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『千日の瑠璃』200日目——私は紙芝居だ。(丸山健二小説連載)

 

私は紙芝居だ。

辻公園の片隅で、でぶの歯科医が道楽で演じる紙芝居だ。テレビや映画に慣れてしまった子供たちの眼には、むしろ私がとても新鮮なものとして映っているらしい。かれらの顔の輝きは、少なくともブラウン管やスクリーンを前にするときをはるかに上回っている、と歯科医は言う。彼が自ら絵筆を握って製作した堅苦しい物語は、彼のがらがら声の力を借りて、善の底力と悪の末路を、光と影のようにくっきりと幼心に浸透させてゆく。

私は、甲斐甲斐しく立ち働く者が無駄骨を折ったためしがないことや、金に目が眩んだ者が幸福になれたためしがないことを教え、強者は常に弱者の存在を忘れてはならないことや、弱者は己れの立場に甘んじてはならないことを説き、万巻の書を読破するよりも一冊の本を書きあげるほうが尊い行為であることを強調する。つまり私は、この世は生きるに値する、ときっぱり言い切っているのだ。

まほろ町の子らは私の意図を正しく汲み取り、感嘆の声すら放って、飴玉の代りに虫歯を予防してくれるというガムをもらって、すでに一万回を超える嘘をついた小さな口へ放りこむ。ところが、私に向って楯突くような笑い方をする少年がひとりいる。歯などいくら磨いてみても空しくなるような、重くて厄介な病気にやられているその少年は、私を指差してげらげらと笑う。歯科医は彼を弱者の仲間に押しやって溜飲を下げるしかない。
(4・18・火)

丸山健二×ガジェット通信

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