『千日の瑠璃』329日目——私は異変だ。(丸山健二小説連載)

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私は異変だ。

ひたすら暑いまほろ町のあちこちで生じた、しかし決して人目につくことはない、極めて細やかな異変だ。まずは少年世一と同い歳の子どもが、それも男だけが、一斉に節々の痛みを覚え、「うっ」という声にならない声を発し、体を弓なりにぐっと反らせ、虚ろな瞳に夏空を映した。だが、ただそれだけのことですんでしまい、かれらは何事もなかったかのように、ふたたび午後の遊びをつづけた。

ついで、うたかた湖の主に違いない巨鯉が光も届かぬ深場から一気に水面まで浮上したかと思うと、丘と、丘の上の家をじっと見つめ、まるで鯨のような雄大なジャンプをやってのけたのだ。鱗の色に違いがあるとはいえ、その勇姿は世一の叔父の背を飾る緋鯉にそっくりだった。ところが、湖岸にも湖上にも夏と交わりたがる大勢の人間がいたにもかかわらず、誰ひとりそれを見た者はいなかった。

それから、ぐうの音も出ないほど貧しさにやりこめられた路地裏で白い犬と戯れる盲目の少女に、ほんの一瞬ではあったが、突如として光が戻った。彼女にはそのとき、たしかにはっきりと愛犬の顔が見えたのだ。尾の動きまで見えた。けれども彼女はそれを光と思わず、また次の一瞬に訪れた闇を闇とは思わなかった。そして、まほろ町を支えているこの国の民主主義よりも堅固な地盤が、ほんの数ミリほど沈下した。同時に、籠の鳥オオルリが、人間にどこまでも近い声で絶叫した。
(8・25・金)

丸山健二×ガジェット通信

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