「虎の巻」ってなに?どんな大事なことが書かれているものなの?
マンガやアニメ、ゲームで秘伝書として登場する「虎の巻」は、勉強用の解説書や参考書を指して使われることもあります。
そんな虎の巻と呼ばれるものが元々どのような巻物、書物を指すのかご存じですか?
そこでここでは、虎の巻にどんな大事なことが書かれているのかはもちろん、なぜ虎なのかについてもご紹介します。
虎の巻の意味
虎の巻とは、門外不出の秘伝が書かれている書や問題の答えが書かれた参考書を指す言葉です。
それを見れば一気に成長できるものを総じて「虎の巻」と呼んだりすることもあります。まずはその意味について解説します。
意味①:秘伝書
虎の巻には門外不出の秘伝が書かれている書という意味があります。
古くは兵法について書かれていたものが多く、その他にも芸事などの奥義が記されていたものを指します。
それを見るだけで専門的な知識や技術を習得できるような書物を指していました。
現代では限られた人しか知らない知識や技術を記載したマニュアルやガイドブックという意味合いでも使われています。
意味②:参考書
虎の巻は①の意味から転じて、教科書などに対する参考書を指す書の意味で使われることが増えていきました。
そこから解説書などもまとめて「虎の巻」と呼ぶように派生していったそうです。
教科書だけでは分からないことが多くても、参考書や解説書を見れば答えがわかりますよね。
また、その問題に対する解き方や考え方もわかることから転用されました。
見れば問題に対しての答えがすぐにわかることなどから、近年では勉強に使える書物を指すことが多いです。
その他、学ぶ際に何度も読み返せることから手引書や入門書などの意味でも使われることがあります。
虎の巻の由来
虎の巻の意味については分かりましたが、そもそもなぜ「虎の巻」と呼ぶのでしょうか?ここからはその言葉の由来についてご紹介します。
虎の巻は兵法書
もともと「虎の巻」は、とある兵法書のことを指しています。
周という古代中国の軍師「呂尚(太公望)」が書いたとされる兵法書「六韜三略(りくとうさんりゃく)」のうち、「六韜」の2巻に書かれた「虎韜(ことう)」の内容に由来しています。
六韜は、周の創始者だった武王の質問に対する呂尚の答えという形式の兵法書です。三略もまた、太公望こと呂尚によって書かれたとされる兵法書です。
作者が同じで内容も共に兵法書ということで、本来別々の書物なのですが、六韜と併称され「六韜三略」と呼ばれています。
そして虎の巻にあたる虎韜は、全3巻ある六韜のうちのひとつです。
この虎韜に書かれた内容を、後世において兵法の奥義と評価されたことから、奥義の書かれた書物を「虎の巻」と呼ぶようになったと考えられています。
虎韜に書かれた内容
後に兵法の奥義とまで言われた虎韜には、どのような内容が書かれていたのでしょうか?
虎韜には兵法の中でも特に、平野での戦略について書かれています。
といっても、戦略について書かれていただけでは、もちろん最高の兵法書として奥義のように扱われることはないでしょう。
他にも火戦の行い方、そして拠点や土地を奪う方法の解説がされています。
また、準備を万全にし、行動は慎重に行うこと、窮地に陥れば突破をはかり、伏兵も重要であることなど、現代社会でも置き換えることができるような内容も書かれています。
きっかけは源義経
「虎の巻」という言葉が広まったきっかけは、源義経にあるとされています。
平氏との戦いである治承・寿永の乱で、源氏に勝利をもたらした源義経が「虎韜」を学んでいたそうです。
そのことから、日本で「虎の巻」が秘伝書という意味で使われるようになった起源だと考えられています。
その他、大化の改新の際には藤原氏の祖にあたる中臣鎌足が暗唱するほどに読み込んでいたという伝説。
さらに、初代征夷大将軍の坂上田村麻呂や、関東で反乱を起こした平将門も熟読していたという伝承が残っているなど、虎の巻が広まる要因は多々あったそうです。
虎韜をどのようにして源義経が習得したのか、それにはある逸話が残っています。
もともと陰陽師で兵法学者でもある鬼一法眼が持っていた「虎韜」。これをある時、源義経がなんと盗み出したことでその知識を得たんだとか。
一説によると、源義経を慕っていた鬼一法眼の娘の手引きによって盗み出したとも・・・。また逆に、鬼一法眼から伝授されたのだという話も残っています。
虎の巻に関する豆知識
虎の巻にはいくつかの豆知識もあるので、ここからは簡単にご紹介します。
虎の巻を呂尚は書いていない?
虎の巻を含む「六韜」を、呂尚(りょしょう)と呼ばれる太公望が書いたとされています。
ところが名軍師が書いた書物であるにもかかわらず、六韜の名前が歴史書に出てくるのは隋の時代、呂尚の時代から1500年ほど後のことです。
そのため、秦や漢の時代以降に生まれた書物だと見る向きもあります。
その後も研究は進み、現在では前漢前期の紀元前2世紀にはすでに流布していたことが発掘調査からわかっています。
そのことから周の末期、いわゆる中国の戦国時代には成立していたのではないかともいわれています。
また、中国の戦国時代が紀元前450年頃なのに対し、呂尚が活躍したのが紀元前1000年ごろなので、時代背景を見ても虎の巻を含んだ「六韜」を書いたのは太公望ではない可能性が高いといわれています。
虎の巻以外の六韜の内容は?
虎の巻こと「虎韜」の内容はご紹介しましたが、他の書には何が書かれているのでしょうか?
文韜(ぶんとう)
文韜は戦の準備や政治問題についての内容です。政治の基本として君主としての心構えなどが書かれています。
武韜
武韜は政治戦略についての内容となっています。「戦わずして勝つ」を根底とし、人民から支持を得る政治を目指すことが求められています。
龍韜(りゅうとう)
龍韜には作戦指揮や兵力配置についての内容が記述されています。どのような人物を配下とすべきか、対象としてどのような人物が必要かを解いています。
豹韜(ひょうとう)
豹韜は地形に応じた戦略についての内容となっています。
虎韜が平地での戦いや万全の準備と慢心しないといった内容が書かれているのに対し、豹韜では森林や山岳地帯での戦いから奇襲に局地戦についてまとめられています。
犬韜(けんとう)
犬韜は兵の訓練や編成、兵種に応じた作戦についての内容が記載されています。歩兵と戦車、騎兵の長所と短所についても書かれています。
ちなみに、ここでいう戦車は現代兵器の戦車とは全く別物で、戦闘用の馬車のことを指します。
まとめ
日本語としても定着している「虎の巻」は、中国の伝説の軍師である呂尚の書いた兵法書「六韜三略」のうちの「虎韜」のことを指しています。
この書物が「秘伝書」としての意味になったのは平安時代末期、平氏との戦いで源氏に勝利をもたらした源義経が学んでいたとされることに由来されるのだとか。
他にも中臣鎌足、坂上田村麻呂、平将門といった偉人達も「虎韜」を学んでいたとされています。
現代では「秘伝書」の意味が転じて参考書など、何かを学ぶ際に使える書を指すことが多いです。
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