これこそ現代のスペースオペラ!
脳が溶けるほど暑いので、気軽に読める作品でいきましょう。ちょっと前の刊行だけど、肩の凝らない現代スペースオペラ。ぼくはアイスキャンデーを囓りながら読んだ。
銀河系中心部への新航路となるワームホールを、超科学ドリルで掘る! このプロジェクトを請け負ったのは、さまざまな種族が相乗りする宇宙船〈ウェイフェアラー〉だった。
うひゃあ、この設定だけで嬉しくなる。
しかし、読んでみると、なかなか掘りはじめないのですね。
まず、〈ウェイフェアラー〉乗員のそれぞれの、さまざまな生態、文化・価値観、来歴などが、船内でのやりとりを通じて描かれる。この時代は昆虫食が一般化していて、「牛のステーキ」などというとゲテもの食いと見なされたり、とか。
そして、ワームホール掘削のための備品を調達するため、中立市場であるポート・コリオルへ赴き、そこで一悶着。ポート・コリオルの猥雑で活気に満ちた風情が見ものだ。
乗員の個別な問題が浮上する。たとえば、エイアンドリスク人のシシックスは、脱皮がはじまり、身体が痒くてしかたがない。また、二体がペアとなってひとつの人格をなすシアナット人のオーハンは、種族的な宿命である〈衰微〉の兆候に見舞われる。シアナット人は生まれてすぐにある種の神経ウイルスに感染することで知的能力を得るのだが、年齢を経るとウイルスの作用で神経繊維が壊死しはじめるのだ。
外的な障害も発生する。宇宙海賊の襲撃だ。派手なドンパチがあるわけではないが、圧倒的な不利な立場に立たされた〈ウェイフェアラー〉が、ぎりぎりの知略で事態を乗りきるところが、ひとつの読みどころ。海賊(アカラク人)のトボけた感じも面白い(これは訳者の細美遙子さんのお手柄!)。
というわけで、『銀河核へ』はスペースオペラの王道というよりも、パルプ雑誌時代のスペースオペラが雰囲気づくり程度に用いていた挿話を、しっかりと設定を練ったうえで書きこんだ作品である。その点では、人気映像シリーズ「スタートレック」に似ている。
もうひとつ強調すべきは、訳者あとがきでも指摘されている「わたしたちのリアル世界の問題を解決する一助となりそうな考え方」「弱いものへのやさしく温かな眼差し」だ。
この作品の舞台となる未来では、人類は地球を居住不能にしたあげく、火星へ移住した者たちと移民船で宇宙をさまよう者たちに分かれ、全銀河のなかでの弱小種族と成りはてている。また、〈ウェイフェアラー〉の乗員のひとりドクター・シェフの種族であるグラム人は、(地球人同士が互い争ったより激しく)種族内でおぞましい戦争をし、滅亡寸前にまでなってしまった。こうした過去を踏まえ、種族内および種族間で、いかに折りあうべきかという問いかけが、物語の過程でしばしばなされる。
さて、肝腎のワームホール掘りだが、これが描かれるのは下巻も七割を超えたところから。しかし、そのときになって〈ウェイフェアラー〉はエネルギー兵器による、思わぬ攻撃を受けて大ピンチ! ワームホール掘削は超空間を航行しながら掘り、適切な処置をしないと、掘ったあとから空間が閉じていく。〈ウェイフェアラー〉は脱出できるのか? そして、攻撃してきた相手は? その狙いは?
(牧眞司)
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