『千日の瑠璃』307日目——私はラジオ体操だ。(丸山健二小説連載)

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私はラジオ体操だ。

すでにやめている町村が多いというのに、まほろ町では今も尚夏休みのあいだずっと行なわれている、ラジオ体操だ。私は健康な者と不健康な者を厳しく分けて、後者を疎外し、前者には連係と服従の精神を植えつける。私は、あまり深く考えないで私のもとへ集まってくる人々に暗示をかける。かれらの月並みな終り方をしそうな、そしてそれをよしとする生涯を、いざというときには喜んで国に捧げるよう仕向ける。つまり、速いように見えても目睫に迫っている現人神の影にひれ伏すための訓練を、今から積ませている。そう、これもまた大衆操作の一環なのだ。

私はきょうもまたかれらを煽る。一朝有事の際に備えよ、と言い、これしきの繁栄で国運が隆盛を極めたなどと思うな、と言い、ひとり一殺の時代は今も変っていない、と言い、足並みを揃えよ、と言い、常に万全の備えをせよ、と言う。ところが、そこへとんだ邪魔が入る。病気のせいで見劣りするばかりか、国家に尽くすこれぞという取り柄もない、社会生活すら満足に営めない、権威の何たるかも知らないような少年が紛れこんできた。彼は秩序を貶める動きをし、治安を乱す声を張りあげ、名門の後裔の背後にあるものを嘲けり、一国の安危に関わる大事を決するのは自身だと言い切る。そこで私は、個々人に充分周知させようと、号令の合間にこう怒鳴り散らす。「まともなのはおまえたちで、あいつではない」
(8・3・木)

丸山健二×ガジェット通信

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