『千日の瑠璃』283日目——私は噴火だ。(丸山健二小説連載)

 

私は噴火だ。

木星の衛星イオで今も尚つづいている、厳然たる事実の噴火だ。惑星探査船から電波によって運ばれた私は、寸分の狂いもないカラー写真となって地球のあちこちに配られる。あるいは、他の星々の写真と組合されて一冊の豪華本となり、まほろ町の図書館にも収められ、ひょんなきっかけから少年世一の眼にとまることになる。弟と恋人を同時に迎えた図書館員は、些かうろたえている。

ストーブ作りの男は世一を忌み嫌ったりはしない。見苦しい病人を避けるために、出直すと言ったりもしない。彼は世一の相手をし、棚からさまざまな本を抜き取って見せる。世一はもう鳥類図鑑には興味を示さない。本物を飼っているので絵や写真には関心がないのだ、と世一の姉はそう男に説明する。それはちょうど、彼女が恋愛小説に手を出さなくなったこととまったく同じ理屈だ。

すると男は次に星の本を開き、私を世一に見せる。途端に世一は「おお、おお」と叫び、五体をくねらせて狂喜する。彼の異常な喜びは写真の私に飛ばされてまほろ町を脱出し、曲線を描いて暗黒の宇宙へと飛び出し、イオへ向ってぐんぐん迫り、本物の私に抱きとめられる。だが、空笑いをして女の弟の機嫌を取り結んでいた男は、「おお、おお」に圧倒され、たじたじとなり、遂にはいたたまれなくなって、「あとでまた」と言い残し、そそくさと帰って行く。私は世一の胸に宿った。
(7・10・月)

丸山健二×ガジェット通信

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