『千日の瑠璃』71日目——私は焚火だ。(丸山健二小説連載)

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私は焚火だ。

袋小路の突きあたりに吹きだまるのを待ってかき集められた枯れ葉の、落日によく似合う焚火だ。私の番をしてくれているのは白兎を想わせる少女で、盲目の彼女を見張っているのは、痩せさらばえた黄色い老犬だ。少女は熱と匂いと音によって、犬の何倍も正確に私を感知している。たとえば、彼女の母親が私のなかに潜りこませた芋の焼け具合もちゃんとつかんでいる。

そして私は、少女が放つ並々ならぬ温もりを感じており、青く澄んだ芳しい煙を、彼女の運命の方向へ真っすぐに立ち昇らせている。彼女をすっぽりと覆っている肉親の慈愛は、誰の眼にも明らかだ。また、芋の焼ける匂いに誘われてどこからともなく現われた少年が、すでに半ば見棄てられた存在であることも明白だ。その少年が近づいただけで私の温度が急激に下がり、少女はくしゃみをする。

不幸を招くような恰好で体をくねらせている少年を怪しんで、犬が低い声で稔る。少女は気配を察して、「駄目よ」と犬を叱る。少年は犬の頭を撫でる。犬はいっぺんで心を許し、「わん」と優しく吠えて、視覚を持たぬ主に用心を必要としない相手である旨を伝える。すると少女は、長い棒切れを器用に操って私をかき回し、焼きあがった芋を取り出し、「食べて」 と言う。少年はそれをひったくり、舌の火傷などものともしないで、腹ぺこの野良犬のように貪り食う。
(12・10・土)

丸山健二×ガジェット通信

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