エンゲージド・ブッディズムへの旅(後編)
昨日に引き続き、井上広法さんのINEB国際会議参加レポートをお届けいたします。
INEB国際会議
ブッダガヤは仏教最高の聖地でありながら、大菩提寺の周囲に民家は少なく、街から少し歩くととてものどかな農村風景が広がっています。
大菩提寺のすぐ後ろにあるタイの寺院、ワットパーが今回の会場です。2年に一度開催されるこの会議はテーマも場所も様々で、その都度変わります。今回のテーマは「-The future of Buddhism- 仏教の未来」で、これから仏教はどのような役割を社会で果たしていくかを話し合います。
出席者はおよそ200名。インド、ネパール、スリランカ、タイなどの東南・南アジア、韓国・日本などの東アジア、そしてアメリカ・ヨーロッパ・カナダ・オーストラリア・南アフリカと全世界から集まります。そのうちおよそ60名が情報提供者、つまり発表者です。日本ではちょっと考えられないかもしれませんが、この会議、期間がとても長いです。プレイベントから入れると約2週間。その後のリトリートも入れると一ヶ月近くになります。さすがに全日程の参加は無理なので僕たち日本人グループはメインの会議だけの参加です。それでもフルで4日間になります。
会議はいくつかのグループに分かれており、参加者は自分の関心や興味から選ぶことができます。主なグループテーマは、「仏教とメディア」、「子どもへの仏教的情操教育」、「臨終と死」、「仏教と経済」、「仏教と有機農業」、「仏教と気候変化」と多岐にわたっています。
参加するのも発表するのも初めてのため、どういう雰囲気でこの会議が進められるのか最初は状況把握に必死でした。しかし、会議に訪れている参加者は皆誰もがとてもフレンドリーで、すごく積極的に話しかけてきます。しかも、ほとんどの方が英語は母国語ではありません。ジャパニーズ・イングリッシュというようにその国その国の特徴がありますが、あなたが話しているのは本当に英語なの?と思うような方もいます。
そして参加者の過半数は、20代から30代のとてもエネルギッシュな在家の方々です。仏教徒の国際会議、しかもブッダガヤの寺院を貸し切って行うのですから、どんなに厳粛なものかと思っていたのですが、会議といっても床に車座に座ってその中で話すというもの。こんなスタイルの会議は初めてでした。
写真でもおわかりの通り、パッと見ただけでは会議?と思ってしまいます。しかし、この緩い雰囲気ですが、参加者からの意見は真剣そのもの。思わず言葉が詰まるような質問が飛び出します。 まさに未来の仏教を語る次世代が集まっていたのです。
三宝(仏・法・僧)のもと
一言に仏教といっても様々です。前回も金剛宝座のところで述べましたが、国が違えばお参りのスタイルも異なります。今回のINEBの会議に参加しているメンバーも上座部仏教だったり、大乗仏教だったり、あるいは出家者だったり、在家の信者だったりと様々です。しかし、多種多様な仏教徒が一堂に会して今後の仏教について話し合う。これがこのINEBの会議です。
一日の始まりには、マハーボディーテンプルで早朝の空気の中、各々が自由に聖なる時間を過ごすことが出来ます。僕は、お念仏を称えながら、立ち上がっては座り、頭を地につける礼拝というものをしてお釈迦様に帰依と報恩の心を捧げました。そしてその後の朝食が終わると、講堂に集まりお勤めを全員でします。
国が変われば、お経の称え方も言葉も違います。大多数の人はじっと耳を向けています。南アジアのお坊さんのお経は、その風土のせいもあってかとてものどかです。まるで身体も心もほぐされるようなゆったりとした読経に包まれていました。つい旅の疲れからか不意にウトウトし始めてしまったその瞬間、今まで静かだった講堂全体にある偈文の大合唱が響き渡りました。
「ぶっだーん、さらなーーん、がっちゃんみーー」
そうです、パーリ語の三帰依文です。これは日本でもなじみ深く、仏教系の学校に通った方は入学式などの行事で唱えたこともあると思います。この三帰依文が日本でもおなじみなら、アジアでは当然のことで、これを知らない仏教徒はおそらくいないでしょう。
この三帰依文の大合唱により、信仰のスタイルが様々であっても、仏法僧の三宝に帰依する同じ仏教徒であると強く感じました。こここにいる仏教徒たちへの親近感が沸き、自分もINEBの一員なのだと感じ始めたのはこのときでした。また、様々な仏教徒が教理を越えて手を携えるときに、共通して根本を支えるのはこの三宝であると気がついたのもこのときです。
一人ひとりの抱えているもの
会議期間も中盤になって気がついたのですが、参加者の多くがいろいろな背景を抱えていました。あるインド人の青年は、カースト制で長年苦しんできた。バングラデシュの底抜けに明るい男性は、洪水被害で家族が犠牲になったと会議で吐露しました。また、長年続く民族紛争で国土も国民もずたずたになったと嘆く参加者もいました。皆、生きる上での苦しみを抱えていました。
しかし、それらの問題の解決を誰もが仏教に求めています。彼らにとって仏教は、机上のものではなく、現実の生活を改善する生きる上での重要なファクターなのです。彼らは高い理想を持って世の中を改善しようとするチャレンジャーとしてだけではなく、環境、差別、紛争などの悲しみと苦しみを抱いている一介の人間でもありました。
会議期間3日目の朝、いよいよ自分の発表が巡ってきました。僕の発表のテーマは「日本の仏教者による震災への救援活動」です。東日本大震災の当時の状況を映像で説明した後、日本の僧侶による救援活動について話を進めました。がれき撤去、炊き出し、義援金の為の街頭での托鉢、慰霊法要など多岐にわたる活動をひとしきり説明し終えると、車座の中で様々な質問や意見が飛び交います。
しかしながら、被災地の状況、私たちの活動に対する関心を飛び越えて質問に上がるのは福島第一原子力発電所の事故のことでした。話がヒートアップするにつれ話題は、その一点にますます絞られていきます。その中でも「日本の仏教者たちは原子力発電についてどういう意見があるか」と尋ねられたときは答えに窮してしまいました。海外からの原発事故への関心の高さを改めて知りました。
全日本仏教会が「原子力発電によらない生き方を求めて」という宣言を出したのは、僕たちが帰国してまもなくの頃でした。
エンゲージド・ブッディズムとは〜仏教の渚〜
様々な交流や意見の交換を行い、気がつけばあっという間に会議期間は最終日を迎えていました。そして、最終日の夜に参加者全員でキャンドル行進を行いました。一人ひとりがキャンドルを携え、ワットパーからマハーボディーテンプルまでゆっくりと歩きます。見上げれば、静寂な漆黒の闇にそびえ立つマハーボディーの塔は昼間の姿よりも一層、雄大で威厳を誇っています。
キャンドルを携えてぐるりと一周し、そして全員のキャンドルを一カ所に集めて祈りを捧げます。それは国籍を超えて、年齢を超えて、僧侶や在家という立場を超えて全員の気持ちが一つになった瞬間でした。誰も言葉にこそ発してはいませんでしたが、その表情から、この世界が平和で穏やかになれとの願いを窺い知ることが出来ました。
エンゲージド・ブッディズムへの旅、INEB国際会議はこうして平和と幸福に包まれて幕を閉じました。エンゲージド・ブッディズムを一言で語ることは、とても難しいことです。地球規模の環境問題、サブプライムローン問題から端を発した世界不況、そして先の見えない不安定な世界情勢。それら全ての問題を仏教が解決するとは言いません。しかし、2500年前に全ての生きとし生けるものに幸あれと真理を体得したお釈迦様のもと、このブッダガヤに世界中の仏教徒たちが集まり、これからの世界を仏教で幸福にしようと臨む姿勢は何らかのファクターとなって世界を導いていくはずです。大らかでこだわりを捨てていく精神の仏教は、この21世紀の人類にとってかけがえのないものであると思うからです。
この旅で僕が感じたのは、エンゲージド・ブッディズムは”仏教の渚”ではないだろうかということです。渚では、海と陸が交じり合い、そこには様々な生物が集まります。魚や貝や甲殻類などの海の生き物と陸側からは鳥類やほ乳類や昆虫類などが渚にて邂逅を繰り返します。渚は、いのちを支え、また新たないのちをはぐくみます。さらに進化の過程で生命が海洋から陸地に進出したのは、この渚からでした。
エンゲージド・ブッディズムは多種多様な仏教徒が協力して平和で穏やかな世界を目指します。東南・南アジアの上座部仏教と東アジアの大乗仏教が交流し、そして出家者と在家者が手を携えて共に社会問題に関わっていきます。歴史・地域・文化を越えて、微笑みあい、語り合い、協力するための共通のプラットフォームがこのエンゲージド・ブッディズムです。渚が多種多様な出会いから新たないのちを誕生させるように、このエンゲージド・ブッディズムが世界を幸せに導く新しいファクターを生み出すことを期待したいと思います。まさに「-The future of Buddhism- 仏教の未来」を語りあう旅でした。?
INEB国際フォーラムのお知らせ
ここでお知らせがあります。
来る11月10日に横浜市で本邦初のINEB国際フォーラムが開催されます。下記のリンクに詳細はありますが、今回のフォーラムではINEBの創設者であるスラック・シヴァラク氏を基調講演に迎え、INEB理事長のハルシャ・ナバラテナ氏、台湾臨床仏教研究所創立者の釋惠敏師、タイ・ブディカ仏教と社会ネットワークのパイサン・ヴィサロー師、前全日本仏教会事務総長の戸松義晴師、京都大学こころの未来研究センターの千石真理師をパネリストに迎えます。
エンゲージド・ブッディズムについて生の声が聞ける貴重な機会です。関心のある方は、こちらのリンクよりお申し込み下さい。
ウェブサイト: http://www.higan.net/
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