ビジネスを成功させるには「とにかく行動」と「勉強を続けること」――元プロボクサーのクリエイター・伊藤康一の仕事論(4)
オリジナルデザインのTシャツとハンコをヒットさせた「伊藤製作所」代表の伊藤康一さんにこれまでのキャリアや仕事について語っていただく連載インタビュー企画。第4回では、どん底の状態からビジネスをヒットさせた秘訣や仕事のやりがい、仕事観などに迫る。
プロフィール
伊藤 康一(いとう・こういち)
1974年、愛知県生まれ。大学3年生の時にプロボクサーとしてデビュー。半年後、引退。実家に戻ってWebサイトの構築に励む。半年後、再び上京。フリーターに。この頃、「伊藤製作所」を立ち上げる。2005年、再び実家に戻り個人でTシャツ屋を始める。攻めたデザインで徐々にファンを増やす。2008年、再び上京。谷中に実店舗を開店。2009年「邪悪なハンコ屋 しにものぐるい」を開店。SNSのつぶやきをきっかけに大ヒット。
戦うTシャツ屋 伊藤製作所 https://www.ito51.net/
邪悪なハンコ屋 しにものぐるい https://www.ito51.com/
ビジネスを成功させた理由
──フリーターから経営者となり、ヒット商品を連発できるようになったのは、ご自身ではなぜだと思いますか?
とにかく行動したことだと思います。最初は目標や計画をきちんと立てるんですけど、いざ始めてみて、2割くらい進むと、「あっ、この道じゃない」ってわかるんですよね。だから、進む方向がわかるためには行動するしかなくて。正しい道を最短距離で進めればそりゃ理想ですけど、まず無理だと思うので、とにかく始めることが重要だと思います。
Tシャツを始めてまだ1年も経ってない頃にイベントに出てTシャツを売っていたら、そのイベントを見に来たTシャツ屋をやりたいと言ってる人から、「伊藤製作所さんみたいになるのが目標です!」と言われたことがあるんですよ。その時、「君と僕の間には1年の差もないんだから、そんなこと言ってないでさっさと始めなきゃ!」って思いました。心の中で(笑)。
あとは、大人になっても本を読んだり、人から教えてもらったり、勉強をやめなかったこともよかったと思います。僕もたくさん読めている方ではないですが、本を読んでは書いてあることを実践していきました。読んで学んだことを実行するだけで結果がついてくるんだからこれは楽しいぞ! って思いました。社会人になってから本を読まなくなる人も多いと思うので、読むだけで差をつけられますよね。本を読むより人に聞くのが好きな人はそうすればいいと思います。
僕はTシャツ屋を始めるまで商売のことなんて考えたことなかったので、学び始めたのは30歳を過ぎてからです。商売のやり方に限らず、後天的に身に付くものはたくさんありますよね。
実は失敗もたくさんしてる
まずは行動することとかぶりますが、失敗はするもの、失敗して当たり前って考えることも大事だと思います。僕もTシャツ、ハンコが残ってるだけで、実は他にもいろいろやってはやめてを繰り返しているんです。ハンコ屋を始めたのと同じ頃、お店を真ん中で区切ってハンコ屋の隣でトートバッグ屋を始めたら、トートバッグだけびっくりするぐらい売れなくて。僕としてはハンコよりトートバッグの方に期待していたのですが、どうしても改善できなかったので、半年くらいでやめました。
その後、2013年に無地のTシャツに、カタログから選んでもらったイラストをその場でプリントして売る、半分オーダーで作るTシャツ屋も始めたのですが、これも驚くほど売れませんでした。こちらも今はやめてしまっています。そういう失敗もありつつ、始めたことのうち4つに1つくらいは残ってるので、成功確率は25%って考えると、けっこう確率としてはいいんじゃないかと思っています。
幸せすぎる仕事
──仕事のやりがい、喜びはどんなところにありますか?
Tシャツ屋を始めた頃、イベントに出店して売っていた時に、ある男性のお客さんが僕のブースの棚のTシャツを見てニヤニヤ笑いながら「すごいわ~、天才だわ~」ってTシャツを買っていってくれたんです。この時のうれしさはいまだに鮮明に覚えています。自分が作りたい物を作って、それを褒めてもらえて、お金を払ってもらえて、それで食べていけてしまう。これって最高ですよね。もう、そのお客さんは、僕に仕事の喜びを教えてくれるために、何か見えない力が送ってくれた使者だったのかもしれません(笑)。
今でも、お店でハンコを買ってくれたお客さんが、商品ができ上がって受け取りに来た時、完成したハンコを見て、すごい喜んでくれるんですよ。しかもハンコを受け取ったお客さんがスタッフにありがとうと返してる。もちろんスタッフもありがとうと言ってる。そうやって売る方も買う方もお互いにありがとうと言い合える関係は最高ですよね。こんなに幸せなことはないです。
▲伊藤さんのお店に来た人たちはみんな笑顔になる
──逆に仕事のつらい点ってありますか?
基本的にはないです。朝起きるのがつらいとか(笑)。あ、ひとつ言えば、僕がやっている仕事が属人的なことが多く。加えてどうしてもこだわりたくなるので、なかなかうまく他人に振れなくて。それがつらいというか、僕の課題です。
──では経営者になってよかったと思う点は?
すべて責任を自分で取れることですね。うまくいくこともいかないことも、すべて自分が原因なので。大企業の一社員だと、社長が間違った選択をしたら、自分の努力と関係なく会社が潰れてしまうこともあるだろうし、リストラされることもあるかもしれないし。自分が頑張っても、周りの環境のせいで結果が出せないのはつらいですよね。
大企業は大企業なりのメリットがある
──では大企業の一員として企画室などで仕事するより、自分で会社をやった方がいいと思いますか?
個人的には、目先の利益を追わない選択肢や、自分がやりたいからやるという選択肢も自分で決めて選べるので、自分で会社をやる方が好きですが、こればかりは向き不向きだったり、好き嫌いだと思います。大企業だったら、個人ではできないような大きなお金が動く仕事とか、世の中に大きく影響を与える仕事もできたりして、それはそれで楽しそうですよね。僕の高校時代の友人が橋を作る会社で設計の仕事をしているんです。橋って、ゼネコンが国から受注して作るという流れだと思うんですが、こんな大規模な仕事を個人で受注して設計して作るって無理ですよね。そう考えると橋を作りたいと言っていた彼はその企業に入社できてよかったなって思います。
──経営に関して不安に感じることは?
全くないですね。僕の周りの小さい会社を経営してる人は、みんなほとんどないんじゃないですかね。健全な楽観と健全な不安ならあるかもしれませんが、今やってることがうまくいかなくなっても、いや、絶対にいつかはうまくいかなくなる時が来ると思いますが、その時は新しい何かを見つけてやっていると思います。僕も何とかなると思ってます。
▲ハンコ屋のスタッフと
好きなことで利益を出す
──伊藤さんはどのような仕事観をもって、日々仕事に取り組んでいるのでしょうか。
好きなことをして食べていきたいとずっと思って来ましたが、今は逆に好きなことじゃないと食べていくのは難しいんじゃないかと思っています。好きなことを16時間毎日続けたとしても、たとえばゲーム好きな人が延々とゲームをやり続けたとしても過労死することはないと思うんです。逆に嫌なことだったら続かないと思うんですよね。
そう考えると好きなことならストレスもないし、ずっと考えていても苦ではないし、むしろ楽しい。好きなことを仕事にしてる人としてない人だと、パフォーマンスが大きく違いそうですよね。
それから元々、お金のため「だけ」に仕事したくないと考えてやってきたので、例えば絶対儲かると言われても、チェーン店のフランチャイズをやるのは、おもしろくなさそうなのでやりません。でも「伊藤カリー」とか「伊藤バーガー」みたいな、僕が考えてやりたいようにできる、自分のオリジナリティが出せるお店だったら、ノウハウも経験もないから大変だろうけど、おもしろそうだからやりたい。自分がやりたいと思うかどうかが一番大事です。ただ、だから稼がなくていいとはまったく思ってなくて、お金がすべてじゃないと言い続けるためにも、きちんと稼ぎ続けなければならないと強く思っています。だから好きなことをする以前に、きちんと利益を出せることは大前提です。
やれば必ずプラスになるのがビジネス
あと、前にも話した通り、僕も失敗の方が多いです。でも、むしろ失敗した数が多い人の方が最終的には成功すると思っていて。世の中の成功したと言われる人って、たぶんすさまじい数の失敗をしてると思うんです。例えば昔、ユニクロが野菜売ってましたけど利益が上がらなかったからやめましたよね。だから、失敗はなるべくなら避けたいですけど、やってみたいと思えることには、うまくいくかわからないけど挑戦することを大事にしています。
自分で商売を始めてから感じたのは、商売というかビジネスと呼ばれるものは、努力したら努力した分だけ結果が出ること。もちろんたくさん結果が出ることもあればあまり出ないこともあります。でも、やった分だけは絶対にプラスになる。プロボクサーだった頃は、試合に向けて何ヵ月か練習して、減量もして、でも試合で負けると戦績としてはマイナスにしかなりません。それに比べて、「やったら絶対プラスになるビジネスってすごいな!」って思いました。
それにスポーツだと時間や回数の制限があって、例えばボクシングならダウンして10秒以内に起き上がれなかったらKO負けだし、野球も9回終わって点数が相手より低ければ負けが確定。10回、20回と勝つまで続けることはできません。それに比べてビジネスは回数の制限がない。だからやめさえしなければ勝てると思っていました。
──逆にボクシングの経験がビジネスに生きていることってありますか?
▲プロボクサー時代の伊藤さん
ボクシングの経験が生きてることなんてないなとずっと思ってたんですが、振り返って考えてみると「結果より過程が大切」って思えたことですね。当時の僕みたいな4回戦ボーイレベルだと、勝つか負けるかは運の要素がかなり大きいんです。そうすると、どれだけ自分が限界まで努力しようが、例えばめっちゃ強い相手と当たったら負けてしまう。相性もあるでしょうし。僕も新人王戦で初戦で負けた相手が50人以上出てるそのトーナメントで優勝した選手だったり、逆に実力は同じくらいなのにサウスポーが苦手な相手とやって勝ったということがあります。
どんな相手であれ試合に向けてきちんとトレーニングを積んで準備をできる人と、運の要素が大きいからとあんまり練習しない人がいたら、長い目で見たらやっぱり前者の勝率の方が高くなると思うんです。そうすると目先の勝ち負けに一喜一憂しないで淡々と努力を積み重ねていくしかないですよね。それがものすごい実感として得られたことは、今の商売をやる上でも役に立ってると思います。
仕事とはゲームみたいなもの
──伊藤さんにとって仕事とはどういうものですか?
人生そのもの…と言ってしまっていいですかね。30歳までまともに働いてこなかった僕が言う言葉ではない気がしますが(笑)。
でも、そんな崇高なことを言いたいわけではなくて、僕にとって仕事はテレビゲームみたいな感覚なんです。楽しいからやってるだけというか。僕ら世代って子どもの頃からお金は汚いものだという教育を受けてきたから、お金を稼ぐことに罪悪感を持っていたと思います。Tシャツ屋を始めたばかりの頃は、いわゆるクリエーター気取りだったので、「儲けることがすべてじゃないよね」とお金を稼ぐことに対して斜に構えていました。
でも、売り上げが上がっていって、通帳の貯金額がどんどん増えていくのを見た時に、「この数字はこれだけ自分が評価されてるってことなんじゃないか」「自分に対する評価を数値化したのがこの貯金額なんじゃないか」って思ったんです。その瞬間、お金を稼ぐことに対する意識が180度変わった気がします。それ以来、斜に構える自分はいなくなって、ちゃんと稼ごうって思えるようになりました。この意識の変化は後から考えると大きかったと思います。
それで商売をやるのが楽しくてたまらなくなったんです。ファミコンに熱中していた子どもの頃の自分と、今の自分は何も変わりません(笑)。まったく同じ感覚です。それにクリアしても自己満足しか得られないゲームより、自分がやったことで喜んでくれる人がいて、ちゃんとお金を稼ぐこともできる商売の方が楽しさで言ったら全然上ですよね。
「日常に悪ふざけとほくそ笑みを」
──では仕事は何のためにしていますか?
大前提としては、仕事は自分がやりたいからやってるだけ。
会社を設立する時、「日常に悪ふざけとほくそ笑みを」を理念にしました。僕らが売ってるものは、日常生活の中でちょっとイレギュラーな存在として、日常の中の非日常みたいな感覚で使ってもらえたらいいなと思っています。例えばウチの商品であるTシャツを着ていたり、ハンコを押したりすると、やっぱりそこでクスっと笑いが発生すると思うんです。そこからコミュニケーションが生まれれば、世の中が少しですが楽しい方向に向かいます。
すべての仕事は世界平和につながってると思うのですが、僕たちがやってる仕事もものすごく大きく見れば、世界平和のためにやってるんだと思ってます(笑)。
次回は今後の目標や若手ビジネスマンへのアドバイスなどについて語っていただきます。
第3回記事『「好きなこと・得意なこと・求められること」3つの円が重なる部分をしっかり探すことが大事』はこちら 取材・文・写真:山下久猛
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