テレワークの先に。社員の介護、移住をかなえた先駆者・日本マイクロソフトの取り組み
ワークライフバランスの重要性がとなえられ、「働き方改革」が掲げられる昨今。最近は新型コロナウイルスの感染への危惧もあり、テレワークの推奨やその有効性が大きく取りざたされています。導入を検討する企業も増えているなか、一過性の風潮に踊らされず実のある成果を得るためには、どうすればいいのか。その参考になりそうなのが、テレワークを先駆けて実践している日本マイクロソフトの事例です。どのように取り組み始めたのかを紹介した前編に続き、実際に同社でテレワークを活用して遠隔地に住む家族の介護や地方移住などワークライフバランスのとれた働き方を実践した例について伺います。
テレワーク環境の整備は、介護にも役立った
クラウドサービス「Microsoft Azure」営業マネージャー 飯田昌康さんのケース(写真/PIXTA)
進学や就職で地方から都市部に出てきてそのまま家庭を持ち、故郷の家族とは遠く離れて暮らす場合、避けて通れないのは介護の悩み。家族との距離にかかわらず介護による離職の損失は、大きな社会課題にもなっています。
同社のクラウドサービス「Microsoft Azure」の営業マネージャーで、広島県出身の飯田昌康さん(49歳)も介護事情を抱えるひとりでした。
普段は東京のオフィスで業務し、クライアント訪問も行う飯田さんの、広島に住む両親が要介護になったのは約3年前。介護サービスを利用し、普段の生活は近場に住む姉がサポートしてくれていますが、2年前から月に一度の1週間、飯田さんも広島に戻って両親を介護。その間は、リモートワークで業務を行っています。
「テレワークを決めた理由は、家庭の事情で広島に引越すことができなかったためです。姉自身も難病を抱えており、月に一度は負担を軽減してあげたかった」。人事本部に相談したところ、ぜひやってくださいと快諾してもらえたそうです。
広島に滞在中は、同社のグループチャットソフトウエア「Microsoft Teams」を使い、ミーティングにも参加。ネットワーク環境は大切なため、電波状況も確認できる設置型のブロードバンドWi-Fiルーターを使用して整備しているとのこと。
ネット環境の整備は、介護自体にも有効でした。「母が歩いて転倒してしまったときのことを考えて、寝室とキッチンの壁にWebカメラを設置し、撮影していました。転倒したときはどういう状態だったか分かり、家財道具の安全な動線の工夫にも役立ちました」。また、両親は電話の使用が難しいため、スマートスピーカー「Amazon Echo」を父母の家と自宅、姉と妹の自宅に置いて、呼びかけ機能を活用しています。 スマートスピーカーのイメージ(写真/PIXTA)「父母の住まいにWebカメラを設置し、姉、妹、私でスマホやPCで確認できるように。このカメラは動きや音を検知して自動的に録画してくれるため、転倒時にケガをしないよう動線を見直したりするのに役立っています。また、父にアレクサで話しかけるとき、いきなり話しかけてびっくりしないように、話しかける前に一度このカメラで様子を見るようにしています」(飯田さん)(写真提供/飯田さん)
リモートワークに必要なのは“寛容”、入り込んでしまう生活音は笑い話に
両親の利用するデイサービスは送迎時間などが決まっているため、その時間は会社のスケジュールに入力し、関係各所に不在を通知。ミーティング内容などは録画やストリーム機能を使って把握するそう。介護のためにリモートワークしていることは営業先にも伝えていますが、クレームなどが起きたことはないそうです。
「こういう働き方を始めたときは、理解を示してもらえるか心配にもなりましたが、世の中変わってきたのかなと思いました」と飯田さん。とはいえ、食事の世話にはじまり家事も含めた介護はもちろん重労働であり、「テレワークをしているときはしているときで、夜にはぐったりです」との言葉には、働きながら介護を両立させる厳しさを改めて実感するばかりです。(写真/PIXTA)
また、テレワークの利点のひとつである移動時間の削減は、仕事の生産効率が向上するものの、詰め込みすぎてしまうことも。「お客さんと話した内容を移動時間で整理していたと気付かされました。だから意識して、整理する時間をつくっています」
介護のように差し迫った事情を抱えたひとが働き続けられるよう、リモートワークを広げていくために必要なことは「寛容」だと飯田さんは言います。Teamsでの会議中、状況を理解できない父が話しかけてきたり、相手側でも赤ちゃんが泣いたりなど生活音が聞こえてくることもありますが、そんなときは「笑い話にしてしまう」そう。一方で、ネットワーク環境は相手側の整備も不可欠になるため、国が推進する中で、皆で取り組むべき課題だとも感じているそうです。
生まれ育った沖縄へ移住、仕事の効率化も実感
人事本部 普久原朝親さんのケース(写真提供/普久原さん)
住まいを決めるとき、職住近接は大きな要因となりうるものですが、テレワークは究極の職住近接といえるでしょう。人事本部で採用を担当する普久原朝親さんは、生まれ育った沖縄に移住し、完全リモートワークで働いています。
同社では約4年前、週に5日テレワーク勤務が可能になる制度を導入。介護や育児など特別な事情がある人のための福利厚生ではなく、誰もが利用できる制度で、普久原さんは「人事部門の自分たちが率先を」と、故郷へ戻ることを決めました。業務内容である採用活動では、大阪や名古屋などの地方採用を東京のオフィスで行っていたため、沖縄にいても同じことだと考えたからです。
地方都市の利点を活かして、敷地約1,000平方メートルに建てた家は354平方メートルのプール付きの注文住宅。「仕事をするのは家でなくても問題ないのですが、家が快適なので基本的には家で過ごしています」(写真提供/普久原さん)
ワークライフバランスの先を行へ、住む場所や働き方を選ぶ「ワークライフチョイス」
故郷とはいえ、東京から遠く離れた沖縄の地に家を構えたことは、同僚たちにも驚かれたそう。東京に住んでいるころも自宅に同僚たちが遊びにくることはありましたが、仕事や旅行のついでも含め、沖縄の普久原さん宅を訪れる人の数はむしろ増えたとのこと。
テレワークにより快適な日常を過ごしつつ、仕事の効率性も実感しています。朝早い時間の仕事であっても、身支度や通勤などの移動時間も不要でいつでも対応できるので、むしろ会議への出席率は以前にもまして高いとのこと。
最も効率の良い働く場所や時間を自分で選んで働き・生活する「ワークライフチョイス」を実践している普久原さんにとっては、ワークライフバランスですら“古い”ものと言えるよう。地方都市は首都圏と比べて、テレワークの浸透はいまひとつなので、実際沖縄でも、普久原さんのような働き方をしている人はまだまだ少ないのが実情です。時間に余裕ができた分を自由に過ごせる有意義さを伝えるため、普久原さんは余暇を使い、IT活用によるテレワークの実現法などを解説するイベントなどへの登壇も積極的に行っています。
地方都市の“アナログ事情”がもったいない、現状を変えていきたい
一方で、沖縄と首都圏が同じだと感じるのは、実は通勤時間。電車がなく、観光客もレンタカーを使用するため道が渋滞し、東京と同じくらいの通勤時間がかかることもあるそうで、働くための移動時間を削減できるテレワークの有効性は、地方事情にも対応できるといえそう。
また、普久原さんにとっては、IT化に積極的ではない地方都市でまだまだ一般的な、自席のPCからしかメールを見られなかったり会議で大量な紙資料による情報共有が行われていたりする “アナログ”な現状も、もったいなさや歯がゆさを感じているよう。「PCやスマホですべて完結させることで、誰もが効率よく働けて、時間も返ってくる。ぜひその良さをもっと広めたい」とのこと。
働くことは本来、大切な人とともに幸せな生活を送るための安定した糧を得る手段。人生において大事にしたいことを優先できる可能性の大きいリモートワークの推奨が、一過性の目的になってしまうことなく真に浸透することの重要性を、お二人の話から再認識するばかりです。
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