株価急落「関西電力」が怯える“東電化”(ジャーナリスト 杜耕次)
関西電力が追いつめられている。八木誠社長(62)以下経営陣が切望した大飯原子力発電所(福井県)3号機、4号機の再稼働が野田佳彦首相(55)はじめ関係閣僚会合で正式に決定したのが6月16日土曜日。昨年3月の東京電力福島第1原発の事故以後、国内にある原発50基(事故を起こした福島1-4号機を除く)は定期検査を機に次々と運転を休止し、北海道電力泊原発3号機が5月5日に発電を停止して以来1カ月以上も「原発ゼロ」の状況が続いていた。ようやく叶った再稼働だったが、同社の株価は上がるどころか、逆に堰を切ったように急落。19日火曜日には、1984年以来、28年ぶりに1000円の大台を割ってしまった。投資家は収益基盤がメルトダウンしている関電に経営危機のにおいを感じ取っている。
外資系のシビアな評価
関電株価の19日終値は前週末比34円安の984円。年初(1月4日)に1215円だった株価は、過去最大の赤字決算(12年3月期最終赤字2422億円、以下業績の数字は「単体」の注記がない限り連結ベース)を発表した4月27日には1158円にまで下がり、5月31日の1134円を最後に6月に入って終値は1度も1100円台を回復することがなかった。
1000円の大台割れの引き金になったのは、16日午前の「大飯再稼働」政府決定を受け、関電社長の八木が大阪・中之島の本店で同日午後に開いた記者会見だった。
「大飯の2基を7月下旬にフル稼働すれば、原発稼働ゼロの場合に比べ、1600億円程度のコスト改善になる」
この八木の一言が週明けの市場を大きく動かした。
4月27日の決算発表記者会見で八木は「原発再稼働がなければ、代替発電のための火力燃料費が一段と増加し、今期(13年3月期)のコストは前期比4000億円増える」との見通しを明らかにしていた。それから50日後の6月16日、念願の大飯再稼働にこぎ着けた安堵感から、“これで4割(1600億円)のコスト改善が可能になる”と八木はひと息ついたつもりだったかもしれない。だが、投資家たちの見方は違った。「2基が再稼働しても(4000億円-1600億円=)2400億円のコスト増がのしかかる」とネガティブなメッセージとして受け取ったのだ。
前期の関電の決算数字をおさらいすると、営業赤字2293億円、経常赤字2655億円、最終赤字2422億円。燃料コストをストレートに反映するのは営業損益であり、前期の数字にそのまま単純に2400億円の負担増を加えると、今期の営業赤字は約4700億円に膨らむ計算になる。
16日の八木の会見後、多くのアナリストが関電の今期の最終赤字を5000億円規模とみなした。モルガン・スタンレーMUFG証券が20日に関電への投資判断を見直し、目標株価を従来の1400円から850円に引き下げるなど、国内勢と違って電力業界にしがらみのない外資系のシビアなスタンスが広がり、関電の株価下落には歯止めがかからなくなった。
なりふり構わぬ情報操作
同じ20日、産経新聞と並んで電力業界に最もシンパシーを寄せているとみられている読売新聞は大阪版1面(東京版は9面)で「関電、家庭用18%上げ必要 大飯再稼働でも」との記事を掲載した。この記事によると、関電は大飯原発3、4号機が再稼働しても13年3月期の単体経常赤字が5200億円となり、赤字解消には家庭用で平均18%、企業など大口向けで平均27%の値上げが必要と試算しているとし、値上げをせずに赤字を解消するには大飯の2基を含む原発7基の再稼働が条件になると報じている。
この読売の記事を材料に20日午前、関電の株価は一時前日比18円高の1002円に上昇したが、午前10時半に同社が「(値上げの記事について)当社が発表したものではない」とのコメントを発表したのを機に再び1000円を割り込み、26日現在株価は922円にまで値を下げている。
「今度は“値上げテロ”か」
読売の「値上げ」報道の顛末を見た大阪市関係者はこう語って不快感を隠さない。
約1カ月前の5月17日、元経産官僚で現在は大阪府市統合本部特別顧問の古賀茂明(56)がテレビ番組に出演した際、関電や経産省が電力の足りない状況をつくり出し「停電」を連呼して脅している状況を“停電テロ”と表現。これに関電関係者が激しく反発して騒動になったが、市長の橋下徹(42)を筆頭に関電への不信感を募らせる大阪市の幹部らは、「“停電”の次は“値上げ”を持ち出し、なりふり構わぬ関電の情報操作が続いている」と見ている。
「関電の不作為」を見る目
古賀や環境エネルギー政策研究所長の飯田哲也(53)ら電力問題の論客が参集した「大阪府市エネルギー戦略会議」(飯田は山口県知事選出馬のため6月に辞任)は、昨年の福島事故以後、定期検査で運転を停止する原発の再稼働が困難になることを予想できたにもかかわらず、関電は必要な手を打たず、意図的に現在の電力不足を招いたと批判した。
実際、東京電力や東北電力はこの1年間、震災などで損傷した火力発電所の復旧やプラント新増設(代表例はタイから無償貸与されたガスタービンを東電が川崎、大井2カ所の火力発電所に設置)を必死に行ない、今夏は電力需給に余裕のある水準に持って行くことができた。
関電関係者は「東電や東北電は震災被災地の特例で発電設備増設に必要な環境影響評価(アセスメント)を免除されたが、わが社には適用されず、機動性を削がれた」と釈明するが、前出の大阪市関係者は「関電は“原発はいずれ再稼働する”とタカをくくり、もっといえば“代替発電設備を確保すると原発不要と言われかねない”と不作為を決め込んだ可能性が高い」と分析する。
昨年夏、九州電力玄海原発(佐賀県)の再稼働を巡る「やらせメール」問題が発覚し、第三者委員会の事実認定を九電側が否定するなど事態が混迷を深めた際、電気事業連合会(電事連)会長でもある関電社長の八木は「あくまで九電の問題」との発言を繰り返し、対立がエスカレートしていった経産相の枝野幸男(48)と九電首脳の関係修復に動いたフシはない。
「九電の『やらせメール』問題を手際よく収めていれば、ここまで原発再稼働がこじれて追い込まれることはなかった」
「東電があんなことになって、いまや業界のリーダーは関電しかいないはずなのに、当人たちにその自覚がない」
関電社内からも、社長の八木や会長の森詳介(71)に対するこうした不満の声が漏れてきた。
「霞が関発」の試算
ただ、東日本大震災と福島原発事故から丸1年が経過しても、一向に「再稼働」の手続きが進む気配がないことに、さすがの関電首脳も焦りを露わにするようになっていった。特に前期決算や今期業績予想の数字が取りざたされるようになってきた4月以降、八木や森の危機感は一気に高まってきた感がある。
関電の決算発表から1週間も経たない5月2日、今夏の電力需給を精査する内閣府の「需給検証委員会」が原発稼働ゼロの状態が続いた場合の電力9社の財務状況の試算結果を公表した。それによると、発電量に占める原発依存率が50.9%(11年3月期)と高水準だった関電は、13年3月期の単体最終損益が7020億円の赤字になるとの指摘。「霞が関発」の試算だけに、関電に衝撃が走ったのは言うまでもない。同社が経済界や政界、官界などあらゆる人脈を使い、大飯原発3、4号機の「再稼働」推進のロビー活動をなりふり構わず始めたのはこの時からだ。
最も効果が表れたのが、企業を通じた自治体への圧力。滋賀県では知事の嘉田由紀子(62)を中心に早くから再稼働に慎重な姿勢を打ち出していたが、「滋賀県内に2カ所の太陽電池工場を持つ京セラなどが電力不足では稼働が困難になると県に方針転換を働きかけてきた」(地元関係者)という。その結果、対関電強硬派の1人だった嘉田だけでなく、足並みを揃えていた京都府知事の山田啓二(58)が態度を軟化。さらに関西広域連合の結束を重視した大阪市長の橋下も「期間限定の再稼働容認」にハードルを下げ、そこから野田政権の関係閣僚会合による「大飯再稼働正式決定」になだれ込んで行ったのは周知の通りである。
深刻な「廃炉問題」
大飯の2基の再稼働により、関電の今期最終赤字は5000億円程度に縮小できるとみられている。しかし、いま一度、同社のバランスシートを詳細にチェックする必要がある。前期末(12年3月末)の自己資本は1兆5098億円で、11年3月末からの1年間で3010億円も減少している。東電の7871億円(12年3月末、11年3月末比7710億円の減少)に比べればまだ余裕があると考える向きもあるかもしれないが、それは早計。今期原発の再稼働が2基にとどまるなら、前述のように最終赤字予想額は5000億円であり、向こう3年で自己資本を食いつぶしてしまう。
加えて、関電にとって頭痛のタネが新たに持ち上がっている。原発の「廃炉問題」である。民主党国会議員の勉強会「脱原発ロードマップを考える会」が6月13日に開いた会合で、資源エネルギー庁が試算した「廃炉決定の際の除却損、解体引当金引当不足額」が明らかにされた。それによると、政府が原発を再稼働させずに廃炉にすると決めた場合、国内原発10社(沖縄電力を除く電力9社と日本原子力発電)のうち、東電はじめ北海道電力、東北電力、日本原電の4社が債務超過に陥る。
関電はどうかというと、12年3月末の単体純資産1兆1835億円に対し、保有原発11基の廃炉に伴う損失額は6318億円、差し引きで残る純資産は5517億円となる。繰り返しになるが、関電の原発が稼働ゼロなら今期の単体最終赤字予想額は7020億円、大飯の2基稼働なら約5000億円。「債務超過」はあっという間に訪れる。
もともと関電には老朽原発が多い。美浜原発1号機(福井県、運転開始1970年11月)がすでに40年を過ぎているのをはじめ、同2号機(72年7月)や高浜原発1号機(福井県、74年11月)など向こう8年間で11基中7基が順次稼働40年に到達する。
社長の八木が16日の大飯再稼働を受けた記者会見で40年超の原発を原則廃炉にする政府方針について問われた際、「(廃炉にする)科学的、技術的根拠を明示してもらいたい」と声高に主張したのは、フロー(電力事業収益)とストック(原発廃炉)の両面で財務基盤の脆弱化が進む現状に苛立ちを募らせているからだろう。
「負の連鎖」がちらつく
大震災と福島原発事故の前日(2011年3月10日)の関電株価は2146円。このとき約2兆100億円だった株式時価総額はいまや8655億円(6月25日現在)に縮小している。12年3月末の有利子負債は1年前より4551億円増えて3兆8649億円。金融機関は東電向けと同様に、関電への追加融資の条件にも原発の再稼働(大飯の2基に続く)を上げてくる可能性が高い。巨額赤字→株価下落→信用不安→資金繰り難……、3.11後に東電を襲った負の連鎖が関電の先行きにもちらついている。
6月27日の株主総会で関電は、筆頭株主の大阪市(保有比率8.9%)による「脱原発」などの株主提案をことごとく否決できる見通しだが、それが苦境克服に何の意味も持たないことを多くの株主は理解しているはずだ。関電にとって、真の危機はこれから始まるのだから。(敬称略)
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※この記事はニュース解説サイト『Foresight』より転載させていただいたものです。 http://fsight.jp/ [リンク]
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