『千日の瑠璃』194日目——私は祝儀だ。(丸山健二小説連載)
私は祝儀だ。
黒い三階建てのビルの新築と、そこでの事務所開きを兼ねた祝い、そのために集められる祝儀だ。面魂だけは大胆不敵な連中が勿体振った口調で私を差し出すたびに、遠巻きにしてそれを眺めるまほろ町の人々は思わずたじろぎ、あらためて善良な住民の立場を思い出し、そこへ身を寄せる。しかし腕を拱くばかりのかれらのどこにも、反社会的な輩を締め出す気概などありはしない。
炯々たる眼つきの長身の青年は、早くも天与の才能を発揮している。彼は私の額をきちんと台帳に記しながら、隠し持ったメモ帳に載っている古い金額といちいち照合し、自分たちがあまりにも軽んじられていないかどうかを、田舎町にあるほかの三流の組と同等に扱われていないかどうかを確かめる。配下の者を大勢引き連れてやってきた大物気取りの男は、いかつい顔にそぐわぬ甲高い声で、こう言う。自分としたことがうっかり空手できてしまった、と。
そう言ってから彼は含み笑いをし、付き従っていた細身の女に財布を出させる。そして彼は小額の紙幣を一枚だけ抜き取ると、机の上にぽんと放る。長身の青年は深々と頭を下げ、恭しくそれを受け取る。けれどもその一団が紅白の幕の向うへ呑みこまれると同時に、彼はその札を私のなかから除外し、たまたま通りかかった、波や風のように絶え間なく体をくねらせている病気の少年のポケットに押し込む。
(4・12・水)
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