「君を一番愛しているのは誰か、わかったかい?」見知らぬ場所でメイドさんごっこ? いよいよ深みにハマるワケアリ男女の小旅行……~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~
どうしても彼女を振り向かせたい! 再び走り出す恋の虜
薫が宇治の浮舟の元を訪れた後の2月10日頃(旧暦)、宮中で漢詩の会が催されました。梅も見頃の季節。余興で匂宮は催馬楽(歌謡曲)「梅が枝」を見事な声で歌い上げます。
「このように、詩才も楽才も何でも誰より上手なのに、女性関係にばかり熱中していらっしゃるのはたいへん罪深いことである」と、作者はツッコんでいます。何でも器用にこなせるのも、女性関係が派手なのもおじいちゃん譲り。
盛り上がってきたところで急に雪がひどくなり、風邪も強くなったのでイベントは早くにお開き。皆、匂宮の宿直所に避難し、ご飯を食べたりゴロゴロしたりしてすごします。
誰かに声をかけようとした薫が、少し外を見ると星あかりに薄ぼんやりと浮かぶ雪景色が。「……さむしろに衣かたしき今宵もや 我を待つらむ宇治の橋姫」。この寒い夜、宇治の彼女は一人寂しく僕を待っているのだろうか、と口ずさみます。
暗がりでものが見えないからこそ、いっそう漂う薫特有の香り、そしてしっとりとした情感あふれる佇まい。事情を知らない人が聞いてもしみじみと胸を打つような様子に、宮は心が乱れます。
(浮舟を想っているのはオレだけかと思っていたのに。やはり薫もそうか。悔しい……!)横入りしてきた自分のことは棚に上げ、嫉妬にかられる宮。でも男から見ても惚れ惚れするような薫を見慣れた浮舟を、どうしたら振り向かせられるだろうか?あんな、誰からも称賛される、上品な優等生のお手本みたいな奴を!
翌日に詩の披講が行われても、宮の心は上の空。皆が自分の詩を絶賛してくれるのも耳に入らず(詩なんてどうやって作ったんだっけ? なんでオレはこんなことをしてるんだ……?)とにもかくにも、薫を出し抜くことばかり考えた宮は、無理を押して宇治行きを再び決行します。
もう戻れない…ワケアリの恋人たちを乗せた小さな舟
早春の山道はまだまだ雪深く、お供はもう泣きたいほど。荒れた天候の中、盗賊にでも襲われたらと気が気ではありません。宮の引き立てで出世した大内記・道定は、おかげでかなりいいポジションについていましたが、そんな高官にも関わらず、道中、甲斐甲斐しく宮のお世話をするのが滑稽だったとあります。自分が発起人ですしね~。
手紙で予め連絡はあったものの「この雪の中をまさか」と思っていた宇治では、宮の到着に驚き。浮舟もこれには感動します。しかし、前回は右近のワンオペでなんとかやり通したものの、さすがに今回は無理そう。
仕方なく、右近は侍従という、浮舟の側近のしっかりものの同僚に事情を打ち明け、協力を要請。雪に濡れてより香りを増した宮の匂いがあたりいっぱいにあふれるのを、薫のようにしてふたりでなんとかごまかし、中へ入れます。
到着したのはすでに夜更け。朝帰りとなると滞在時間が短すぎて、来ないほうがマシなくらい。おまけに女房ふたりでごまかすのにも限度があります。そこで、宮の乳兄弟の時方がある計画をし、準備を整えて帰ってきました。
合図を聞いた宮は浮舟を抱き上げて外へ。「どうなさるのですか」とツッコむ余裕もなく、右近はうろたえるばかりです。結局、右近は留守番。先ほど仲間に加わった侍従の君がお供することになりました。
邸の裏から川べりへ降りると、小舟が1艘、ふたりを待っています。浮舟は毎日、小さな舟が川を行き来するのを眺めては(なんとも頼りない舟)と思っていましたが、まさかそれに自分が乗るとは……。
雪はやみ、有明の月が輝いています。舟が岸を離れる時、まるでもう戻れないほど遠くへ向かって漕ぎ出していくようで怖ろしく、浮舟はひたと宮にくっつきます。宮はそんな彼女が可愛くてたまりません。
舟は済んだ川面を下っていきますが、その途中に岩場があり、その上にいい感じの常緑樹が茂っています。「ここが橘の小島です」。
「見てご覧、こんな危なっかしい所だけど、この先千年も変わらなさそうな緑色だ。私の心も同じだよ。この橘の小島で君に永遠の愛を誓う……(年経とも変はらむものか橘の 小島の崎に契る心は)」。
宮の言葉に浮舟は「橘の小島は変わらないかも知れませんが、この小舟のような私はいったいどこへ(橘の小島の色は変はらじを この浮舟ぞ行方知られぬ)」。この歌から彼女の源氏名・浮舟がつけられました。
かえって新鮮! 見たこともない場所と格好に大興奮
ロマンチックなムードの中、舟は対岸にたどり着きました。ここでも宮は自ら浮舟を抱き上げて、他人に触れさせないようにします。お供が(高貴な方がこんなことまでなさるとは、いったいこの女性は何者か?)といぶかしがるのも無理はありません。
降りた所には小さな別荘があり、ここは時方の叔父の持ち家でした。といっても、中はまだ手入れなども出来ておらず、宮からすると見たこともないあばら家といった風情です。
朝を迎え、まだ雪がちらつく不安定な天気ながらも、雲間から日が差すと軒のつららがキラキラ。その中で、宮の美しさが一層素晴らしく見える気がします。一方、浮舟は、移動が大変だからと上着を脱いで、着慣れた白い衣を5枚ほど重ねているだけのシンプルな格好。(こんなみっともない姿で、輝くように美しい方と向かい合うなんて恥ずかしい……)。
宮はいつもゴージャスな衣装を身にまとった女ばかりを見慣れているので、こんな服装を見るのは初めて。でもかえって、ほっそりと華奢な体つきが引き立ち(十二単をがっちり来ているのよりずっと綺麗だ!)それにしても、浮舟は道中、結構寒かったんじゃないでしょうか。
さて、一緒についてきた女房の侍従は若くてなかなか美人で、ちょっとミーハー。宮から「君、なんていうの。オレのことは誰にも言うなよ」なんて言われ(キャー!)。
そして、時方はここの管理人から「ご主人さま」と歓待され、主人ヅラしてはいるものの、すぐ隣の部屋にいる宮に遠慮して、ろくに返事もできないのが妙なことでした。ご主人さま達がよろしくやっている間、この二人も互いに仲良く過ごします。
ふたりの間でまだ迷い…彼女にあの手この手で迫る彼
時方が「誰も近づけるな」ときつく言ったので、恋人たちは水いらずの一日を満喫。見知らぬ場所で、見たこともない格好をした女とのおきない逢瀬、盛り上がらないわけがない。
宮は浮舟の可愛らしさを見るにつけ「薫といる時もこんな風に振る舞うのか」とヤキモチを焼き、更には正妻の女二の宮をどれほど大事にしているかなども言って、彼女の心を煽ります。しかし薫が「衣かたしき」と気にかけていた事は一言も言わず、隠したままです。ずる~い。
浮舟は侍従にまでも秘密がバレて、こうして浮気現場を見られるのは恥ずかしい限り。雪の合間から自分の住まいの方を見ようとしますが、見えるのは霧に霞んだ木立ばかり。モヤモヤ。
すでに時は夕方、照り映える山の景色に、宮は自分がいかに大変な思いをしてやってきたかを、盛りに盛って言います。「峰の雪汀の氷踏み分けて 君にぞ惑ふ道にまどはず」。まあ、大変だったのはお供なんですが……。
浮舟は「降り乱れ汀に凍る雪よりも 中空にてぞわれは消ぬべき」。この“中空”というワードが宮の心にひっかかる。「中空、つまりオレと薫の間で迷っているってわけかい?」浮舟ははっと気づいて、和歌を書いた紙を破ります。宮は一層、彼女の心が自分に向くよう、あれやこれやと手を尽くして、一日目が終了しました。
次はメイドさんごっこ? 濃厚すぎる愛の2日間
二日目、残った右近はその場しのぎをしつつ、隙を見てこちらへ着替えを送ってくれました。初日は下着同然の格好だった浮舟も、今日は少しおめかしして、季節にあった紅梅織りの衣などを身に着けます。
ともに着替えた侍従の裳を宮は取り上げ、浮舟につけさせてお給仕の真似事をさせます。裳は女房がつける装束なので、それを浮舟にというのは、今風に言えばコスプレ。メイドさんごっこみたいなものでしょうか。
(姉上(女一の宮)のところにこの人を出仕させたら、とても可愛がってもらえるだろうなあ! 大貴族の姫ばかり大勢いるが、これほど美しい人はいないのではないか)。
悲しいかな、宮にはこういう発想しかありません。それが彼の立場としては自然なのでしょう。そして実際にそうなれば、浮舟はきらびやかな娘たちの前で、目立たない存在になるだけです。
それでもふたりは痴態の限りを尽くし、その日一日激しく愛し合って過ごします。「絶対に君を迎えに来るよ。そしてまた二人きりで過ごそう。その間、あいつに抱かれるな」。こんな無茶ぶりに浮舟は困惑し、ただ涙をこぼすばかり。オレとこんなにしてまでも、やっぱり薫のことを忘れてはいないのか!! それはそうでしょ!
嫉妬に駆られた宮の愛語は尽きぬまま、ついに時間切れ。来たときと同じように、彼女を抱き上げて戻りながら「あいつはこんなことまでしてくれないだろ。君を一番愛しているのは誰か、わかったかい?」その言葉に彼女も、納得したように頷くのでした。
宮と浮舟の関係は、その昔の源氏と夕顔のくだりを思い起こさせます。純真な謎の女との、見知らぬ場所でのワクワクするような逢瀬に心をときめかし、病気になるほどの打ち込みようなどはおじいちゃん譲り。また、浮舟の繕わぬ可愛らしさや、まったく気が利かないわけではない性格も、夕顔に似たところがあります。
しかし、源氏が夕顔の素性を知り、親友・頭中将の元恋人だったと知ったのはすべてが終わってからのこと。時間的にも同時進行ではなく、事が明らかになったのは20年近く後です。そう見ると、源氏-夕顔-頭中将の関係をよりエグくしたのが、薫-浮舟-匂宮のトライアングルといえなくもありません。
そして忘れてはいけないのは、怪しい某院で愛し合う最中に、はかなげな夕顔は帰らぬ人になった、ということ。親友の女と知りつつ手を出し、どんどん深みにハマっていく匂宮。いけないと思いつつ、宮とのひとときに耽溺する浮舟。悲劇の予感をはらみながら、季節は次第に春へと移り、薫が約束した引っ越しの日が近づきつつありました。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
(執筆者: 相澤マイコ)
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