇りに思っている。観客も同じように感じてくれたらうれしいよ」
―劇中に登場する4ちゃんねらーのピッツァとミルズには、どのように出演交渉したのですか?
アーサー・ジョーンズ監督「ミルズもピッツァも4chan上で顔を出していたんだ。ミルズはネット上にいくつか動画をアップしていた。その中に、ベッドに寝転がった彼が『ペペは俺にとって何を意味するのだろう?』と自問する動画があって、僕はそれをとても親密で印象的だと感じたんだ。初めて観たときは、カメラを見つめるミルズが自分のことを見つめているような気分になって、きっと映画に出てくれるはずだと思った。連絡先を探すのにはちょっとしたネット上の調査が必要だったけど、この映画の全てがネット上の調査からできているからね(笑)。本作を完成させるためには、ディープでダークなネット調査をたくさん要したわけで、ミルズの連絡先もその一つだった」
ジョルジオ・アンジェリーニ「それに関して言うと、現在のインターネットの本質として、ミルズのような4chanを使っている人たちでさえ、ネット上の人格でキャリアを築こうとしているんだよね。だからある意味、彼は4chanで自分自身を利用して、自分を笑いのネタにしたり、恥ずかしい目に遭ったりすることで人気を得ようとしている。それは今、特にアメリカで多くの人が送っている、とても歪んだ奇妙な人生なんだ。彼らは生活のあらゆる側面を収益化しなければならないと感じている。全てをネット上にアップして、ライブ配信して、ミームにして、TikTokに投稿して、あわよくばそれがバイラルとなってキャリアを築ければいいなと願っているんだ。とても奇妙な世界だよ」
―劇中では学者や心理学者やジャーナリストも登場して、さらなる解説をしています。オカルト信仰者まで登場して驚きました。
ジョルジオ・アンジェリーニ「あのオカルト信仰者は、僕がペペに関するプロジェクトを手がけることを偶然耳にした人から紹介されたんだ。『ペペのプロジェクトを手がけるのなら、ジョン・マイケル・グリアをチェックするべきです』とメールしてくれた。それでアーサーと一緒に彼の名前をググったら、長いヒゲを生やしてローブを着た人が出てきた。彼はアーチドルイドといって、古代の異教徒だかスカンジナビアだかイギリスだかを崇拝しているとかなんとか…僕にもそれが何だかよくわかっていないんだけど(笑)。イギリスのストーンヘンジと関係があるらしい」
―(笑)
ジョルジオ・アンジェリーニ「でも彼の本を読んでみたら、僕らの映画の主軸にある説明するのがとても難しいことについて、非常に知的に書かれていた。ミームの持つ社会的な力やミーム・マジックについてね。僕らはずっとミーム・マジックについて触れたいと思っていた。それは本作で取り上げた他の全てのことと同様に、馬鹿げているけれど、とてもシリアスでもあるトピックなんだ。それにフィルムメーカーとして、『君はこの男を信じる? それとも冗談だと思う?』と観客を試す意味もあった。彼のシーンは間違いなく楽しい思い出の一つだよ(笑)」
ーペペをモチーフにした仮想通貨について語る男性も出演しています。
ジョルジオ・アンジェリーニ「僕らはペペにまつわる現象がどこまで広がっているかを描きたくて、中でもペペ・キャッシュが最も馬鹿げた一例だと思ったんだ。他にもロシアに住んでいる女性で、有名な絵画の巨大なレプリカにペペを描いている人にも取材したよ(笑)。世界中でクレイジーなことがたくさん起きていた」
―映画の終盤では、アメリカでヘイトシンボルに認定されたペペが、香港の民主化運動における希望のシンボルになる様子が描かれています。なぜ香港では、あのような現象が起きたのだと思いますか?
アーサー・ジョーンズ監督「ペペは世界中の様々な場所で、異なる意味合いを持っているんだ。アメリカでは人種差別主義者のシンボルとして使われてしまったけど、韓国や台湾や香港や中国では人気があった。“悲しみカエル(sad frog)”は、基本的にはインターネット上における不幸な人のシンボルなんだよね。香港での出来事は、とあるデモの参加者が、中国の警察に非致死性兵器で顔を撃たれたことがきっかけだった。彼女は次のデモに眼帯をして、ヘルメットをかぶって、手作りのプラカードを持って参加したんだけど、そこにはペペになった彼女の姿が描かれていたんだ。ペペも眼帯をしていたんだよ。そのイメージが欧米のメディアに取り上げられたことで、彼らは『人々は注目している。彼らにとって、これは報道価値のあるものなんだ』と気づくことになった。それにより、ぺぺは『私たちを助けて』を意味するシンボルになったんだ」
―なるほど。
アーサー・ジョーンズ監督「それに、ペペは匿名性のシンボルであることも言っておきたい。中国当局がデモの参加者を追跡するために顔認識ソフトを使用しているので、参加者はマスクをしているからね。だから、ペペは再び全ての人のための顔となったんだ。また、これは世界中の政治や組織にとって、ミームがいかに重要かも物語っている。アメリカだけではなくて、世界中でミームが重要視されているんだ。ここでもまた、ミームは意外なところで使用され、すごい速さで、予想外の形で文化に影響を与えている」
―制作陣も香港での現象には驚いたのではないでしょうか。撮影の終盤の出来事だったのですか?
ジョルジオ・アンジェリーニ「僕らの誰もが衝撃を受けたし、驚いたし、大喜びだったし、ハッピーだったよ。本当に感動的な体験だった。サンダンス映画祭に提出する3週間前の出来事だったんだ。ラッキーなことに、本作で取材したアーロン・サンキンというジャーナリストが、その2週間前に香港に引っ越したばかりだった。そこで彼と香港在住のダイアナ・チャンという報道写真家をつなげて、僕らの代わりに取材してもらうことにした。アーサーがどんな素材を撮ってほしいか書いたリストを送ったんだ。翌朝目が覚めたら、Google Driveいっぱいの映像が届いていた。あまりに美しくて泣いてしまったよ」
―劇中でマットの友人が、『こんなことはお前にしか起きない』と言いますよね。でも映画を観ているうちに、これは誰にでも起こり得ることだなと思いました。本作を観て色々考えさせられたのですが、お二人が本作から得た一番大きなことは何ですか?
ジョルジオ・アンジェリーニ「日本人の視点がどうなのか興味深いけど、少なくとも欧米における現在のインターネットの在り方は、僕らをより闘争的で、怒りっぽく、皮肉っぽくする傾向にある。僕たちはこの映画を作ることで、誰にでも選択肢があるということ、ネット上でイケていないとされているからといって、思いやりや愛情を持ったり、共感したりするのは恥ずかしいことではないということを、人々に思い出させたかったんだと思う。こういったことは、今となっては実生活にまで影響を与えている。インターネットは日常生活に溢れ出しているから、それが自分たちに与える影響について、僕らはもっと真剣に考える必要があるんだ」
アーサー・ジョーンズ監督「僕もジョルジオの言ったことに賛成するよ。僕が本作から得たのは非常に私的なもので、それは一緒に制作した仲間たちへの愛情なんだ。それもまた、ジョルジオの見解と近い思う。この映画の制作は驚きに満ちていた。マットに驚かされたり、いろんな出来事に驚かされたりしたことが何度もあった。そういったサプライズのうちの一つが、才能があり、賢くて、献身的な人たちと一緒に芸術作品を作ると、必ず彼らの素晴らしさに圧倒され、驚かされるということだった。今この瞬間だって、日本にいる君と話しているなんて、この映画はなんてワイルドな経験になったんだろうって思うよ。サプライズを受け入れて、創造性に打ち込むこということは、シンプルな真実に過ぎないのかもしれない。でも、それこそが『フィールズ・グッド・マン』について考えたときに僕の頭に浮かぶことなんだ」
text Nao Machida
『フィールズ・グッド・マン』
2021年3月12日(金)よりユーロスペース、新宿シネマカリテにて公開。ほか全国順次
公式HP:https://feelsgoodmanfilm.jp
STORY
マット・フューリーの漫画 Boy’s Club」は、チルでハッピーなキャラクターたちが繰り広げる若者のリアルな日常を描き、カルト的な人気を博した。しかしその主人公ぺぺが放ったセリフ「 feels good man(気持ちいいぜ)」が全ての始まりとなる。いつからか掲示板や SNSには、このセリフと共に“ネットミーム”として改変されたぺぺが溢れだした。2016年アメリカ大統領選時には、匿名掲示板「 4chan」でオルタナ右翼たちが人種差別的なイメージとともにぺぺを大拡散。挙句に ADL(名誉毀損防止同盟 )からヘイトシンボルとして正式認定される始末…。マットの思いとは裏腹にぺぺの乱用は更に加速し、なんとトランプ大統領の誕生に一役買うまでになり…。
出演:マット・フューリー、ジョン・マイケル・グリア、リサ・ハナウォルト、スーザン・ブラック モア、サマンサ・ビー、アレックス・ジョーンズ、カエルのぺぺ 監督・脚本:アーサー・ジョーンズ
撮影・脚本:ジョルジオ・アンジェリーニ 編集・脚本:アーロン・ウィッケンデン
原題:Feels Good Man 2020 年/アメリカ/94 分 配給:東風+ノーム
(C)2020 Feels Good Man Film LLC
公式FBページ:https://www.facebook.com/FeelsGoodManFilmjp/
公式ツイッター:https://twitter.com/FeelsGoodManjp
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/feelsgoodmanfilmjp/
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