異質な他者とのつながりが照らしだす人間のありかた

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 韓国の現代SF。キム・チョヨプは1993年生まれ、大学院在学中の2017年にデビューした俊英だ。本書は七つの短篇を収録し、著者の「日本語版への序文」と「あとがき」、文学評論家イン・アヨンの「解説」が付されている。

 どの作品もアメリカ50年代SFあるいは日本60年代SFのような取っつきやすいアイデアストーリーで、奇抜な意匠や過剰な設定はない。しかし、アイデアの独創性だけで読ませる作品ではなく、普遍的なテーマ、現代的な問いが含まれている。チョヨプの声は穏やかだが、非常に切実な響きがこもっている。

「巡礼者たちはなぜ帰らない」は、奇妙なイニシエーションの物語だ。その村では十八歳になると、だれもが移動船に乗って「始まりの地」へと巡礼する。移動船は一年後に帰還するが、巡礼者のうち何人かは戻ってこない。村の大人たちは彼らについてふれることはなく、その存在はやがて忘れられていく。語り手の少女デイジーは、帰らない巡礼者の謎を求め、村の起源にかかわる資料を探しはじめる。そうして行きあたったのが、リリーとオリーブの物語だ。

 チョヨプの文章は平易だが、この作品では物語のなかに別な物語が嵌めこまれるという、小説空間の構造に工夫がある。嵌めこまれた物語の主人公がオリーブだ。デイジーが住む村が寓話的色調を帯びていたのに対し、オリーブが生きる地球は私たちの現実と地続きだ。デイジーの村とオリーブの地球。そのつながりと違い。この視差によって、テーマが立体的に鮮明化する。それは、ル・グィンが「オメラスから歩み去る人々」で描いたものに近い。

「スペクトラム」も、物語のなかに物語を嵌めこんだ構造を取っている。外枠の物語の語り手は、祖母の思い出をたどっていく。祖母は宇宙探査隊に参加した生物学者だったが、探査船の遭難によってただひとり生き残った。彼女は知的生命体とファーストコンタクトを果たしたと言うが、その惑星の位置を示すことはできず、コンタクトの証拠もない。世間は彼女を虚言癖と断じた。

 嵌めこまれている物語は、その祖母ヒジンが主人公で、ファーストコンタクトの真相が進行形で綴られる。地球の生物とは大きく異なる生態。人間の感覚では理解できない完全なる他者。しかし、だからといってまったく通じあえないわけではない。

 異質な他者とのつながり。その過程で問い直される「人間であること」の本質。

 このテーマは、次の「共生仮説」でも取りあげられる。この作品は、一度も行ったことのない場所の記憶を持つリュドミラ・マルコフの物語としてはじまる。彼女はその記憶に基づいて絵を描き、その強烈なイメージがひとびとを魅了した。

 物語はリュドミラの死後へとつづき、そこで視点が切り替わる。ニューロンレベルで脳活動をスキャンできる技術が確立され、赤ん坊の無意味なつぶやきの分析がおこなわれる。その結果は驚くべきものだった。

「わたしたちの始まりの場所」
「僕たちの惑星が見たい」
「リュドミラ」
「リュドミラ」
「リュドミラ」

 実験対象となった赤ん坊の脳内には、いくつもの人格が存在し、失われた場所への郷愁を語りあっている。この信じがたい事態は、かつてリュドミラが描いた絵(その元となった不思議な記憶)と、どう関係しているのか?

 チョヨプの作品にはドラマチックな感動(定型的な喜怒哀楽)はない。読む者の心を静かに波立たせ、ゆっくりと振り返らせる。

(牧眞司)

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