『千日の瑠璃』69日目——私は日だまりだ。(丸山健二小説連載)

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私は日だまりだ。

未だに越冬場所を見つけられなくてさまようテントウ虫を引きつけ、年寄りたちが思わず自分の名前を度忘れしてしまうほどの日だまりだ。構築されてまもない堤防を背に、あやまち川を前にして、私に老体を委ねているふたりは、一進一退する持病について自慢し合ったあと、死にかけている天皇を話題にする。「だいぶお苦しみのご様子じゃないか」とひとりが言い、「あっさりと死んだんでは申し訳が立たないとでも思ってるのかなあ」ともうひとりが言う。だが、川の水がきらきらっと光ってかれらの言葉を聖なる境へと運び去ってしまう。

南方での激戦に参加したことがある元兵士たちは、それからこんな会話を交す。死んでもおかしくないときに死ななかったので、以後、生きることに自信が持てるようになった、と気がすむまで生きたいと願うひとりが言う。すると、華々しい最期を遂げたかった別のひとりが、死のうと決めたときに死ねなかったので、生きることに自信をなくしてしまった、と言う。私はそっと口をはさむ。ここまで生きたのだから、むかしのことなどどうでもいいではないか、と。それでもふたりは、大戦勃発の動因や、その責任についてしつこく言及する。

そしてふたりは、私が懸命に頑張っても、「寒いなあ」 と言う。土手の上を傷病兵のようにふらふらと行く、天皇という言葉さえ知らない少年が、私の努力を妨げているからだ。
(12・8・木)

丸山健二×ガジェット通信

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