『千日の瑠璃』51日目——私は火花だ。(丸山健二小説連載)
私は火花だ。
まともとは言い難い情念と、比類のない腕前に煽られて、闇に飛び散る、溶接の火花だ。男は今夜もまた、橋桁用の立方体の鋼材をすっぱりと切断して、薪ストーブを作っている。五年前の誕生日、雨曇りの朝、彼はなぜか突然私に魅せられたのだ。焚火にじっと見入っていた彼の眼が異様に輝き、決断の大音声が飛び出した。そして彼は溶接工の資格を取得し、周囲の猛反対を押し切って勤め人を辞めた。きょう三十五歳になった彼が作るストーブは、日毎に風格を増している。工芸品を上回る美を感ずる者まで現われるようになった。
しかし、収入には結びつかず、ひとり分の口過ぎにしかならなかった。妻子に見限られ、遂に去られ、独りになった。それでも彼は私とだけは縁を切らなかった。彼の一番の関心事はストーブの出来栄えではなく、あくまでこの私だった。昼間眠って夜働くのも、陽光に妨げられることなく、心ゆくまで私に浸りたかったからだ。彼は私のなかに活路を見出し、少しも衒うことなく私と接し、私にのめりこみ、私を以て足れりとしている。
垣根越しに私を見つめている者がいる。ひとりの女が我を忘れて私を……いや、私が照らし出す男を注視しているのだ。彼女の傍らには、奇妙よりも奇怪と表現したくなるような少年が、揺れながら立っている。少年は早く家に帰りたがって、姉を急き立てる。だが、男に見とれる女はいつまでも動かない。
(11・20・日)
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