あなたの隣のニセ科学

あなたの隣のニセ科学

今回は片瀬久美子さんのブログ『warblerの日記』からご寄稿いただきました。

あなたの隣のニセ科学

※このエッセイは、JOURNAL of the JAPAN SKEPTICS Vol.21に寄稿したものを転載しています。

普段、私が主に扱っているのは、 “科学を装っている”けれども実際は科学ではない「ニセ科学」です。この“ニセ”という言葉には批判的なニュアンスが込められています。一般的に言う疑似科学は“科学っぽく見える”ものが対象なので、「ニセ科学」よりも概念の範囲が広くなります。例えば、機動戦士ガンダムの「ミノフスキー粒子」は疑似科学ですが、ニセ科学の対象とはなりません。

「ニセ科学」の中でも深刻なのが、健康関係のものです。効果が無いばかりか、それによって健康を害したり、害が少ないものであってもそれだけの治療に頼りきってしまうことで、病状が悪化して死に至ったりします。「手かざし」等による“気を注入して治す”などのあやしげな治療はどちらかというとオカルトに属すでしょうが、理論を科学的に装ったものであれば「ニセ科学」の範疇に入ってきます。例えば、インチキ病気検査&治療機械であるラジオニクスの一種であるQRS装置による高額な検査は今年1月に朝日新聞にも取り上げられて問題指摘されましたが、爪や毛髪が発する“気”を電気的に測定することで被ばく量やガンを診断すると科学を装って説明しているので、ニセ科学として良いでしょう。

ニセ科学の一般の人達への広まり

私の知人は、出産後まもなく初期の乳癌だと診断されて病院で治療を開始しましたが、抗がん剤を服用している間は母乳が与えられないことに対して、“善意”の人から「粉ミルクで育てると将来子どもに何らかの障碍が現れるし、抗がん剤による治療は寿命を縮めるだけなので早く中止しした方が良い」と熱心に言われて不安になったところで、「免疫を上げて癌を消して再発も予防する画期的な自然療法」が宣伝されている本を読み、病院での治療を放棄してそのあやしい代替療法に切り替えてしまいました。まだ初期の乳癌であり病院できちんとした治療を受けていたら8割以上の人で10年以上の生存率が見込まれるケースでした。知人は普段は冷静な人だったのですが、産後でナーバスになっているところに癌治療への不安を煽られたことに加えて、子をより安全に育てねばという気持ちから、治療の選択を誤ってしまいました。

この様にして、「ニセ科学」によるニセ療法はその賛同者による“善意”によって広められ、また人の心の不安を巧妙に利用してきます。ニセ療法にはもちろん公的な認可はされないので健康保険の適用外であり、“治療費”は自ずと高額になります。悪質なニセ療法では、効果が無くて病状が悪化しても患者が離れて行かないように、治療の過程での毒出し効果による一時的な悪化(好転反応)という言い訳をして患者をつなぎ止めます。知人の場合も、癌の転移などによる病状の悪化を好転反応だと説明されて、謎の血液検査をして「免疫力は順調に上がっているから治療は上手く行っている」と言いくるめられていました。

知人は効果の無いとても高額なニセ療法に散財させられた挙げ句に、無治療の状態同然となっていたので全身の至る所に癌が転移していき、しまいには体を横たえていることすら苦痛になり、ようやくこれは“好転反応”ではなくて治療が上手く行っていないのではないかと疑念を持つに至り、病院に駆け込みましたが既に手遅れで、全身に転移した末期癌の激しい痛みに苦しみながら亡くなりました。知人は再入院してから自分の体の状況を知り、幼い子を残して先立たねばならないことを嘆いて、病院での治療を放棄したことを最後はとても後悔していました。

知人の“治療”を請け負っていたニセ療法者は、知人の死後に責任を問われると「この療法の選択をしたのは彼女であり、全て彼女の判断による自己責任」だとして逃げてしまい、遺族も泣き寝入りしてしまいました。こういうケースはあまり表沙汰にならないのですが、かなりの数の被害者がいるのではないかと推測しています。

私が特に憤りを感じるのは、ニセ療法者が不安を煽ると同時に子を守ろうとする親の気持ちを上手く利用することです。同様なことは、アトピーや発達障害などの子どもの親に「ニセ療法」が群がってくることにも言えます。東電の原発事故後では、「子どもを放射能から守る」等と称する団体に、ニセ科学やそれに基づくニセ療法が深く入り込んできている状況があります。子を守ろうとする親心を巧みに利用しており、さらにそれを信じてしまった人達によって善意で広められているのがやっかいです。放射能対策として、微生物がその害を防ぐとして、米のとぎ汁を常温放置して自然発酵させたものを子ども達に飲ませたり、家中に散布して「浄化」することを推奨したりしています。(最近も調べましたが、まだやっている様です) また、1本(500ml)4500円という高額なEM菌飲料(放射性物質排出効果があると信じている人達がいます。また、癌などの多様な病気に効果があるとする本が出版されていますが、きちんとした検証はされていません)を飲むことを勧められた母親達が熱心に共同購入している例もあります。また、マクロビオティック(肉・魚・牛乳・卵などの動物性食品を禁止し塩辛い味付けの食事を推奨する、生体元素変換というニセ科学の理論による誤った栄養学に基づく食事療法)の実践が放射性物質から体を守るとして、母親を集めた放射線勉強会や子育て中のお母さん達のために書かれた放射能対策本を通じて各地で広められました。育ち盛りの子どもにタンパク質が不足した食事を摂らせ続けることは健康上の問題があり、過去の文献にもマクロビオティックによる栄養失調による子ども達の健康被害が多数報告されています。

この様にして、今までニセ療法関係とは縁が薄かった健康な子を持つ一般の親達にまで、原発事故後ではいろいろな形でニセ科学が味方のフリをして近付いてきており、友人などの身近な人達を介して広められていく機会が増えてしまいました。

ニセ科学批判の難しさ

私がニセ科学に対する批判を本格的に始めたのは上述した知人の悲惨な死が切掛けでした。知人が癌治療を切り替えたという話を聞いた時、大丈夫かしらと思いましたが、もし体調が悪くなったらすぐに病院に戻るだろうと甘く考えていました。癌治療を代替療法に完全に切り替えるという話を聞いた時、止めておいた方がいいと思ったのですが、それを本人に言うと気を悪くしてしまうのではないかと躊躇してしまい、主治医の先生がちゃんと本人に説明するだろうと人任せにしてしまいました。その当時、私は癌の発生機構とも関わる細胞の仕組みの研究をしており癌関連の知識もそれなりに持っていたので、その時に私の方からも情報を提供して、治療の選択をする判断の材料に加えてもらうべきだったと、後悔しています。

一方で、その人の判断に介入することについては、パターナリズムの問題が常に付きまとってきます。「~すべきだ」と指導するのは、その人の人生に責任を負えない者が軽々しくしてはいけないと思いますし、他者に価値観を一方的に押しつける形になってしまうのは良くありません。多くの場合は、情報を一般に向けて広く提供することで本人が下す判断の材料に加えてもらう程度にするのがいいと思いますが、それでも難しさを感じる事がよくあります。

ニセ科学を信じて支持している人達は、ニセ科学提唱者から誤った情報を与えられてそれが科学として成立するものだと思っています(現代の未発達な科学では通用しないが、未来では科学として認められる、等)。ここで、ニセ科学提唱者による他者への判断介入という問題が既に起きています。 「それは科学的に間違っている」という科学の視点からの批判に対して、ニセ科学提唱者は支持者達に向けて批判者の方が間違っているのだと教え込みます。支持者達は教えられた通りに批判者の方こそ間違っていると思うので、自分達にとっては正統である考え方(または価値観)への冒涜だと感じてしまい、ここで行き違いが生じます。ニセ科学批判そのものは、ニセ科学とそれに基づく行為に対する批判なのですが、ニセ科学を信じてしまった人達からは自分達に対する攻撃だと受け止められてしまいがちであり、反発が強まります。こういう構図はよくありがちで、カルト問題とも重なっており、とてもやっかいです。

社会問題としてのニセ科学

あるニセ科学を信じているグループが小集団であり、その中だけの趣味的なものに留まっている場合でしたら、社会として大きな問題にはなってきません。しかし、支持者が増えてきて、公共の場に進出してくると問題が大きくなってきます。ニセ科学による誤った行為が公共の場で行われ出すと、無関係な人達まで巻き添えになってしまいます。政治家に熱心な支持者が現れると税金が無駄に投入されてしまったり、おかしな政策が実施されたりする恐れがあります。教員が信じてしまうと学校教育の場に入り込み、生徒達にそれが「科学」として教えられるなど、困ったことが起きてきます。学校に入り込んだものとしては、水からの伝言やホメオパシーなどで実例があります。最近では、EM菌の誇大宣伝に期待した自治体が多額の税金を投入してしまったり、学校の授業の中でEM菌の「波動」などが大真面目に教えられていたりという、愕然としてしまう事実も発覚しています。あるニセ科学が公共の場に進出し始めたら、手をこまねいていると、どんどん社会に広まって悪影響を与えていきます。そういう兆候が出てきたものについては、特に注意喚起をしていくことが必要になります。

一連の批判にメディア等も加わっていき、その誤りの指摘が周知されて多くの人々が警戒するようになれば安易に信じてしまう人達は減っていきます。支持者が減って穏やかに衰退していってくれるのが一番無難です。ただし、一度廃れた様に見えても、同様なものが名称を変えて忘れた頃に復活することもあります。あるニセ科学をいくら批判したとしても、それを支持する人達を全て無くすことまでは困難で、それらを世の中から一掃することなどは難しいのですが、どういう手口があるかということを知ってもらうことで、新たな被害者となってしまう人達を少しでも減らすことができればと思います。

ニセ科学は日常のあちこちで、隙を狙っては入り込もうとしてきます。自分が騙されなくても、家族や親戚、友人の誰かが何かのきっかけで嵌ってしまうかもしれません。決して遠い別世界の出来事ではないのです。

執筆: この記事は片瀬久美子さんのブログ『warblerの日記』からご寄稿いただきました。

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