ディズニーのキャストたちが憧れる“ジミニー・クリケット”とは?

 “夢の国”と謳われるディズニーランド。子どもから大人まで、その世界の虜になっている人も多いはずです。
 そんな東京ディズニーランドの初代ナイトカストーディアル(夜間の清掃部門)スーパーバイザーとして、ディズニーのクオリティサービスを実践し、その後、ディズニー・ユニバーシティ(教育部門)にて全スタッフの育成指導に携わった鎌田洋さんは、著書『ディズニー サービスの神様が教えてくれたこと』(ソフトバンククリエイティブ/刊)で、自身の体験を元にした4つのキャスト(スタッフ)の物語を通して、ディズニーの「おもてなし」の秘密に迫ります。

 いったい、なにがディズニーランドの、あの何度も訪れたくなるような「夢と冒険の世界」を創りだしているのでしょうか。鎌田さんにお話をうかがいました。今回は後編です。
(聞き手/金井元貴)

■ディズニーのキャスト教育で最も重要なことは?

―本書では4編のエピソードが収録されていますが、この中で最も好きなエピソードを選ぶとしたらどれですか?

「全部良いんですけど、やはり第一話ですね。ガザニアの花言葉まで教えるか、と。そのクライマックスに辿りつくまでに、死んだおばあちゃんが工場に花を飾っていたみたいな伏線があったりして…。この第一話のテーマは、“ゲストのニーズの先を読む”というものなのですが、そこに夫婦愛や家族愛が入ってきて、さらに大きなテーマが内包されているように思います。
それは人間賛歌なんです。最近、世知辛い事件が多くて、親子でいがみ合ったりしているじゃないですか。そういった状況の中でも、人間に回帰する、人間はまだ捨てたもんじゃないという想いはありますよね。その想いが、この第一話に一番色濃くあらわれていると思います」

―ディズニーランドには友達や恋人など、いろいろな人と一緒に行きますけど、原点の部分はやはり家族だと思うんですね。

「もともとディズニーはファミリー・エンターテインメントを目指していますからね。やはり人間が最初に幸せを感じるところって家族だと思います。
少しビジネス寄りの話になりますが、ディズニーのすごさの一つにブランド力があります。それはゲストが子どもの頃からディズニーのブランドを伝え続けているんですよね。普通、ブランドというと大人になってから触れるものだと思うんですが、ディズニーランドには子どもの頃から家族みんなで来るじゃないですか。そのときに、ちゃんと自分たちの文化を伝える。そして良い思い出をいっぱい持って帰ってもらう。それがリピーターを生み出している原動力となっているんです」

―鎌田さんはオリエンタルランドに勤務されていた頃、カストーディアルのトレーナーを経て、ディズニー・ユニバーシティでキャストの教育に携わっていらっしゃいました。キャストを育成する上で一番重要なことは何だと思いますか?

「これは私が経営している会社、ヴィジョナリー・ジャパンのホームページにも書いてあるのですが、大事なのは心を動かすこと、心に落とし込むことなんです。理屈は後からついてきます。つまり、キャストにも『ディズニーってすごい、いいな』と思わせないといけないんですよ。
キャストになったとき、最初にオリエンテーションプログラムに参加するのですが、そこでは一週間に3時間しか働かないパートの人たちにもディズニーの理念を伝えます。では、誰がその理念を伝えるのか。それは、現場で働いているキャストたちです。また、もちろんディズニーの歴史も学びますが、ディズニーはチャレンジの歴史でもあるので、そこからチャレンジ精神を学んでいきます。
「会社はキャストを大事に扱えば、キャストはゲストを大事に扱うという原則」がありますから、その原則に基づいておもてなしをするということだと思いますね」

―隣で一緒に働いているキャストや目の前のゲストからさまざまな学びを得るということは、すごく大事なことだと思います。

「モチベーションも高まりますしね。また、現場にはトレーナーという新人の教育担当者が、2つのパークに数千人いるのですが、アルバイトさんがほとんどなんですね。彼らはジミニー・クリケットがデザインされたトレーナーピンをつけているのですが、このジミニ―はピノキオの“良心”という役回りなのです。これは実は私がユニバーシティにいた頃にトレーナーの証があったほうがいい、と考えてつくったものです。トレーナーになったら他のキャストの模範とならなければいけないし、その模範となる人たちが数多くパークに配置されているわけですから、これほど強いツールはないですよね。そして、そのバッジの意味をしっかりと伝えて渡すんです。良心に基づいて行動してくれ、模範となってくれ、と。ディズニーのモチベーションアップの方法の1つには精神的なものだけではなくて、形にして与えるというものがありますね」

―もし、鎌田さんがもう一度ディズニーランドで働くとしたら、どの仕事を選びますか?

「いっぱいあるけれど、やはりデイカストーディアルですね。自由に動くことができますから。困っていそうな人を見かけたら、直ぐに近づいていっていいわけですよね。いろいろなゲストと触れ合うチャンスがあるし、こちらからも積極的に声をかけることができるので、主体性を発揮できますよね」

―ゲストにとっては、そうしたキャストと触れ合う時間も大切な思い出になりますよね。
聞きにくい話ではあるのですが、最近、ディズニーランドやディズニーシーのアトラクションの不祥事や、キャストの不祥事疑惑が報道されていますが、それらを見て思うところはありますか?

「とても残念なことですね。人間がやる以上、完璧はないですから。もし一言言わせていただければ、オリエンタルランドは原点に戻って、今まで以上にディズニーの精神を忘れずに頑張って欲しいですね」

―前作が「そうじの神様」、そして本作が「サービスの神様」ときましたが、鎌田さんの中で、次回作の構想はありますか?

「次はリーダーシップや教育、ユニバーシティでの体験を書きたいなと思いますね。どうなるかは分かりませんが(笑)」

―本書をどのような方に読んで欲しいと思いますか?

「広範な方々ですね。ビジネスでディズニーのノウハウを学びたいという方は、そのテーマの本がたくさん出ているのでそちらを読んでください。この本は心に感じてもらう内容となっていますから、中学生から家庭の主婦、ビジネスマン、学生、いろんな人に読んで欲しいですね。人間っていいものだなと感じ取ってもらいたいです」

―では、このインタビューの読者の皆様にメッセージをお願いします。

「ディズニーに興味ある人にも読んでもらいたいのですが、何より、ディズニーのことをモチーフにしながら、人間っていいものだということが一番訴えたかったことです。本書のベースには「人間賛歌」があります。そういう意味では、若干センチメンタリズムが強めに出ている部分はありますが、そこに流れている純粋な気持ちを読み取って欲しいですね。ほとんど純な気持ちじゃないですか。誇りに思う気持ちとか、人を許してあげる心って。そういったところから、親切心とか信頼とか希望といったものを感じ取ってもらえればいいかなと思いますね」

(了)

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