空き家になった岡山の元呉服店の奥座敷を鎌倉に。時代や空間を越えて繋がる古民家移築物語

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空き家になった岡山の元呉服店の奥座敷を鎌倉に。時代や空間を越えて繋がる古民家移築物語

移築した古民家の新オーナーは歴史が刻まれた家屋を譲り受け、元オーナーは愛着ある建物を壊すことなく引き継ぐ。「私たちは、まさにWin-Winの関係です」と口をそろえるのは、鎌倉に移築された岡山の元呉服店の蔵付き古民家の新旧オーナー。前回は、見事によみがえった古民家の建物やインテリアの詳細を紹介した。古民家移築再生は、時代や空間を越えて家が繋ぐご縁。今回はそんな蔵付き古民家を移築した鎌倉の小泉邸が完成するまでの過程や、工夫の数々をご紹介しよう。

立地、建物どちらかが気に入らず難航した家探しが、土地購入+古民家移築、で解決!

鎌倉に移築した古民家の施主である小泉成紘さんが住まい探しを始めたのは、いまから6~7年前の2012年ごろのこと。鎌倉の谷戸(丘陵地が浸食されて形成された谷状の地形で鎌倉に多い)の雰囲気が好きで、そんな静かな場所にある趣ある家を求め、鎌倉から湘南エリアのさまざまな中古物件を見学した。しかし、いくら探しても立地と建物両方が理想的な物件に巡り合うことはなく、見学物件数は増える一方で難航。

イメージしたのは、学生時代に全国の旧道を自転車で廻った際に御世話になった山の中の古民家。自然豊かな環境の中での伝統的日本家屋のライフスタイルに憧れ、いつかそんな家に住みたいと思っていた。古民家やアンティークが好きで、10年以上前から日本民家再生協会(JMRA)のイベントなどにも参加していた。

中古一戸建ての住まい探しでは、思い通りの物件に出会えなかった小泉さん。そこで方向転換して、土地と建物は別々に探すことに。すると、ほどなく鎌倉の駅にも近い谷戸の大きなお屋敷の敷地が5分割され、売り出されるとの情報が。日本民家再生協会(JMRA)の事業登録者で鎌倉での古民家移築実績も多い建築家の大沢匠さん(O設計室)に相談し、土地はここに決定。建物は、「民家バンク」に登録された、空き家となって次の引き取り手を待っている古民家情報の中からイメージに合うものを求めて全国へ視野を広げた。実際に4~5軒見学した中で一目惚れしたのが、今回の岡山県の元呉服屋の蔵付き古民家だった。Before:かつて岡山の旧道沿いで呉服店「和泉屋」を営んでいたという移築前の蔵付き古民家。平屋と蔵の西側には母屋があり、法事の際などは親戚が大勢集まりにぎわっていたが、この家の主亡きあとは空き家になっていた(写真提供:元オーナー・米本弘子さん) Before:かつて岡山の旧道沿いで呉服店「和泉屋」を営んでいたという移築前の蔵付き古民家。平屋と蔵の西側には母屋があり、法事の際などは親戚が大勢集まりにぎわっていたが、この家の主亡きあとは空き家になっていた(写真提供:元オーナー・米本弘子さん)After:敷地の関係で母屋は岡山に残し、平屋と蔵をそのままの配置で鎌倉に移築再生した小泉邸。「建物完成後は庭に着手、植栽が育つのが楽しみです。家は着々と進化中」(写真提供:新オーナー・小泉成紘さん)

After:敷地の関係で母屋は岡山に残し、平屋と蔵をそのままの配置で鎌倉に移築再生した小泉邸。「建物完成後は庭に着手、植栽が育つのが楽しみです。家は着々と進化中」(写真提供:新オーナー・小泉成紘さん)

縁側に並ぶ木製建具の美しさに一目惚れ、丁寧に手仕事で解体し、運ばれ、鎌倉で復元

「縁側にピシッと並んだ一本レールの木製建具の繊細な美しさが決め手でした。平屋部分は建物に敬意を払って、そのままの姿を復元することにこだわりました」という小泉さん。岡山の元呉服店で奥座敷の離れとして使われていた平屋は、明治時代の建築。それを手仕事で丁寧に解体し、鎌倉に運び、また元の通りに復元する。「古民家移築の工程の中で移築設計や現場監理が大変なのはもちろんですが、実は最も気を遣うのが解体です。古い建物だけに壊れてしまうと替えはありませんし、再生するときのことも考えながら、細かく番付けして設計図に反映していきます。解体には慎重さはもちろん技術が必要で、今ではこれができる職人も少なくなりました」と建築家の大沢さん。明治時代の平屋と蔵をL字に配置して完成した小泉邸。縁側には波打つレトロなガラスの木製建具が正面7枚、左手に4枚、計11枚一本のレールに並ぶ繊細さ。平屋部分の木の風合いと蔵部分の漆喰の白と焼杉の黒のモノトーンのコントラストが印象的(写真撮影/高木 真)

明治時代の平屋と蔵をL字に配置して完成した小泉邸。縁側には波打つレトロなガラスの木製建具が正面7枚、左手に4枚、計11枚一本のレールに並ぶ繊細さ。平屋部分の木の風合いと蔵部分の漆喰の白と焼杉の黒のモノトーンのコントラストが印象的(写真撮影/高木 真)

(撮影/高木 真)一本レールに木製建具が並ぶ繊細さに一目惚れしたため、引き違い用のレールを増やすことなく、あえて元の姿のままに再生。そのため、風雨をよけるため雨戸にしたり、通風のため網戸にする際は、ガラス戸を一枚ずつ外して入れ替えていくという手間も力仕事も伴う。不便さあっての美しさ、そして日本家屋での暮らしはひと昔前までこれが当たり前だった(撮影/高木 真) 一本レールに木製建具が並ぶ繊細さに一目惚れしたため、引き違い用のレールを増やすことなく、あえて元の姿のままに再生。そのため、風雨をよけるため雨戸にしたり、通風のため網戸にする際は、ガラス戸を一枚ずつ外して入れ替えていくという手間も力仕事も伴う。不便さあっての美しさ、そして日本家屋での暮らしはひと昔前までこれが当たり前だった(撮影/高木 真)屋根の鬼瓦や棟瓦にあたる部分は、岡山の井原地域独自だという珍しい波模様の粋な形状。瓦の一部は劣化して耐久性に問題ありと診断されたため、足りない瓦は全く同じ形に複製して元の姿に復元された。一方、岡山では総瓦屋根だったが、それでは鎌倉では重厚過ぎると判断。上部を瓦、下部を銅板葺きに変更して街並みとの調和を図っている(写真撮影/高木 真)

屋根の鬼瓦や棟瓦にあたる部分は、岡山の井原地域独自だという珍しい波模様の粋な形状。瓦の一部は劣化して耐久性に問題ありと診断されたため、足りない瓦は全く同じ形に複製して元の姿に復元された。一方、岡山では総瓦屋根だったが、それでは鎌倉では重厚過ぎると判断。上部を瓦、下部を銅板葺きに変更して街並みとの調和を図っている(写真撮影/高木 真)

そのままの姿に復元、オリジナルの工夫を盛り込んで設計変更、古民家移築は自由自在

岡山にあった「母屋」「離れ」「蔵」の3つの建物からなる古民家のうち、敷地の関係で「離れ」の平屋と「蔵」の2つが移築された小泉邸。平屋は外観・内観共に元の姿に忠実に復元され、おもてなしスペースに。一方蔵は、生活空間として元の構造を活かしつつ、全面的に設計変更。それぞれに、現代ならではの新たな工夫やチャレンジがみられることも興味深い。

(写真撮影/高木 真)おもてなしスペースとして、元の姿に忠実に復元された二間続きの和室。ところが床の間の上の小さな引き戸を開けると、なんと奥のキッチンと繋がる設計上のアイデアが盛り込まれている。「開放すると想像以上に気持ちいい風が通り抜けて驚きました」と小泉さん(写真撮影/高木 真)

おもてなしスペースとして、元の姿に忠実に復元された二間続きの和室。ところが床の間の上の小さな引き戸を開けると、なんと奥のキッチンと繋がる設計上のアイデアが盛り込まれている。「開放すると想像以上に気持ちいい風が通り抜けて驚きました」と小泉さん(写真撮影/高木 真)

(写真撮影/高木 真)小泉邸の蔵の2階は構造材を全てそのまま見せるデザインの勾配天井にして、更に中央の白い漆喰壁を大画面としてプロジェクター投影ができる大空間。「元々の蔵は倉庫のため、窓も少なく天井も低めのつくり。蔵を快適な生活空間にするため、元の構造材に60センチ分足して天井を高くしたり窓も増やすなどの設計上の工夫をしています」と建築家の大沢さん(写真撮影/高木 真)

小泉邸の蔵の2階は構造材を全てそのまま見せるデザインの勾配天井にして、更に中央の白い漆喰壁を大画面としてプロジェクター投影ができる大空間。「元々の蔵は倉庫のため、窓も少なく天井も低めのつくり。蔵を快適な生活空間にするため、元の構造材に60センチ分足して天井を高くしたり窓も増やすなどの設計上の工夫をしています」と建築家の大沢さん(写真撮影/高木 真)

(写真撮影/高木 真) キッチンは造作で、古民家だけに天板はあえてステンレスや人造大理石でなく木に挑戦。使用したのはもちろん古材、群馬の養蚕農家の梁を入手して加工した、厚みがある松らしき一枚板(写真撮影/高木 真)

キッチンは造作で、古民家だけに天板はあえてステンレスや人造大理石でなく木に挑戦。使用したのはもちろん古材、群馬の養蚕農家の梁を入手して加工した、厚みがある松らしき一枚板(写真撮影/高木 真)

(写真撮影/高木 真)椹(さわら)の浴槽に大正時代のアンティークのステンドグラスが映える浴室。壁はなんと漆喰塗り。湿気の多い鎌倉でこれを実現するためには、湿気がこもらないように、浴室部分の基礎コンクリートを土台から立ち上げ、スノコ下はそのまま排水と通気ができるよう工夫されている(写真撮影/高木 真) 椹(さわら)の浴槽に大正時代のアンティークのステンドグラスが映える浴室。壁はなんと漆喰塗り。湿気の多い鎌倉でこれを実現するためには、湿気がこもらないように、浴室部分の基礎コンクリートを土台から立ち上げ、スノコ下はそのまま排水と通気ができるよう工夫されている(写真撮影/高木 真)昔ながらのヒューズを使った配電盤も特注品。これをつくれる職人さんを探すのも一苦労だったという(写真撮影/高木 真)

昔ながらのヒューズを使った配電盤も特注品。これをつくれる職人さんを探すのも一苦労だったという(写真撮影/高木 真)

歴史ある家を新たな場所で再生する「古民家移築」は、日本の伝統的木造建築ならではの技

移築前には現在の持ち主で古民家移築の施主である小泉さんが岡山に訪れ、移築後は元オーナー一族が鎌倉に逆訪問。取材時も、元オーナーの米本さん親子が遊びに来ていた。「岡山にあったころから空き家になってしまい、自宅も離れているため定期的に掃除に行くのも負担になっていました。処分には解体費用も掛かるし、なんといっても思い出が詰まった家です。民家バンクに登録したときは、バラバラに解体され木材になってしまうと覚悟していただけに、家がそのまま残って感激しています」、と感慨深げ。いまや岡山を離れ全国バラバラに住む親戚たちも、鎌倉の小泉邸を見学に来て、思い出話に花が咲いたという。まさに家が繋ぐ縁、そのものだ。明治時代に2間続きの和室で行われた結婚式(写真左:提供元オーナー・米本弘子さん)と、現在の小泉邸に元オーナーである米本さん親子が訪ねてきた際の写真(写真右:撮影/長井純子)。全く同じ造りの和室で、岡山にいると錯覚するほどだという

明治時代に2間続きの和室で行われた結婚式(写真左:提供元オーナー・米本弘子さん)と、現在の小泉邸に元オーナーである米本さん親子が訪ねてきた際の写真(写真右:撮影/長井純子)。全く同じ造りの和室で、岡山にいると錯覚するほどだという

気になるのは、古民家移築のコスト面。「古民家移築の建築コストの目安は一般的な新築の2~3割増しでしょうか」と建築家の大沢さん。空き家となった古民家は無償で譲り受けることができるので、これらの材料費は基本不要、成約時に日本民家再生協会(JMRA)への紹介料のみ。ただし、特に繊細な作業と技術を要する解体費と移送費が新築にない費用としてプラスされる。やりようによっては安くもなるし、こだわるとキリがなく、コストは千差万別だという。小泉邸の場合、元の形に復元することにこだわったため解体費を含めて4250万、坪単価は約145万。確かに割高になるものの、この本物ならではの魅力と歴史の重みには変えがたい。

「築100年の家を再生したら、少なくともあと100年、築200年なら200年は持ちます」と大沢さん。「敷地の関係で岡山に残した母屋も素晴らしい建物、活用されることを願っています」と小泉さん。日本各地に数多く残る古民家を一棟でも多く残したい、という思いは、小泉邸の移築再生に関わった人全員共通だ。秋田の酒蔵を鎌倉に移築し2002年完成した「結の蔵」も建築家・大沢さんの設計によるもの。古いものを大切にする鎌倉の象徴的撮影スポットのひとつで、大沢さんのO設計室もこの一室に入居している(写真撮影/高木 真) 秋田の酒蔵を鎌倉に移築し2002年完成した「結の蔵」も建築家・大沢さんの設計によるもの。古いものを大切にする鎌倉の象徴的撮影スポットのひとつで、大沢さんのO設計室もこの一室に入居している(写真撮影/高木 真)1997年に設立された日本民家再生協会(JMRA)は、日本の伝統文化である民家を蘇らせ次代に引き継ぐため、情報誌や書籍の発行、各種イベントを定期開催。民家を譲りたい人と譲り受けたい人を取り持つ「民家バンク」もあり、情報誌「民家」には登録された民家の情報が掲載されている(写真撮影/長井純子)

1997年に設立された日本民家再生協会(JMRA)は、日本の伝統文化である民家を蘇らせ次代に引き継ぐため、情報誌や書籍の発行、各種イベントを定期開催。民家を譲りたい人と譲り受けたい人を取り持つ「民家バンク」もあり、情報誌「民家」には登録された民家の情報が掲載されている(写真撮影/長井純子)

築百年を超える家も、移築して再生されることで建築法上は「新築」扱い。そして、百年の年月を経て強度も増した木材は、更に百年は持つという。時代や空間を越えてご縁を繋ぎ、次世代に繋がる家。取材を通じて、出会った施主である現オーナー、元オーナー、建築家を始めとする工事関係者、そして何より家自体が喜んでいるのを感じる。空き家は増加する一方、日本全国に残る古民家が一つでも多く壊されることなく次世代に繋がることを心より祈る古民家在住ライターであった。

>関連記事:築100年超の蔵付き古民家を鎌倉に移築再生、妥協無しで理想を追求したこだわりの家●取材協力

NPO法人 日本民家再生協会(JMRA)

O設計室
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