終身雇用はもう守れないってホント? 雇用のプロが語る未来予想図と企業のホンネ
最近、経済界の大御所が「もう終身雇用を守ることはできない」と発言したニュースが波紋を広げました。「近い将来そうなるかも」と思ってはいても、改めて影響力のある人物が口にしたことに衝撃を受けた人も多いことでしょう。日本型の雇用慣行の象徴とも言える、終身雇用は本当になくなってしまうのでしょうか? 自分の会社や業界、働き方やキャリアプランはどう変わっていくのでしょうか?
独自の視点から就活や仕事、「働く」を鋭く捉えて発信を続ける、雇用ジャーナリストの海老原嗣生さんにお話を聞きました。
プロフィール
海老原嗣生(えびはら・つぐお)
雇用ジャーナリスト、経済産業研究所コア研究員、人材・経営誌『HRmics』編集長、ニッチモ代表取締役、リクルートキャリア社フェロー(特別研究員)。 大手メーカーを経て、リクルート人材センター(リクルートエージェント→リクルートキャリアに社名変更)入社。新規事業の企画・推進、人事制度設計などに携わる。その後、リクルートワークス研究所にて人材マネジメント雑誌『Works』編集長に。2008年、人事コンサルティング会社「ニッチモ」を立ち上げる。近著『「AIで仕事がなくなる」論のウソ』(イースト・プレス)のほか『面接の10分前、1日前、1週間前にやるべきこと』(小学館文庫)、『女子のキャリア』(ちくまプリマー新書)など著書多数。
企業が「人事権」を手放さない限り、終身雇用はなくならない
最初に結論から言うと、当面は終身雇用がなくなることはないと僕は考えています。なくなるとしても30年〜40年ぐらい先だろうというのが私の見立てです。
なぜかというと、終身雇用を始めとする今の制度は、企業にとっても労働者にとっても“ものすごーく“都合がいいからです。
終身雇用と新卒一括採用の、切っても切れない関係
たとえば誰かが退職して、あるポストが空席になったとします。すると欧米の企業の場合は、社外で同じ仕事ができる人を探して中途採用します。なぜなら欧米の雇用契約は「このポストでこの職務をしてください」と限定的に結ばれるものだからです。つまり社内で穴を埋めようにも、本人の同意なしでは異動ができないので、高いコストを払って社外から採るしかありません。
半面、不況でポストがなくなったり能力不足で職務が遂行できない社員を、企業は解雇することができます。さらに同じポストにいる限りは何年経っても待遇が変わらず、ステップアップするためには、上のポストに空きができた時に応募して登用されるしか道はありません。
それに対して日本の企業の採用は、ポストも職務も曖昧な「無限定雇用」です。その特徴は、企業が自由に人を動かせる強い人事権を持っていることです。日本ではポストに空席ができると、組織の「ヨコ」と「タテ」で玉突きのように異動と昇進を繰り返し、最後は末端に空席を寄せることができます。つまり上の社員が何人辞めようと、新卒の一括採用で補充が完了してしまうのです。これは企業にとってすごく便利な仕組みであり、簡単には手放せないことでしょう。
■図1 欧米の企業の一般的な欠員補充のイメージ
■図2 日本の企業の一般的な欠員補充のイメージ
そのかわり、日本の企業は社員を解雇することが困難です。もし不況でポストがなくなったら他の部署へ転勤させればいいし、ある部署で能力不足ということになれば、異動するなどして能力に応じた仕事を担当してもらいながら雇い続ければいいからです。つまり日本企業が「無限定雇用」を続ける限りは、終身雇用的な仕組みもなくなりません。
トレードオフは無視できない
このように企業にとって便利きわまりない人事の仕組みと終身雇用、そして新卒一括採用はすべて紐づいていて、切っても切れないものなのです。そして労働者側も、異動や転勤を受け入れるのと引き換えに、市況やビジネス環境が変化したとしても原則として雇用そのものは守られる(簡単には首を切られない)という安心感と生活の安定を享受します。さらに「ヨコヨコタテ」を繰り返すうちに、いつの間にか昇進し、給与も上がっていくのです。
そうしたトレードオフがあることを無視して、「終身雇用だけをやめる」というのはまったく矛盾しています。ですから、企業と労働者の意識がセットで大きく変わらない限り、終身雇用制度が壊れることはないでしょう。
終身雇用は続いても、「痛みを伴う変化」は避けられない
つまり、企業は「覚悟せよ」と言っている
とはいえ、今後は昇進や昇給の仕組みは変わらざるをえません。冒頭にご紹介した、あの発言には「終身雇用を維持するためには、失う物も多いですよ、覚悟してね」という含みもあると私は考えています。
たとえば10年ほど前から、50代半ばで肩書きが取れて年収も大幅に減る「役職定年制」を導入する銀行系やメーカー系企業が増えてきました。しかもある調査によると、今の40~50代の労働時間は20〜30代より長く、管理職の労働時間は管理職でない社員よりも長いのです!社員で居続けるためには、ミドルになっても、または管理職になっても、必死で働かなければいけません。さらには、「誰でも課長」の時代ではなくなりました。厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によると、50〜54歳の大卒・男性・正社員で、課長になれたのは45%です。つまり過半数の人は課長になれません。将来はさらに減り、4割は切るだろうと推測しています。
つまり、企業は雇用の大枠は維持しつつも、誰もが年功序列で昇進できる仕組みはなくなっていくだろうということです。
これからは【長く働く=昇給する】が崩れる
それでも現状は「昇進」はなくても「職能等級」を上げることで、年齢が高くなると待遇は上がるしくみがあります。たとえば大手企業なら課長になれなくても年収850万円ぐらいまで給与が伸びています。確かに、新人から一定の期間はどんな社員もスキルアップするので、昇給は合理的でしょう。しかし、個人差はあるものの、それ以降は優秀な人とそうでない人の差がどんどん広がるため、低評価の人の給与を上げることに企業は納得していません。だから(実際にはできないが)終身雇用をやめたいということになるのです。終身雇用は維持しても、「低評価な社員でも勤続年数が長くなれば給料を上げる」ルールを変えはじめている企業がさらに増えていくことでしょう。これが、将来私たちが直面する「痛み」です。
ですから、これからは長く勤めていれば昇進・昇給できるという考え方は通用しません。
そこで、ビジネスパーソンがこれからの時代の変化に対応していくためには、まず現時点のキャリアを棚卸しして、客観的な自己認識の下で力の伸ばし所を考えていくことが必要になります。年齢にかかわらず現在の自分の仕事やキャリアを棚おろしして、常に現在位置を把握しておくことが大切なのです。
「上がらないのが当たり前」になったとき、終身雇用が崩れ始める
女性の進出が雇用を根本的に変える
先ほど、あと30〜40年も経てば雇用制度は根本的に変わるだろうと言いました。その要因のひとつは、女性がどんどん労働市場に出てきているからです。
厚生労働省が2015年に実施した「出生動向基本調査」によると、2010~2014年に第1子を産み、退職しないで仕事を続けた女性が初めて5割を超えました。これからは、本当の意味での「男女共同参画」を実現しないと、社会が立ち行かなくなります。
共働きを続ける家庭が確実に増える中、昇進や昇給の代わりに夫婦で長時間労働を強いられれば家事や育児、介護を担うことができません。仮に850万円まで昇給する大手企業なら、単純計算すると世帯で1700万円もの収入になります。中小企業でも750万円とすれば世帯で1500万円。そんなに大変な思いをしてまでこの金額が必要か? という疑問も浮かびます。
本当の意味で、ワークライフバランス優先の働き方が実現する
ですから、将来は管理職になる(なりたい)人を除いて、一生出世せず昇給もないという働き方が増えると思います。ただし、これは企業がその社員の人事権を放棄することとセットになっているのが前提です。たとえば600万円で昇給を止める代わりに異動も転勤もなくなり、慣れた職場で転勤もなく、熟練度が上がるので長時間労働もなくなります。日本でも大手企業の地方拠点などで導入されているような“地域限定的な社員”として雇われるのは、欧米のノンエリートの働き方と同じです。高収入は得られませんが、ワークライフバランスを大切にした働き方ができるのです。
今の社会は、企業にとって「出世させること」、労働者にとって「異動すること」が義務になっています。でもそろそろお互いに義務を捨てて、自由になることを考えるべきではないでしょうか。エリートを除く普通の人たちが出世コースから下りて「止まってもいい(上がらなくてもいい)」ことを受け入れ、企業が人事権を捨てられれば、日本の社会は大きく変わることでしょう。そのときが、終身雇用制度がなくなるときなのかもしれません。
■終身雇用の理解が深まったところで、将来のキャリアが気になったら・・・? →キャリアプランを考える前に「乗り換えしやすいキャリア」と「乗り換えしにくいキャリア」の違いを知ろう 文/鈴木恵美子
撮影/鈴木慶子
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