『千日の瑠璃』139日目——私は炎だ。(丸山健二小説連載)

 

私は炎だ。

盲目の少女のふくよかな頬で感知されながら、まもなく燃え尽きようとしている、蠟燭の炎だ。細くも太くもない蠟燭は、誰の面影でも映し出しそうな青い洋皿の上に立てられ、出窓のところに置かれている。私がこの世に向けて放つ熱や、じりじりという微かな音には、彼女が無意識のうちに求める光への切なる願いがこめられている。私はどうにかして、その年頃の子どもが抱くにしてはあまりにも酷な憂いを和らげようとする。

少女の見えない眼と、彼女の膝の上にいる白い仔犬の純一無垢な瞳には、それぞれ私が鮮やかに映し出されている。その四つの虚像は、ひとつの実像をはるかに超えた見事なものだが、しかし、少女の胸のうちに直接結ばれた像には遠く及ばないだろう。そしてそれこそが、彼女にとっては唯一無二の、真の私の姿にほかならないのだ。

雪がやみかけた頃、出窓の外に、暖昧模糊とした少年の顔がぬっと現われる。もちろんその眼にも私が映っている。だが、彼の眼のなかの私は虚像ですらもない。それにもかかわらず実像よりも生々しいのは、一体どういうわけだろうか。仔犬が少年に気づいて尾を振り、ついで少女が身を乗り出す。私は遂に燃え尽きる。けれども少年の瞳に宿った私は、またしても激しくなってきた雪のなかを、ゆらゆらと揺れながら、決して消えることなく、どこまでも進んで行く。町の隅々を照らしながら。
(2・16・木)

丸山健二×ガジェット通信

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