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「当面はおじいちゃんとして孫たちをサポートして下さいな!」今の悲しみより孫の将来!? ヒロインが消えた世界で浮かび上がる愛人たちの存在~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~

サプライズ訪問に驚き!春の夜の久々の再会

紫の上を失い、出家の決意を持ちながらも未だ実行に移せない源氏。世間との関わりを避け、世話役の女房と孫に守られて過ごす日々です。そんなある春の日、たまたま訪れた正妻・女三の宮の心無い言葉にイラッとした源氏は、別の御殿へと向かいます。

冬の御殿で過ごしていた明石の上は、源氏のいきなりのサプライズ訪問にびっくり。実の娘・明石の女御の女房のひとりとなった彼女は宮中にいることも多く、源氏の妻としての立場がかなり薄くなっていた事に加え、紫の上を亡くしたあとの源氏は他の妻の所へ行くことはありませんでした。そういう意味でも、2人きりで会うのは実に久しぶり、という所でしょう。

急な訪れに驚きつつも、いつもと変わらず奥ゆかしく振る舞う明石に「やはり他の人とは違う魅力がある」と感心。生前の紫の上も、明石の上の抜群のセンスの良さや教養の高さに嫉妬し、のちに敬愛の念を抱いたものでした。源氏はそのことを思い出しても辛く、紫の上の面影が脳裏をよぎります。

誰かを愛しすぎること、その愛に執着することは良くないことだとは知っていた。だからこそ、この世に未練が残らないようにと生きてきたつもりだったのに……。

若い頃、世の中から見放され、身一つで苦境にあえいだ日々には、もうどこかの野山の果てでのたれ死んでも惜しくないくらいの思い切りがあったものだ。だがかえってこの年になって、持たなくても良いものを持ちすぎて身動きが取れなくなってしまった。我ながら何とも意思が弱く、情けない」。

若い頃とは違い、今や身分や地位や家族などに取り巻かれ自分の意志が貫けないと嘆く源氏。女三の宮には言えなかったことを、大人の明石の上には素直にさらけ出します。

「できれば孫の将来を……」彼女が求めるリアルな対応

賢い明石の上は、源氏が言いたいことがよくわかりました。「他人から見て、この世に未練が残りそうにない人にも、その人自身には切れない絆(ほだし)というものがあるそうですから、ましてや准太上天皇の殿がどうしてそう簡単に出家できるでしょう。

その時の感情のままに出家して、あとからかえって俗世に執着が起こった例もなくはございません。今はまだお気持ちがまとまらないのでしたら、急がずとも、然るべき時にご決断なされば、結局は悟りの境地にたどり着けるのではないかと思います。

私としてはもう少しゆったりお過ごしになり、ぜひ孫宮たちが立派に成人されるまで見守って下されば安心でございますが……」。

そう、孫宮たちとは明石の上とその父・明石の入道が待ちに待った未来の帝候補たちなのです。紫の上が取り上げた一の宮はすでに皇太子(東宮)の地位にありますが、それに続く宮たちの未来までも盤石にするためには今後が肝心なわけです。

賢い明石の上はむき出しにはしませんが、結局言いたいのは「出家するするって言って、まだしないんだったら本当にしたくなった時にすればいいじゃない。それなら当面はおじいちゃんとして孫たちをサポートして下さいな!」というわけ。リアル~。

源氏は彼女の意見をもっともだと思いつつも「さすがにそこまでのんびりだと、思いつきの出家にも劣りそうだね」
まだまだ悲しみの余韻にドップリで、そこに同情してほしい源氏と、孫たちの将来に現実的な対応を求める明石の上。女三の宮ほどではないですが、若干のズレを感じずにはいられません。

最愛の人の形見のはずが…彼女が遺した”あはれ”と”をかし”

源氏は思い出話を続けます。
「その昔、藤壺の宮が亡くなった春ほど悲しい春はなかった。桜も墨染の喪の色に咲けと思ったものだ。私はあの方とほんの小さな子供の頃からお側で一緒に過ごしてきたから、より思い入れが強かったものだ」。

思えば源氏の女性遍歴の始まりはこの人からでした。亡き母・桐壺更衣にそっくりだという藤壺の宮を慕ううち、ついには父を裏切って不倫。冷泉帝という息子まで作ってしまい、宮は源氏を振り切るために出家しました。

どうあっても一緒になれないこの人の代わりに、六条や夕顔、空蝉など、多くの女性と浮名を流してはその虚しさを埋めようともがいた若き日々。そしてついに見つけたのが、藤壺の宮の姪で顔立ちもそっくりな若紫(紫の上)でした。マザコンをこじらせた上、父親のはっきりしている少女を強奪して嫁にした、思えばなかなか狂気の沙汰です。

紫の上のこともただ男女の情や夫婦の仲ということだけではない。幼い頃から育てたいろいろな思い出があれやこれやと浮かんできて……。共に暮らし、過ごした彼女に先立たれてしまった悲しみに耐えられない」。

当初、源氏は藤壺の宮の代わりに、若紫を手元において理想の女性に教育することで、満たされない想いを慰めようとしました。「女性は心優しく穏やかであるべきだ」をモットーに、字も音楽も自ら手を取って指導し、彼女の方もそれを十二分に吸収して、源氏の目論見は達成したかに思われました。

しかし成人後の紫の上は源氏に教えられたこと以上に、自分自身を発揮します。ファッションや音楽、香道などの芸術面において、常に紫の上は”個性的”と表現され、トレンドを取り入れつつも独自のセンスをブレンドすることに長けていました。

また、メンタル面では源氏の浮気にストレートに嫉妬してはやきもちを焼き、時にはちょっとひっかくような激しい面も。基本的には源氏の言う「心優しく穏やか」で明朗な性格でしたが、決して大人しく言いなりになっていたわけではありません。雲居雁のように家出しなかったのはろくな実家がなかっただけで、もしちゃんとした実家があれば、帰りたいシーンはいくらでもあったでしょう。

その紫の上が源氏の知らない間に更なる次元に達したのは、女三の宮の降嫁以降。紫の上は源氏と心の距離をおき、源氏は後悔と不安にさいなまれた一方で、斬新な和琴のアドリブ演奏や仏教儀式への精通ぶりに舌を巻きます。自分の手で育てたとばかり思っていた少女は、想像を遥かに超えた才能と精神の持ち主だったことに、源氏は遅まきながら気づいたのです。

しかし気づいた所で、彼女はもう、どこにもいない。この世の”あはれ”と”をかし”のすべてを共有し、家族として過ごした長い長い時間。何を見ても聞いても彼女のことが思い起こされるのは、そうした理由なのだ、と。

こうしてさんざん語り尽くした挙げ句、源氏は夜更けに帰ります。今日はこっちに泊まってもいいなと思っていたし、今までならそうしただろう。明石の上もそれを期待している。わかっていても、どうしても気が進まない。すっかり変わってしまった我が心に驚きながら、源氏は部屋に戻ってお経をあげ、夜半に少し仮眠を取りました。

朝に明石の上に「なくなくも帰りにしかな仮の世は いづこもついの常世ならぬに」。泣く泣くあなたの元から帰りました、この世のどこも終の居場所ではないのに。

明石は源氏が帰ってしまいガッカリでしたが、自分の気持ちはともかく、あまりにも変わり果てた源氏の様子に同情して返事を出します。女性への興味関心がまるで失われたかのような源氏ですが、ちょっとした例外もありました。

ヒロインの影で源氏を支え続ける愛人たちの存在

季節は初夏に入り衣替えの季節です。衣服の管理をしていた紫の上がいないので、今年は花散里が担当しました。「衣替えの今日だけは少しお気持ちがすすまれるでしょうか」。源氏は「羽衣のように薄い衣を着る季節、儚いこの世がますます悲しい」と、メンタル的な前進はありません。

葵祭になっても、源氏はなんの感慨も起こりません。それでも「女房たちは楽しみだろうから、こっそり見に行っておいで」と声をかけてやります。

人少なになった邸で、中将の君という女房がうたた寝をしていました。この人は幼い頃から紫の上に仕えてきた女房で、気立てもよく可愛らしく成長した所で源氏のお手つきになった”召人(めしうど)”、愛人女房のひとりです。

中将の君は紫の上に申し訳なく、源氏の相手をすることを極力避けていましたが、紫の上は事実を知っても彼女を責めることなく「かえって辛い立場になってかわいそうに」と優しく接していました。中将の君がより一層、紫の上を慕ったことは言うまでもありません。

足音に気づいて起き上がった中将の君の少女のような顔を見ながら、源氏は葵の葉を取って「これは何という草かな。すっかりわからなくなってしまった」。葵は”逢う日”で、ずいぶんお前ともご無沙汰だね、と言うメッセージ。夕霧も以前、愛人の籐典侍に同じ内容の手紙を出しています。

「それはそうでしょうね、だって私には見向きもなさらなかったんですもの」と恥ずかしそうに言う中将の君に、そうだったと気づいて「もうこの世に執着はないのだが、やっぱりこの葵(中将の君)を摘んでしまいそうだ」。紫の上の死後、女性への興味が失われたのかと思いきや、どうやらこの可愛らしい愛人だけは捨てられない様子。

妻の女房を愛人に……というのは、最初の正妻の葵の上の時にも出てきました。葵の上と過ごす時間はそこそこに、愛人にかまけた若き日の源氏。その結果、当の愛人側は「ご主人を差し置いて」と白い目で見られた挙げ句、結局お勤めができなくなった……という残念なことになりました。

このあたり、寛大で円満な対応ができたのは紫の上の懐の深さか、愛されていた余裕なのか。いずれにしろ、彼女たちは妻として遇されることのない日陰の存在です。愛されても捨てられても文句も言えない。それでも源氏が毎日この邸にいてくれるだけで嬉しい、出家してしまったらどんなに寂しいだろうと、胸を痛めているのだから切ないです。

紫の上という大きな光を失い、源氏の輝きも消えてしまったかのように思われる今、悲しみに沈む源氏を支える女房たちは、月のない夜にしか見えない無数の星のようです。名のあるヒロインの影で源氏に愛され、涙を流してきた女房たちの存在もまた、源氏の失意の晩年に陰影を添えています。

簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/

―― 見たことのないものを見に行こう 『ガジェット通信』
(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

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