AFTER HOURS――橋本倫史『ドライブイン探訪』
「ロードサイドの風景から戦後のあゆみが見えてくる」とその帯には書かれている。
書籍のタイトルは『ドライブイン探訪』とあり、装丁に使われているドライブインの写真はどこか懐かしいと感じてしまう。でも、この場所のことは知らないのに。なぜかノスタルジーを感じてしまう。どうしてなんだろう。知らない町の、知らない建物の、知らない誰かの、知らない生活の一部、の欠片に惹きつけられてしまう。
『ドライブイン探訪』の著者である橋本倫史さんは1982年生まれの広島県出身のライターであり、この書籍はそもそも彼が自主出版していたリトルプレス『月刊ドライブイン』全12号をもとにして生まれたものだ。橋本さん自身が一人で企画、取材、制作を手がけたものが、筑摩書房から声がかかり一冊にまとまり今回刊行された。リトルプレスの時にも全国の書店員から注目を浴びていたが、商業出版されれば全国の書店にも届くことになる。その際に運搬するのは当然ながらトラックだ。全国のドライブインを取材してまとまった一冊が、その道を辿るであろうトラックで運ばれていく。そのことを想像すると不思議だけど、嬉しい気持ちになっている自分がいた。
戦後になって流通網を整えるために全国で道路が繋がり、日本という国の血流のように全国各地に広がっていった。交通設備が整い、自家用車が一家に一台という時代が来ると、好景気もあって「観光」も盛んになっていった。自家用車で、あるいは観光バスで、高度成長期には大型トラックが全国を駆け巡るようになった。当然ながら、その車が行き交う道路沿いには様々な施設ができることになった。その中でも、食事もできるドライブインは全国のロードサイドにたくさんできた。
新しい時代への期待で商機を見出してドライブインを始めた人もいれば、親族から譲られた土地でなんとなく商売を始めた人もいる。ドライブインの数だけ様々な始まりの経緯がある。そして、現在その多くは潰れてしまっている。時代が変わったからというのがいちばん大きな要因だと言えるだろう。
戦後から74年が経ち、第二次世界大戦で敗戦国になった日本は経済成長を果たし、復興のシンボルとして東京オリンピックを開催して復活を全世界にアピールして先進国になった。そして、「平成」が終わる現在ではアジアにおいてももはや裕福な国ではなくなってしまっている。つまり経済発展はとうの昔に終わっている。かつてそれを支えたのは全国津々浦々に大量生産した均一な商品を運ぶための道路網と車だった。戦後の日本社会を代表する大企業がTOYOTAやHONDAであったのはそのためだ。
20世紀は映像と自動車の世紀だった。そして、21世紀の現在においてはそれらの産業は急速に影響力や経済力を失っている。二度目の東京オリンピックを開催して、かつての幻影を追いかけようとする人たちは現実を見たくない人たちなのだろう。彼らはいまだにロードサイドにできた廃墟を見てみないふりをし続けている。
全国津々浦々のドライブインを橋本さんが訪ねて、お店をやっている方々に話を聞いているこの一冊の中には、ドライブインが隆盛した頃の日本がどんな時代だったのかを教えてくれる。それは「激動」の時代であり、大きな変化が押し寄せてきて、新しい予感に満ち溢れていた。
お店の人に話を聞く橋本さんはできるだけ自分の感情や思いは除いて、店主たちの話を示していく。それはドライブインの歴史であり、そこに居た、居る人の個人史であり、同時にその町の歴史であり、戦後日本社会のあゆみだった。それぞれのドライブインができた経緯から、その店主たちの個人史に話が及んでいく。橋本さんは彼らにそんな話をしてもらえるほどに信用されたのだと思うし、彼らもそんなことを誰かにきちんと聞かれずに淡々と何十年もお店を続けていたのかもしれない。
多くのドライブインはかつてのように観光バスで訪れる人が減ったり交通量の変化だったり、あるいは新しくできた道路によってかつてのような賑わいや忙しさはなくなっている。昔のように観光客は少なくなったが、地元の人に愛されるお店として経営を続けているお店も何件も登場している。そして、どの業種にも現在の日本では言えることだが、後継者問題というものもあり、この本で紹介されているドライブインが何年も先に残っているとは言えないという状況がある。
橋本さんが取材を開始してから、前に行ったことのあるドライブインで話を聞かせてもらおうと考えていたら、そのドライブインがすでに閉店していて話が聞けなかったというケースも何件かあったようだ。だから、今話を聞かなければならないと思った橋本さんの熱意を感じた店主の方々は、店の歴史と自分自身について彼に語ったのだろう。この本に取材して書き留められたドライブインは、その土地の記憶であり、その町の経過であり、そして、ひとりの人間の生き様や人生そのものが収められている。橋本さんが感じたその声色や、店内の匂いや経年変化したもの、そこから見える景色や通り過ぎる車のライト、あるいは雪や川や海の自然の織りなす音と時間による光の変化、が記録されている。きっと、ドライブインとそこで働いている人たちの歴史を感じるから、あたたかさとノスタルジーを読んでいて感じたのだろう。
書き留められた言葉たちは、ドライブインの店主の方々の人生の言葉たちは、この一冊に綴られたことによって残っていくだろう。いつかそのドライブインが消えても、きっと、きっと。
文/碇本学(Twitter : @mamaview)
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