「ひとりの時間にこそ精神が充電されるので癒やしです」 闇落ちしたマンガ家が「ぼっち旅」に出て自分を取り戻した話が心に沁みる

旅先での景色を描いたボールペン画をSNSなどで発表している鳶田ハジメさん(@kazuholland_dr)が、2020年9月15日に『ぼっち旅 ~人見知りマンガ家のときめき絶景スケッチ~』をフレックスコミックス(ポラリスCOMICS)から刊行。沖縄の西表島、福井の東尋坊、北海道の網走、伊豆大島の紀行記が収録されており、Twitterでは単行本の「旅と人生」を「ずっと闇落ちしていたマンガ家が旅に救われた話」として公開されています。

「思い返せばいつも旅に救われていた」という鳶田さん。20代半ばまでは超インドア人間だったといい、子どもの頃は旅といえば家族旅行で「ずっとひとり旅なんて無縁だと思ってました」といいます。そんな鳶田さん、中学に上がりクラスの雰囲気になじめず、家もゴタゴタして誰にも心を開かなくなり、2年半くらい学校に行けず引きこもる「闇落ち」をすることになったといいます。

「そんな時期に自分を救ってくれたのは、ネットで出会ったゲーム仲間」という鳶田さん。特に親しくなった友人とはリアルでも遊ぶようになり、なんとか立ち直った高2の頃には「今度はこっちに来ない?」と仲間に誘われて初めてひとり旅を体験。北海道や鳥取砂丘、岡山に行ったりして、「それまでの家族旅行と違い、すべてが新鮮でした」と語ります。

20代に入り、漫画の道を志した鳶田さん。アシスタントをしつつ充実した日々を送りますが、ここで二度目の闇落ち! 「自己肯定感の低さの裏返しで『認められなくては』という気持ちが強すぎて、とにかく自他ともに厳しく、そしていつも瀕死でした」と振り返ります。

そんな時に、一念発起して友人を誘って沖縄本島へ行き、「泣きそうなくらい癒やされました」という鳶田さんですが、仕事に戻るとやはり瀕死に。また海に……でも誰とも日程が合わない……となり、「だったらひとりで行けばいいじゃない」と決意します。

ソロで沖縄はまだ自信がなく、選んだ行き先が千葉の鴨川。電車を乗り継ぎ、鴨川駅に降り立って南国の雰囲気を感じ、海の見えるリゾートホテルに泊まって癒やされ、「ここで充電してまた漫画頑張るぞ…」と思うのですが……。

「戻ってからも漫画が全然描けなかった」という鳶田さん。「何が好きか?何が描きたいか?焦りが募るあまり他人の意見に合わせすぎた結果、いつしか自分の感覚がわからなくなっていました」といい、好きだった漫画や映画を観ても何も感じず、アイデアやイメージも沸かず、「自分を見失った状態はとても怖いものでした」と振り返ります。

断腸の思いで長年目指していた漫画から離れることにした鳶田さん。「自分が自分でなくなるようで不安だった。けれど、不思議とホッとしたことを憶えています」と語り、長年抱えていた生き辛さから開放されたくて心の専門家を頼り、そこでさまざまな悩みを持った人たちと出会って、交流することで元気を取り戻していったといいます。

そしてある日。友人からの誘いで札幌に行くことになり、日本最北端の地・稚内に行くことを決意します。ですが、当日に自宅で起きたのはフライトの時間……。寝坊で初の飛行機遅刻。「どうにか飛行機に乗らないと!」と焦りますが、平日ということもあって「余裕だった……」といい、技術の進歩に感謝することに。

予定より遅れたものの、無事に札幌に到着。そこから長距離バスに6時間揺られて稚内に着き、「霧に包まれていてなんだかミステリアスに見えました」といいます。稚内には2泊3日の滞在で、宗谷岬や丘陵の風力発電群、エゾシカたちといった風景に夢中に。旅の終盤に夕日が綺麗というノシャップ岬に。ここで日本最北端の夕日に見とれて、「素直に感動している自分になんだか嬉しくなった」といい、「漫画が描けなくなったり、好きなものがわからなくなったりしたけれど、これからは、きっと大丈夫」と思います。シカが自由に歩いているところを見かけて「帰ったら絶対描こう」となり、「私はやっぱり描くことが好きだ」と思い出すことができたひとり旅だったといいます。

それ以来、北へ南へひとり旅をしてボールペン絵を描くようになった鳶田さん。COMICポラリスの担当編集さんに「何か描きませんか?」と言われて西表島のことを描き、「一度は離れた漫画の形で作品を世に出すことができ感慨深いです」といいます。

「誰かと行くわいわい賑やかな旅も好きだけど、ひとりだからこそ旅の時間を自由気ままに味わえる--そんな『ぼっち旅』が大好きです」と語ります。

今回、この『ぼっち旅』について、鳶田さんにお話をお聞きしました。

--『ぼっち旅』を刊行できたことに関して、率直な感想をお願いします。

鳶田ハジメさん(以下、鳶田):『ぼっち旅』ははじめての商業単行本なのですが、「ずっと闇落ちしていたマンガ家が旅に救われた話」にも描かせていただいた通り、一度は漫画を手放した身だったので、まさか自分がこんな日を迎えようとは……という、嬉しい気持ちと未だに実感のないような神妙な気持ちとが半々な心境です。

--特に2回めの「闇落ち」が、クリエイターとして本当にしんどいように感じました。

鳶田:自分は長い間、大手の少年誌や青年誌のような、キャラクターやストーリーを練り込んだスタンダードな漫画を描こうとしていた新人だったんですが、どうやらそのどちらも向いてなかったようで……。本来創作の形は自由なはずですが、かつて商業漫画界の先輩たちに「漫画=キャラやストーリーである」と教わり、またそれ以外の作風と自分をなかなか結びつけられなかったため、自分の特性に気づくまでは相当しんどくて、いつも死にそうになってました(笑)。また、周りの新人仲間が活躍していくのがすごく妬ましくて、焦ってました。
漫画を描くのをやめた後、いわゆる人間以外の(笑)、建物や無機物・動物やモノ・その空間の「雰囲気」の表現……などが意外に好きなことに気づきました。それからはイラストを描いていたのですが、その延長で旅先の景色や出来事にハマりました。この面白さを伝えるならやっぱり漫画かなぁ、と思っていたところにCOMICポラリスの担当さんにお声がけいただき、気づけば一冊の本ができていた……という具合です。
それもこれもネットやSNSなど、昔と比べて作品の発表の場が格段に増えたことや、それを楽しんで受け入れてくださる方も大勢いらっしゃるおかげだなと思います。ありがたいことです。

--ひとりで旅の魅力を、ご自身はどう感じていらっしゃるのでしょうか?

鳶田:いろいろありますが、自分の場合は「気が済むまでその土地の景色や街並みを見たり、空気を感じたい」という欲求が強いので、誰にも気を遣わず自分のペースで行動できることがとても大きいです。何より自分の性格上、誰かと長いこと一緒にいると人一倍気疲れしやすいところがあります。ひとりの時間にこそ精神が充電されるので、孤独な旅はとにかく癒しです。
あと、行って帰るまで基本的には全部自分ひとりで考えて行動しなきゃならないところもですね(笑)。知らない土地でひとりで行動すると、日常でぼんやりした五感や脳が刺激を受けて一気に活性化する感じがします。また、自分で決めた行程だと、何か失敗しても全部自分のせいなので、変に同行者を恨んだりしなくて済むところもシンプルで平和でいい(笑)。仮に失敗しても土産話として人に話せるし、「じゃあ次はこうしよう」と経験として生かしていけるのも楽しいです。

--『ぼっち旅』をする上で、何か気をつけていることはありますか?

鳶田:自分は何かとスマホ頼りになりがちなので、充電まわりや、万一に備えて飛行機のチケットや宿等の連絡先などを印刷しておいたりとかですね。あと、離島だと飲食店が少ない……ということがありますし、うっかり食いっぱぐれて飢えないように、いつも必ず飲み物と少しの食べ物を携行してます。
それから、以前財布を落として困ったことがあって、その時は奇跡的に無事で戻ってきたのでよかったのですが、現金の一部や身分証などはサブの財布に分けておいたほうがいいなと思いました。

--今「ここに行ってみたい!」というところを国内外問わず挙げるとすればどこになりますか?

鳶田:いろいろありすぎますが、国内ならまだ行ってない「日本最◯端」を制覇してみたいです。本州最北端の青森・大間崎、最南端の和歌山・潮岬や鹿児島・佐多岬、日本最南端の沖縄・波照間島など……。最南端の西大山駅から最北端の稚内まで青春18きっぷ旅もしてみたいです。それから島が好きなので、伊豆諸島を巡ったり、小笠原諸島まで片道24時間の船旅に出たい。沖縄と北海道は本州と全然空気感が違うので、いつでも、何度でも行きたいです。
海外は、自分の中でまだまだ遠い存在ですが、ロシアや北極圏など、想像のつかない寒さの国に憧れがあります。あとはサハラ砂漠やゴビ砂漠。比較的身近そうなのはタイの寺院やカンボジアなど東南アジアの遺跡。ハワイの火山。昔フランス史に興味があったので、ベルサイユや百年戦争ゆかりの地なんかにも行ってみたいです。

--読者の反響について、手応えやご感想をお願いします。

鳶田:旅エッセイとしてはライトな内容ですので、果たしてどれくらいの方に受け入れてもらえるだろうか……と思っていましたが、意外にもたくさんの方に楽しんでいただけたようですごく嬉しいです。
同じひとり旅好きの方が共感してくださったり、「ひとり旅してみたくなった!」という方やかつて旅人だった方、地元が登場して喜んでくださる方、「今は行きづらいけど旅の気分が味わえてよかった」という方などなど、いろんな方面からご反応をいただきました。
やはりこの時節柄、皆さんの旅への関心が高まっているのかな、という印象です。お手にとってくださった皆様、本当にありがとうございます。今後のことは未定ではありますが、ポラリス編集部が許してくれたらいずれまた新しい話を描きたいです。
そして早く自由に旅に出たいものですね。旅はいいぞ。

--ありがとうございました!

フレックスコミックス(ポラリスCOMICS)から刊行されているアンソロジー『まんが家女子、旅に出る。』には、鳶田さんの漫画「北海道いきもの紀行」が収録されています。「15名の漫画家さんが国内外を旅行した楽しいエッセイ集ですので、まだまだ旅に飢えている方はこちらもどうぞ!」とのことなので、旅気分を膨らませたいという人はこちらもチェックしてみてはいかがでしょうか。

『ぼっち旅 ~人見知りマンガ家のときめき絶景スケッチ~』(COMICポラリス)
https://comic-polaris.jp/tobitatrip/ [リンク]

※画像はTwitterより
https://twitter.com/kazuholland_dr [リンク]

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ふじいりょう

乙女男子。2004年よりブログ『Parsleyの「添え物は添え物らしく」』を運営し、社会・カルチャー・ネット情報など幅広いテーマを縦横無尽に執筆する傍ら、ライターとしても様々なメディアで活動中。好物はホットケーキと女性ファッション誌。

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