人工知能を本当に理解しているか! 今、改めて考えたいAIの過去と未来。そして希望と脅威 〜今さら聞けないテックニュース ver.1〜
数年前からはじまった人工知能(Artificial Iintelligence:以下、AI)の“ブーム”。今や、「AIを活用した〜」というニュースが当たり前のように報じられるようになった。
しかし、改めて「AIとは何か」と問われると、うまく答えられないという人は多いのではないだろうか。漠然とした「とても賢い機械」というイメージでは、ニュースの内容はもちろん、世の中の流れを正しく理解することはできない。
AIを活用した製品やサービスが多く世に出てくることで、私たちの生活は飛躍的に便利になるかもしれない。一方、オックスフォード大学の研究では、20年後に47%の仕事がなくなるという結論が出されている。また、AI研究の権威であるレイ・カーツワイル氏は、AIが人間の知能を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)が2045年に訪れると述べている。
今私たちがすべきは、AIを正しく理解し、過度な期待や不安を持たず、これからの未来をどう生きるかを考えることだ。
今回は、AIの研究者であり、AIビジネスの起業家でもあるSENSY株式会社の渡辺祐樹氏に話を聞いてきた。AIとは何か、AIには何ができて何ができないのか、これからAIとどう共存していけばいいのかーー。
AIとは何か? 人間を超える「シンギュラリティ」の真偽
ーー近年、AIに関するニュースをよく目にするようになりましたが、いまだにAIの正体を掴みきれずにいます。ずばりAIとは何なのでしょうか。
渡辺氏:簡単にいうと、人間のように動くコンピュータやソフトウェアのことです。
ただ、実はAIについての明確な定義はありません。学術的にも研究者によって定義がバラバラなんです。だからこそ、人によって連想するイメージが異なるし、理解しづらいのかもしれませんね。
『ドラえもん』とか『ターミネーター』の世界観をイメージする人もいますし、Googleの画像認識技術をイメージする人もいるかと思います。
ーーでは、その「なんとなくのイメージ」からもう一歩踏み込んだ理解をするためにはどうすればいいのでしょうか。
渡辺氏:広義で捉えすぎている「AI」を整理してみるのはどうでしょうか。ひとつの考え方として、「汎用型AI」と「特化型AI」という分け方があります。
汎用型AIとは、人間と同レベルの知能を持ったAIのこと。言ってしまえば「ドラえもん」や「ターミネーター」のようなものですね。
一方で特化型AIは、人間の一部の機能や、脳の一部の仕組みを再現しているAIのことです。
おそらく多くの方が思い浮かべる「AI」は汎用型AIだと思いますが、実際にビジネスなどで活用されているのはほぼ100%が特化型AIなんですよ。
ーーそうなんですか! では、AIが人間を超える「シンギュラリティ」というのは……?
渡辺氏:2045年に起こると言われていますが、実際は人間と同等レベルのAIを作るまでに、どのような技術的課題があって何をクリアにすればいいのか、というロードマップすら見えていません。
夢やロマンがある非常に面白い領域ですが、それが汎用型AI研究の現状なんです。
ーー人間がAIに支配されるのではないか、という危機感を持つ必要はないんですね。
渡辺氏:そうですね、現時点で差し迫った脅威はありません。ただ、ロードマップが見えていないので、逆に考えるとシンギュラリティは5年後に来てもおかしくないんです。汎用型AIが5年で作れないということを証明することもできない、ということですね。
ちなみに、汎用型AIを作ることができたとして、シンギュラリティが起こると、無限に知能の高い存在が出現すると言われています。もし本当にそうなれば、確かに人間の社会が脅かされるかもしれません。
実際に国レベルでも、倫理委員会が立ち上がり「そうならないためにどうするか」「そうなったときにどうするか」という議論が始まっています。
ーー現段階では「脅威」として怯える必要はないが、将来的にシンギュラリティが起らないとも言い切れない、ということですね。
「ディープラーニング」がもたらしたAIの学習能力
ーー特化型AIは、人間の知能の一部を再現しているとのことですが、具体的にどのような仕組みになっているのでしょうか。めちゃくちゃ簡単に説明していただけませんか?
渡辺氏:そうですね……(笑)。では人間の赤ちゃんに例えてご説明しましょうか。
赤ちゃんに、「りんご」というものを教えるときのことを考えてみてください。もちろん赤ちゃんは最初、「りんご」について何も知りませんよね。でも、お母さんが「これはりんごだよ」というのをずっと教えていくと、いずれ「りんごとは何か」ということを認識するようになります。
これと同じようなことがAIの中で起きているんです。AIに何十万枚のりんごの写真を見せると、その中で共通項を導き出します。丸くて、ヘタがあって、赤くて……でも青リンゴの場合もあって……と。そうやってりんごの「概念」に近いものを学習していくんです。
そして、一度その学習ができてしまえば、次にその概念に当てはまるものが出てきたときに、それが「りんご」であることを判別できるんです。
これが、今の“第3次AIブーム”のコアである「ディープラーニング」の能力でもあります。1980年代には“第2次AIブーム”というのがあって、その頃は人間がAIに対して「りんごの特徴」を教えていたんです。
ーーディープラーニングによって、その特徴を自動的に習得できるようになった、と。
渡辺氏:おっしゃる通りです。ここで改めて「AIとは何か」という話を思い出していただきたいんですが、私は「人間のような〜」と説明しましたよね。これはAIを語る上で重要なキーワードだと思っています。
言い換えれば「人間らしさ」というものは、時代時代で変わっていくものなんです。つまり、昔は人間がルールを決めて機械に教えていましたが、それが「人間らしい」と考えられる時代もあったということです。
しかし今は「ディープラーニング」が出てきて、かつて「AI」と呼ばれていたものは、もはや「AI」ではなくなってきました。
さらにいえば、将来来るかもしれない第4次ブームのときには、今の技術が「AI」ではなくなっているかもしれません。
ーー「AI」の正体が掴みきれないのはそういう背景もあるんですね。ちなみに、第1次、第2次ブームの「AI」はどのようなものだったんですか?
渡辺氏:1960年代に起こった第1次ブームは理論が先行した時代だったと聞いています。今回のブームの火付け役となっているディープラーニングも、元となる理論は第1次ブームのときに発表されているんです。しかし、当時のマシンスペックやデータ量では実用化には至りませんでした。
それから時を経て80年代に第2次ブームが訪れます。第2次ブームのときには、人間が作ったルールに従って素早く正確に実行する、ということができるようになります。人間が、正確で合理的なルールを決めることができれば、あたかも「人間のように」行動できるようになったんです。
そして今、当時の理論がようやく実現できるようになり、第3次ブームに至ります。このブレイクスルーの要因は、やはりマシンスペックとデータ量ですね。
ーーインターネットが普及して大量のデータが集まるようになり、そのデータを一瞬で処理できるマシンが低コストで提供されるようになった、ということですね。
渡辺氏:そうです。しかし、今集められるデータもまだまだ十分ではありません。今後スマートグラスやウェアラブルのセンサーが出てきたりすると、24時間ずっとデータが蓄積される世の中がやってきます。
そういう時代になれば、データの量も種類も増えてくるので、根本的な理論の進化も必要ですし、データを処理するマシンも必要になるかもしれません。次のブレイクスルーがどこから起こるのかは研究者にもわからないんです。
AIは敵か味方か。人間の仕事は奪われてしまうのか……
ーーシンギュラリティについては差し迫った脅威ではないということがわかりましたが、「AIに仕事が奪われる」というのはかなり現実的な気がします。
渡辺氏:そうですね、確かにある意味ではすでに奪われ始めているかもしれません。そしてこういった流れは広範囲でかつ急速に広まっていくと思います。
弊社でも、“SENSY”という「人の感性」に特化したAIを活用して、小売・サービス業において消費者のデータ分析を行なっています。ショッピングの目的は何か、どういう価値観で買い物をしているのか、といったことを分析するというものです。
これはある意味、店舗スタッフの仕事を奪っているともいえるかもしれません。
ーーでは今後、失業率が急速に高くなっていくのでしょうか。
渡辺氏:いえ、基本的に今起きているAIの普及というのは、過去の産業革命と同じことを繰り返しているにすぎないかな、と。
人間の部分的な仕事が機械に代わってきた第3次産業革命とか、もっと遡れば自動車の発明とか……そういうことと同じことがもう少し高度なレベルで起きているだけなので、人間の仕事がなくなるということはないと思います。
人間の指示なしに自分から情報を収集したり、本質的な物事の概念を理解するというレベルのAIというのは現段階では存在しませんし、そこまでの道のりすら見えていません。つまり、AIを「どのように使いこなすか」を考えるのは人間の仕事なんです。
そして、そういう仕事が出てくると、「AIか人か」という話ではなく、「AIと人の協業」によって仕事をするようになり、世の中の生産性はもっと高くなっていくんじゃないでしょうか。
ーーAIは人間の敵にはならない、と。
渡辺氏:むしろ自分の「部下」みたいな感じだと思いますよ。特定領域に特殊能力を持った新人君くらいの感覚じゃないですかね。
ビジネスや世の中の常識はあんまりわかってないけど、計算とか単純作業が圧倒的に速い新人君。その新人君とどういう風に付き合っていくのか。足りない部分をどう補ってあげるのか。それがこれからの未来で私たちが取り組むべき仕事なんだと思います。
渡辺祐樹(わたなべ・ゆうき)
慶應義塾大学理工学部システム工学専攻、人工知能アルゴリズム研究に従事。株式会社フォーバルを経て、IBMビジネスコンサルティングサービスにて戦略コンサルタントとして製造業・サービス業の事業戦略策定、組織再編、業務変革などに従事しながら、公認会計士資格を1年で取得。2011年カラフル・ボード株式会社(現SENSY)を創業。
ウェブサイト: https://techable.jp/
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