金正恩が受け継いだ「核とミサイルへの信奉」(ジャーナリスト 平井久志)

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※この記事はニュース解説サイト『Foresight』より転載させていただいたものです。 http://fsight.jp/ [リンク]

「軍事技術的優位は、もはや帝国主義者の独占物ではなく、敵が原子爆弾で我々を威嚇、恐喝していた時代は永遠に過ぎ去った。今日の荘厳な武力示威がこれを明白に実証するであろう」

北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)第1書記が今年4月15日の金日成(キム・イルソン)主席誕生100周年を祝う閲兵式で行なった演説の一節である。この演説は、本来、4月13日に「光明星3号」の打ち上げに成功した上で行なわれるべきものであった。その上でこの演説を行ない、閲兵式の軍事パレードで長距離弾道ミサイルを誇示してこそ「敵が原子爆弾で我々を威嚇、恐喝していた時代は永遠に過ぎ去った」という言葉が重みを持った。北朝鮮が4月13日に「人工衛星」打ち上げに失敗したことで、金正恩氏のこの言葉が空しく響いた。

しかし、北朝鮮はそれから約8カ月を経て、この言葉の持つ意味を国際社会に再認識させることになった。

変わらぬ信念

北朝鮮は12月12日午前9時49分46秒に、同国北西部にある平安北道鉄山郡東倉里の「西海衛星発射場」から「光明星3号2号機」を打ち上げ、9分27秒後である9時59分13秒に軌道に進入させた。

朝鮮中央通信は「光明星3号2号機は97.4度の軌道傾斜角で近地点高度499.7キロ、遠地点高度584.18キロの極軌道を回っており、周期は95分29秒である」とし、「光明星3号2号機打ち上げの完全な成功は、朝鮮労働党の科学技術重視政策の誇らしい結実であり、自主的な平和的宇宙利用の権利を堂々と行使して国の科学技術と経済を発展させるうえで画期的な出来事となる」と成功を称えた。

金正恩後継政権は金正日(キム・ジョンイル)政権の路線を継承しつつも、ある面では独自性も出してきた。それは「党主導の体制運営」「人民の生活向上重視」「情報の公開」などの特徴を持っていたが、金正恩第1書記が金日成主席、金正日総書記と変わらぬ信念を持っていることも忘れてはならない。それは「核とミサイルへの信奉」である。

この3人の独裁者が抱いたのは、「米国に直接到達する核兵器の保有」という願望だ。それを保有することこそが「原子爆弾で我々を威嚇、恐喝していた時代は永遠に過ぎ去った」と断言できる根拠を確保することであり、そうなってこそ体制を維持する基盤が確立されるという信念であった。

1万3000キロなら米本土をカバー

北朝鮮の今回の「光明星3号2号機」の打ち上げ成功は、北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)技術獲得に大きく近づいたことを意味する。

韓国の金寛鎮(キム・グァンジン)国防相は、今回発射されたロケットの射程は1万キロ程度との見方を示した。また、韓国軍消息筋によると、今回打ち上げた第1段目ロケットの燃焼時間は156秒で、4月に失敗した際よりも26秒延長することに成功した。これにより、今回のロケットの飛距離は1万キロから1万3000キロ以上になっている可能性があるという。

北朝鮮から1万キロならロサンゼルスなど米西部、1万3000キロなら米本土をほとんどカバーする。北朝鮮は射程だけを考えれば米本土を打撃することのできるミサイル技術を保有した。

さらに、北朝鮮にとって、これまではロケットの分離が大きな課題であった。北朝鮮の長距離弾道ミサイルの発射は今回で5回目だ。第1回目の1998年には第3段目のロケットの分離に失敗した。第2回目の2006年には第1段目の分離に、第3回目の09年には第3段目の分離に失敗した。第4回目の今年4月は発射2分余で第1段目ロケットが爆破して失敗した。その原因はロケット分離にあった可能性が高い。ところが今回は第1、第2、第3段目ロケットの分離にすべて成功した。

さらに、韓国の元世勲(ウォン・セフン)・国家情報院長は12月13日の国会情報委員会で、「北朝鮮は第3段目分離後に地上からの指令で飛行経路を変更する誘導操縦技術を獲得したものとみられる」と語り、北朝鮮のミサイル誘導技術の向上を指摘した。

もちろん、これだけではICMB技術を保有したとはいえない。ミサイルを大気圏外に上げる技術を獲得すれば、大気圏外では抵抗も少ないため射程延長は比較的容易である。

北朝鮮の今後の課題は2つ。まず、大気圏外に出たミサイルが再び大気圏内に突入する際にミサイル機能を失わない技術。具体的には、再突入の際の角度の調整などの誘導技術や高熱に耐える外壁素材の開発などだ。そして、もう1つの課題は弾頭部分の小型化である。北朝鮮が今回打ち上げた「光明星3号2号機」は100キロ程度に過ぎない。核弾頭を搭載するためには、核兵器の小型化を実現しなくてはならない。さらに、ロケットに搭載する重量をさらに大きくする改良も必要である。

米国にとって「現実の脅威」

オバマ政権はこれまで北朝鮮の政策の変化を待つ「戦略的忍耐」という路線を取ってきたが、この間に北朝鮮はウラン濃縮による核兵器の原材料の生産を続け、一方でミサイル技術の改善に努めてきた。

米シンクタンク・科学国際安全保障研究所(ISIS)は今年8月16日に、北朝鮮がプルトニウムとウランを合わせ核兵器12個から23個分を保有していると分析し、現在の状況を続ければ2016年には14個から48個を保有すると予測した。

オバマ政権の「戦略的忍耐」は、結果的には「戦略的放置」でしかなかった。今回の打ち上げ成功は、北朝鮮のミサイル技術が米国に到達可能な段階にさらに近づいていることを証明した。米国にとって北朝鮮の核・ミサイルは「現実の脅威」になろうとしている。

再選されたオバマ大統領は北朝鮮に対話の姿勢を示していた。しかし、北朝鮮はオバマ大統領の差し出した手を「ICBM開発」というナイフを突きつけながら払いのけようとしている。

北朝鮮指導部は短期的にはマイナスであっても「ICBM」を保有することが米国との「真の対話」を生み出し、米国の「敵視政策」を転換すると信じているようだ。今回の「光明星3号2号機」打ち上げ成功で「対米カード」の価値が上がったのか、北朝鮮の孤立化をさらに進める自滅への一歩をさらに進めたのかはまだ分からない。

カーニー米大統領報道官は12月12日の会見で、北朝鮮による長距離弾道ミサイル発射を「オバマ大統領も懸念している」とし、「北朝鮮指導部が破廉恥な決議違反の道を選んだことは遺憾だ。圧力を加えて孤立させ、その行動に重大な結果を科すため、関係国と協力していく」と強い姿勢を示した。

しかし、米国の対北朝鮮政策に手詰まり感はぬぐえず、実際に鍵を握っているのは依然として中国である。

国際社会の虚を衝く

北朝鮮の朝鮮宇宙空間技術委員会は12月8日に「一連の事情が生じて『光明星3号2号機』の打ち上げ時期を調整する問題を慎重に検討している」と発表。さらに12月10日に「運搬ロケットの第1段操縦発動機系統の技術的欠陥が発見され、衛星打ち上げ予定日を12月29日まで延長することになる」と発表した。韓国では11日に大統領府高官がメディアに対して「ミサイルが発射台から撤去された」と語り、この情報は国内外に流れ、打ち上げが遠のいたとの見方が広がった。

しかし、国際社会の虚を衝く形で北朝鮮は12日に「光明星3号2号機」を打ち上げた。一部では北朝鮮が虚偽の情報を流した上で発射台周辺で偵察衛星の監視を攪乱させる動きをし、その隙に打ち上げたとの見方も出ている。「ミサイルが撤去された」との情報源となった韓国では政府批判の声が出て、野党側は大統領選を前に「安全保障をまともに担えない与党の政権継続を許すな」と批判を強めている。

日本の森本敏防衛相も12日の会見で「(11日に)据え置かれたものが取り外されたことは確認している」と述べている。韓国国防省は北朝鮮が打ち上げた後の会見で「11日午後にはミサイルは設置されていたことを確認し警戒を続けた」と説明しており、北朝鮮は11日午前にロケットを発射台から外す動きを見せ、同日午後には再び発射台に戻したとみられる。

北朝鮮の一連の行動が国際社会を欺くフェイント作戦だったのか、それとも何らかの小さい故障が発見され平壌のミサイル工場から列車で部品を運び、11日に修理をして同日中に打ち上げができるようにしたのかは分からない。

韓国国防省は14日に担当記者団との忘年会を計画していたというから、韓国政府は発射が遠のいたと判断した可能性は高い。

しかし、米国が韓国への情報提供を遮断したとの一部報道は行き過ぎであろう。現在の米韓関係は日米関係よりも良好である。特に、有事作戦統制権の移管を控えている時期だけに米国がこうした情報を遮断することはあり得ない。

北朝鮮が何らかの技術的な問題を発見したが、早期に修理し、17日の金正日総書記の死亡1周年までに打ち上げようと努力したというのが実態ではないだろうか。

「遺訓貫徹」と「強盛大国」

一方、今回の「光明星3号2号機」の発射は北朝鮮の国内にはどのような影響を与えるのであろうか。金正恩後継政権にとって、打ち上げは米国との交渉カードの価値を上げること以上に、国内的な意味が大きかったとみられる。

朝鮮中央通信は12日、「光明星3号2号機」の打ち上げ成功を伝えながら、「全国に金正日総書記への限りない懐かしさと敬慕の念が満ち溢れている時期に、われわれの科学者、技術者は金日成主席の生誕100周年にあたる2012年に科学技術衛星を打ち上げるという金正日総書記の遺訓を立派に貫徹した」とその意義を称えた。

北朝鮮は12月17日に金正日総書記の死亡1年目を迎える。「光明星3号」打ち上げは金正日総書記の「遺訓」であった。北朝鮮が今回打ち上げた「人工衛星」を「光明星4号」とせず、「光明星3号2号機」と命名したのも、4月に実現できなかった金正日総書記の見果てぬ夢である「光明星3号」を宇宙の軌道に乗せることが「遺訓貫徹」の道であるからだ。

今回の衛星打ち上げについて、北朝鮮は当初、12月1日に朝鮮宇宙空間技術委員会スポークスマンの談話を朝鮮中央通信が報道し、12月10日から22日の間に衛星を打ち上げると発表した。しかし、この報道は労働新聞や朝鮮中央テレビなど北朝鮮の一般住民が接することのできるメディアでは報じられなかった。人工衛星打ち上げは12月12日に成功が大きく報じられるまで、国内メディアで報じられることはなかった。

これは外国メディアまで招いて打ち上げを大々的に予告した4月とは大きく異なる。北朝鮮当局は失敗した場合を恐れて、住民に打ち上げを予告することを避けた。

また、北朝鮮はこれまで金日成主席の誕生100周年である今年を「強盛大国の大門を開く」年としてきた。北朝鮮で「強盛大国」というスローガンが頻繁に登場するようになったのは1998年8月に北朝鮮が「光明星1号」を打ち上げたころからであった。この時は第3段目のロケット分離ができず、「光明星1号」を軌道に乗せることに失敗したが、北朝鮮は打ち上げに成功し「光明星1号」は軌道に乗ったと主張した。

軍部の不満を抑え込む効果

北朝鮮住民にとって人工衛星「光明星」打ち上げは北朝鮮の科学技術の発展を示すものであり「強盛大国」の象徴であった。

だからこそ北朝鮮当局は何としても2012年中に「光明星」の打ち上げを成功させる必要があった。北朝鮮はこれまで、人民の生活向上という約束を果たせないでいる。「強盛大国の大門が開いた」という発表もなく、「強盛大国」という言葉すら消え、最近は「強盛国家」という言葉にすり替わっている。北朝鮮当局は「強盛国家建設のスタート」を示すためにも、衛星打ち上げを成功させる必要があった。それが「金日成国家」の「金日成民族」が金日成主席の誕生100年の2012年に奉じなければならない成果であったからだ。

さらに権力内部ではこれまでの軍優位の体制運営を党主導に転換し、軍内部では不満が蓄積している。世界の社会主義国家で軍人が軍服を脱いで背広を着て権力の座に座るケースが多いが、党人が背広を脱いで軍服を着て軍を統制するケースはない。金正恩後継政権は今、先軍を掲げながら党が軍をコントロールするという、実験的な国家運営をしている。李英鎬(リ・ヨンホ)総参謀長は解任され、金正角(キム・ジョンガク)人民武力部長が解任されたとみられるなど、軍部の人事刷新が進んでいる。特に、軍人出身でない崔龍海(チェ・リョンヘ)軍総政治局長が軍を統制する中で軍の不満は蓄積している。北朝鮮の軍部は何重にもめぐらされた党のチェックの中でクーデターなどを行なうことは困難だが、ICBMを視野に入れた長距離弾道ミサイル発射の成功は軍部の不満を抑え込む効果はある。

北朝鮮は4月13日に開かれた最高人民会議第12期第5回会議で憲法を改正し、その前文で「金正日同志は世界社会主義体系の崩壊及び帝国主義連合勢力の悪辣な反共和国圧殺攻勢の中で、先軍政治により金日成同志の高貴な遺産である社会主義戦取物を光栄に守護し、私たちの祖国を不敗の政治思想強国,核保有国、無敵の軍事強国として転変させられ、強盛国家建設のきらびやかな大通路を開けておかれた」と記し、金正日総書記の功績が北朝鮮を「核保有国」にしたことだとした。

金正日第1書記は「光明星3号2号機」の打ち上げ成功で、祖父、金日成主席と父、金正日総書記の宿願であった「米国に届くICBM」を可視圏に入れることに成功し、これを成果に後継政権の基盤を強化しようとしている。

北朝鮮メディアは14日、「光明星3号2号機」の打ち上げにあたり、金正恩第1書記が自ら「真筆命令」を下し、平壌郊外の衛星管制総合指揮所で最終的な打ち上げ命令を出したと一斉に報じ、今回の打ち上げが金正恩第1書記の直接的な指導のもとで行なわれたことを強調した。金正恩第1書記は発射後、「技術的に難しい、寒い冬の発射だったが大成功だ。誇らしい勝利だ」と称え、打ち上げを「今後も続けていかなければならない」と「人工衛星」(長距離弾道ミサイル)打ち上げを続ける姿勢を明確にした。

のしかかる負の影響

しかし、今回の実質的な長距離弾道ミサイル発射が金正恩後継政権にプラスになるだけではないことは、本サイトの「北朝鮮『政軍関係の軋み』で『ミサイル発射』の悪手」(2012年12月4日、5日)で指摘した。

オバマ政権との関係改善はこれで遠のいた。北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議の再開も困難になった。

北朝鮮の生命線を握る中国との関係も摩擦が予測される。中国は金正恩第1書記の訪中を早期に受け入れることが難しくなった。北朝鮮が準備している経済管理改善措置という経済改革には中国の資金と物資の支援が必須だが、ミサイル発射自制要求を無視した北朝鮮に中国がすぐに大規模支援をするかどうかは疑問だ。

韓国では19日に大統領選挙の投票が行なわれる。与党・セヌリ党の朴槿恵(パク・クネ)候補も、野党・民主統合党の文在寅(ムン・ジェイン)候補も南北関係の改善を訴えているが、今回の長距離弾道ミサイル発射で対北朝鮮政策の転換には時間が掛かろう。与党候補が当選しても野党候補が当選しても、金剛山観光の再開や南北貿易を禁じた5.24措置の撤廃などが行なわれるとみられたが、新政権がすぐに融和的な姿勢に転じることが難しくなった。

日朝関係も政府間交渉が始まったが、日本政府はミサイル発射計画の発表で12月5、6日に予定されていた協議を取り消した。それでなくても選挙後に安倍政権が登場すれば、対北朝鮮強硬路線がさらに強まることが予想されただけに、今回のミサイル発射が強硬路線を後押しする可能性が高い。

国際社会が金融制裁などの経済制裁強化に向かえば北朝鮮の経済的な孤立がさらに深まる。中国が3回目の核実験を阻止するために原油供給中止などの圧力を水面下で掛ければ「人民生活」が苦難に直面する。

金正恩後継政権は「光明星3号2号機」打ち上げで短期的には政権基盤を強化しても、対内的にも対外的にもマイナスの要素が多く、収支計算はむしろマイナスになる可能性が高い。

「核実験へ進む論理」と中国の出方

国連安全保障理事会は12日、北朝鮮が人工衛星打ち上げとする長距離弾道ミサイル発射を「安保理決議の明確な違反」と非難する報道談話を出し、さらに、引き続き「適切な対応」を協議すると表明した。

制裁強化を盛り込むのかどうか、安保理決議や議長声明について協議が行なわれるが、焦点は中国の対応だ。

中国は北朝鮮の発射を国連安保理決議違反としながらも、北朝鮮への制裁強化はさらに北朝鮮を挑発行為に追い込むとして、制裁には消極的な姿勢を示している。

韓国国防省報道官は13日「北韓(北朝鮮)は今年夏、豊渓里核実験場で壊れた施設を復元し、準備をすれば核実験をやる能力を持っている」とし、「必要なら核実験をすることができる」と述べた。国家情報院も国会の情報委員会で「必要と思えば短期間の準備でいつでも3回目の核実験を行なうことが可能」との見方を示した。

しかし、北朝鮮は今回の衛星打ち上げでも一応の手順を踏んでおり、宇宙空間の平和利用の権利という枠組みを崩していない。一気に核実験へと進むには名分がない。

過去2回の核実験が長距離弾頭ミサイル発射の後に行なわれただけに、長距離弾道ミサイル発射と核実験をセットと考えがちだが、必ずしもそうではない。

北朝鮮の過去4回の長距離弾道ミサイルの発射をみると、1998年にはまだ北朝鮮に核実験の能力がなく「光明星1号」(テポドン1号)の発射があっただけだった。

北朝鮮は2005年2月には核兵器保有を宣言した。

06年7月5日にテポドン2号を発射したが、ロケット1段目の分離に失敗した。北朝鮮外務省スポークスマンは翌6日にミサイル発射を確認し、「これに言いがかりをつけ、圧力を加えようとするなら、わが方はやむを得ず他の形態のさらに強硬な物理的行動措置を取らざるを得ない」と警告した。国連安保理は7月15日に中国、ロシアも賛成し北朝鮮非難決議を採択した。これに反発した北朝鮮は10月3日に外務省声明を発表し、「米国の反共和国・圧殺策動が極限点を越えて最悪の状況をもたらしている諸般の情勢の下で、わが方はこれ以上、事態の発展に手をこまねいて見ていることができなくなった」とし核実験を行なうことを予告し、そして10月9日に第1回目の核実験を行なった。

第3回目のミサイル発射は09年4月5日の「光明星2号」(銀河2号ロケット)の打ち上げであった。国連安保理は4月13日に北朝鮮のミサイル発射を非難する議長声明を中国、ロシアも賛成する全会一致で採択した。北朝鮮外務省は4月29日に、国連安保理が議長声明を謝罪しないなら核実験や大陸間弾道ミサイルの発射実験を行なうと声明を出した。そして5月25日に第2回目の核実験を行なった。

第4回目は今年4月13日の「光明星3号」(銀河3号ロケット)の打ち上げであった。北朝鮮は核実験などする計画は当初からなかったとして核実験は行なわなかった。

こうした過去の事例を見るならば、北朝鮮が核実験を行なうかどうかは国連安保理の決議内容の強さや、中国がこれにどう関係しているかが焦点だ。

米国の微妙なスタンス

北朝鮮は今回の「光明星3号2号機」打ち上げに対する国連安保理の非難の内容やレベルを見ながら核実験を行なうかどうかを決めるだろう。それが北朝鮮を本当に圧迫するようなものになれば、これを口実に第3回目の核実験に踏み切る可能性がある。そして、ここでも鍵を握るのは中国だ。中国は今年4月には胡錦濤国家主席が直接訪中した金永日(キム・ヨンイル)党国際部長に対し、核実験をするなら原油供給中断を含む強硬措置を取ると威嚇した(2012年5月15日「胡錦濤主席の叱責――『核実験阻止』に全力を挙げる中国」参照)。中国はあるレベルまでの北朝鮮非難に同調しながら、安保理での制裁強化は北朝鮮を3回目の核実験に追い込むと反対するであろう。一方、「人民生活の向上」を掲げる金正恩政権にとって中国の支援中断は体制の危機を招きかねないだけに中国の猛反発を食う核実験を強行するには相当の覚悟が必要だ。

もう1つは2期目を迎えた米国のオバマ政権がどう出るかだ。米国は北朝鮮が「光明星3号2号機」の打ち上げを発表してからは打ち上げ中止を強く要求したが、なぜかその前はミサイル発射場で活発な動きがあったにもかかわらず冷静な姿勢を崩さなかった。

今回の「光明星3号2号機」打ち上げ後も、北朝鮮を批判し、金融制裁を含む制裁強化を準備しながらも「もう1つの道」に言及し続けていることは関心を引く。

カーニー米大統領報道官は「北朝鮮が孤立を終わらせる道は依然残されている」と述べ、北朝鮮が安保理決議などの義務を順守すれば米国との関係改善も可能になるとの考えを示した。また、ヌランド米国務省報道官も「この新しいリーダー(金正恩第1書記)には選択肢がある。彼は国際的孤立から抜け出し、国民に安心を与え、違う人生を歩ませ、発展への道筋を描くことができる立場にいるのだ」と付け加えることを忘れなかった。

ヌランド報道官は13日、金正恩第1書記が「人工衛星」(長距離弾道ミサイル)打ち上げを継続すると述べたことに対し、「国民の貧困、飢え、苦しみが深刻化する。国民の将来を気にしていないということだ」「間違った選択をしている」と強く批判した。その上で「まだ針路の変更は可能だ」との言葉を付け加えた。

今年の4月と8月に米軍用機が平壌を訪問し、これにはホワイトハウス当局者が乗り込んでいたとみられている。ホワイトハウスは米軍用機の訪朝をあいまいに否定しているだけで明確な否定はしていない。米朝が水面下で秘密の対話チャンネルを稼働させているのかどうか。これが米国の主張する「北朝鮮が孤立を終わらせる道」につながるのかどうか。

トウモロコシ580万トン分

韓国政府は、ノドン・ミサイルやムスダン・ミサイルなど中短距離ミサイルの開発に4億ドル、1998年に発射したテポドン1号系列のミサイル開発に1億4000万ドル、平壌市山陰洞の兵器研究所建設に1億5000万ドル、ムスダン・ミサイル基地に2億ドル、今回打ち上げた銀河3号ロケットなどテポドン2号系列のミサイル開発に3億ドル、人工衛星開発に1億5000万ドル、東倉里ミサイル基地建設に4億ドルなど、北朝鮮が計17億4000万ドルを注ぎ込んだとしている。韓国政府はこれはトウモロコシを購入すれば580万トン、北朝鮮住民の19カ月分の食糧を確保できる金額と批判している。

北朝鮮の一線の外交担当者たちが、今回の衛星打ち上げの成功を内心、苦々しく思っていることは間違いない。対米、対中、対日、対南(韓国)各担当者とも、相手国との関係改善の道筋はまた難しくなった。必死の思いで対話ルートをつくり、協議に持ち込もうとすると本国の近視眼的な強硬路線派が自分たちが築いた道筋を壊す。そしてまた最初からやり直しを迫られる。そして、その試行錯誤の中で、北朝鮮住民たちの「苦難の行軍」はまだ続く。トウモロコシ580万トンは宇宙の彼方に消えた。

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平井久志 Hisashi Hirai
ジャーナリスト

1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員、早稲田大非常勤講師。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

※画像:北朝鮮の女性兵士
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